定年後のライフスタイル


by dbeiko
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<   2010年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

◎書き込み・・・。

ばあばが、月に一度チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて
欲しいと云う要望から載せました。                       
                                 じいじ記。
            (2009年12月25日発行日。VoI,225号から。)

【うふふのふの... あんな事... そんな事... こんな事 ...】

 夫婦で暮らす?...

日本が良い..名古屋が良い..と..言いながらチェンマイの暮らしも4年が過ぎた..
今でも、本心を言わせて貰えば息子や兄弟、おチビさん達のいる名古屋へ帰りたい..
お寿司も、焼き肉も、お刺身も、思いっきり食べたい...さむ~いと言いながら白馬の
10月初旬頃から白馬八方尾根の山頂は初冠雪の白、山の中腹は赤、そして、
ふもとの緑と三段紅葉も見に行きたい...紅葉と言えば京都の常寂光寺の赤く
染まったもみじも見に行きたい! あっ、温泉にも行きたい...次から、次へと日本への
郷愁がつのる..

お父さんは、定年後にタイ国で暮らすと言う夢を30年間温めて、終の棲家チェンマイを
見つけ、会社務めの間思い続けていた夢の暮らしを実現させ、三度三度がタイ食でも
飽きない、美味しい、美味しいと言い、ワラン、ワランとワラン食堂へ..
そして、好きな事にだけ力を注ぎ、意気揚々と、それは、それは楽しそうに暮らしている。

私はと言えば..此は違う、此は違うと日々もんもんと葛藤して暮らす毎日..
定年後やりたかった事の、ここで出来る事探しを始め、今はそれに没頭する毎日だけど..
やっぱり満足感は無い..
チェンマイの我が家は名古屋で使っていた自分のコ~ヒ~カップや、オレンジペ~ジ
栗原はるみさんの料理本、韓国ドラマに、音楽CDと私に無くては成らないものを
どれだけ持ってきても、どこか、何か忘れ物をしたような、不安が残り充実感が
味わえない..もの悲しさがついて回る..
外へ出たらと、アドバイスして頂くも..外..?何処へ..?と..なる。

そんな私の心の内を知っている友から毎月届く小包の中にWOWOWの番組表マガジンが
入っていた...こんな何でもない薄い番組表が私に取っては宝物だった。
映画が大好きだった私はいち早くWOWOWを取り入れ、WOWOWから届く番組表に
見たい映画や、ドラマ、ひいきのア~チストのコンサ~ト等にチェツクを入れ楽しむ...
そして、残しておきたいものはダビングしておいて時間が経っても楽しむ..
私の知りたい色んな情報が一杯詰まったWOWOWの小雑誌。
でも..今は..欲しくない..余計に寂しくなる..

NHKのお洒落工房は名古屋でも見ていた、そんな私の為にお洒落工房のテキストも
毎月入っている。そして、そして、今、まさしく、今、放送されている韓国ドラマの
DVDが同時に近い位の早さで見る事が出来る。音楽CDもしかりである。
これらの定番に加えて、此また、大好きなあられや、チョコ、ひいては、ぬか床と
痒いところに手が届く品々..今回は婦人雑誌の新年号、カレンダ~に手帳...

花が大好きで、定年後は我が家の小さな庭を四季折々の花で一杯にしたいと思っていた
けど、それが叶わぬチェンマイ暮らしでは、彼が送ってくれるオレンジペ~ジの花の
カレンダ~が心を癒してくれる。でも、花が触れない今、カレンダ~の中の花を
みていると..寂しさが増す私...いや~ね、チェンマイにだって色んな花が
あるじゃないと..人は言うけど..私が触りたい花はここには無い..
花なら何でもかんでも良いわけではないのだ..

嫁のいない息子も気に掛かる..この季節は得に気に掛かる..人気の無い家へ帰るには
冬の寒さを倍感じるのでは..私に似てお喋りな息子は一人は淋しかろうに..等と
色んな事が気に掛かる..ただ、息子には30をとおうに超えた子供がネックで父さんの所へ
行けない等とは口が裂けても言ってくれるな、それを理由にする事だけは許さないと..
言われている..
実際30才が40才でも親にとっては子供であり、心配は尽きない...
ところが父親は息子と同意見で、いつまでも息子を案じる私に人様が聞いたら笑うよ、
ふがいない息子に思われるよ、それでは武士が可哀想、でしょう..
息子と同じ事を言う。

58才弟、55才と53才の妹の4人兄弟で、私は長女..両親が遠くへ逝ってしまった
今では私の事を頼りにしている、何時帰るの、何時までチェンマイなのと..
口を開けばその事ばかり..私が帰ると兄弟で旅行へ出掛けるのが恒例になった今、
今年帰らなかった私に、3人で姉ちゃんはチェンマイは今一と..言いながら、
本当はチェンマイが好きなんでしょうと..嫌みを言う..学校を卒業し名古屋で
就職した私の側へ兄弟皆が揃い、最後は両親も住み慣れた九州を後にして
名古屋に住んだ。兄弟みんな車で10分足らずの距離に住み..
何だかんだと理由を付けては集まり飲んで食べての大所帯..
それが楽しかった..それが心の安らぎだった..

そんな事を全て捨ててのチェンマイ暮らしに時々疑問を感じる..
この暮らしは、お父さんの夢であって私の夢では無い...と..
でも、病気になって始めて、息子や兄弟に迷惑は掛けられない..頼りにするのは
又、出来るのはお父さんだけだと言う事も勉強した...お母さんは、学習能力に掛けると
息子に良く言われるが、これだけは決して忘れないと心に誓っている。

お父さんが先に逝ってくれないと、名古屋に帰れないから出来るだけ早く逝って頂戴と
本気とも、嘘とも付かない言葉を口にしていたけど..
家のお父さん元気一杯、私の方が、あそこが痛い、ここが痛いと痛いとこだらけ..
こんな事では私の方が先にくたばってしまうだろう。
エッ..それって私も..ここで?..と..またまた、頭をよぎる..

私の心が名古屋にある限り満足のいくチェンマイ暮らしとはいかないが...
お父さんを離れて名古屋で暮らす勇気も決心もつかない..
いつまで、こんなふらふら状態が続くのだろう..
      
         今日は、この辺で。

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(街の花々。      10月25日 じいじ写 )

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(街の陶人形。)     11月23日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-26 23:58
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

24日(日)、先週の短期予報で金、土、日には晴れマークに雨マークが付いている。
蒸し暑い朝ばかりが続いていたが、日曜日の朝は道路に水溜まりがあちら此方に出来て
昨日の夜中一雨降ったのだ。 来週は、又、毎日晴れマークだけになり正常な気候を向
かえる。
今年に入り雨が降り、昨年の暮れにも雨が降った。昨日の夜雨、チェンマイも何か変だ・・・

室内温度は、もう昼頃になるが25度と余り暑くなく湿度が低く過ごしやすい。
朝方はやや雲が多かったが、今は快晴になり炎天下は今日も可成り暑そうだ。
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(24日(日)夜中に一雨来て、朝方はやや雲が多かった。  AM7:10)

◎チェンマイの夕方のサンデーマーケット(日曜日の歩行者天国。)・・・・

城壁の内側、ターぺー門からワット、プラシンの本通りの間を、チェンマイも日本と同じ歩行者
天国にしサンデーマーケットが定期的に毎週開催される様になってからもう6年が過ぎる。
その当時、既に余りにも有名なチャングカーン通りに夜のナイトバザールが有り、今でも
チェンマイを代表する夜のバザールでチェンマイの旅行雑誌には必ず載っている所だ。
その夜のバザールを上廻る規模で、日曜日だけ歩行者天国にして開催すると云う。
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(現在のターぺー門付近のサンデーマーケット。)

その当時、その新しく出来たサンデーマーケットに日曜日に行きたいと思うがチェンマイに
来てまだ間がなく、最近は何とかソンテイー(乗り合いタクシー。)の運転手に行き先を言い
目的地に行く事も出来るが、その頃は全く言葉も通じないので自分で短冊にタイ語で行き先を
書いてから行く事になる。
その時に、短冊に書いた内容の面白さが自分の記憶の中に今もハッキリ残り、それを思い
出すと思わず笑えて来るのでサンデーマーケットが何時出来た事も良く覚えている。

短冊に書いた内容は『サンデーマーケット、パイ(行く。)歩行者天国。』と書けば、その目的
地にソンテイー(乗り合いタクシー。)が行くだろうと自分で思い込み、それを日本語に直訳し
[サンデーマーケット][パイ][歩行者][天国]を、日本語タイ語辞典で単語を引きそのタイ語を
単純に並べて書き、その短冊を本通りに出てソンテイーを停め見せるがどの運転手も首を横に
振り此方に短冊を返してきて乗せてくれない。
何故返すのか、ソンテイーの運転手の中に字が読めない人が沢山いると聞いていたので字が
読めない人が返してくると思った。

その時は此方も真剣で、目的地が書いて有る短冊を見せても何故乗せてくれないのか判らず
良く良く考えると『歩行者天国』は、日本に出来た新しい単語でタイにはない言葉だ。
そんな肝心な事も判らずタイ語で変な単語を並べ書き、その短冊を運転手に見せているのだ。

運転手達はいきなりそんな短冊を見せられ、どんな解釈をしたのだろうか『日曜市場に天国に
歩行者と行く。』と、単純解釈ではそんなふうに言えると思うが・・・・・・運転手は客が全く意味も
判らない短冊を見せソンテイーに乗せて行けと言っている。
運転手は何がなんだかさっぱり判らず、乗せて行くとは誰も言わないのは当然の事だ。
その自分のした行為が、全く自分では面白く今も忘れる事が出来ず頭の中にしっかりと残る。

後にセキサン(タイ人の日本語通訳。)に『歩行者天国』を、タイ語でどんな言葉で言うのかを
聞いたらセキサンがこの様に教えてくれた。
タイ語は『ターノン、コン、ルゥム』と、『ターノン(道路)』『コン(人)』『ルゥム(ブラブラ歩く。)』と、
言うそうだ。
『ルゥム(ブラブラ歩く。)』の言葉の中には、街の中の店を見て散策すると云う意味も含まれ
日本の『歩行者天国』と、言葉は違うがタイと同じ意味の表現とセキサンが言う。

チェンマイに数日しか居ない短期旅行者には、旅行日程の内に日曜日が含まれていれば
必ずサンデーマーケット行く事を勧めている。
チェンマイ旅行に来て日本に持ち帰るお土産や、タイの代表する小物、北タイの特徴有る物等、
旅行中に見掛けた自分が欲しいと思うものが沢山売られている。

その種類の多さ、規模の大きさを見るだけでもアジアングッズの観賞には充分だ。
サンデイーマーケットに広げられる商品も流行やすたりが早く、商売人もそこは敏感で絶えず
新商品もタケノコの様に出てそれを見ているだけでも面白く楽しい。
直線約1、5KMの道の両側に座って売る小物売屋がびっしりと並び、所々ソイ(脇道。)にも
沢山の店が出ているのでスルスルと見て廻るだけでも2ー3時間は掛かる。
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(サンデーマーケット、 ターぺー門の前の小物売り。)

ナイトバザールに行く時には、何時もターぺー門に夕方6時頃に着きその近辺で夕飯を
取る事にしている。
今回はターぺー門近くに住むYさんが、私達も時々食事を取る庶民的な北タイ食堂を短期
ステイーの方々に食べてもらおうと企画し夕方6時に現地で落ち合う事を約束、短期ステイー
の方々数人と一緒にソンテイーで出かけて行った。

その店はターぺー門の堀の内側に入り、門を背にして右側にはモントリーホテルが有り
そのホテルの裏側の一本目のソイを4ー50M入った右側の所に有る。
その店はタイ人の庶民が利用する店で、ワラン食堂と同じなかなか綺麗と言われる店は少なく
下町然としたタイ食堂だ。
間口が広く店先では、タイ人が好む大きな川魚を網で焼いているので判り安い。
客席数も4ー50人は確保出来、客はファラン(西欧人。)が夕方から良く入っている。
この近所は小さなゲストハウスが多く有り、どちらかと云うとファランの街の様相だ。
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(店先では、川魚や肉等、ソーセイジを焼いている。)

この店に食事に行った時は焼き物を売りにしているので、川魚、牛肉、豚肉の焼いた物を
多く頼み、牛、豚肉とカウニァオ(もち米を蒸したもの。)と、一緒に食べると大変美味しく
これも必ず頼む定番の一品だ。
何と云っても日本の鯛に似た大型の川魚の焼いた物が売れ筋で、どの客席にも大きな皿の
上に川魚が一匹乗っている所が多い。
屋台フェシュバルにも、この川魚の焼き店の出店も多い。
この川魚の名前はプラー、タップティム(魚の宝石で赤ルビー、焼くと表面が赤くなるので
川魚のザクロとも云う。)と呼ぶ。
タイ人が魚類を良く勧めてくるのは、魚料理は高級料理に上げられ最高の持てなしとなる。
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(店先で焼かれる川魚のプラー、タップティム。)

次に客席の机の上に良く置かれているのが、土鍋を炭火で炊くその中味は野菜から魚、
肉類まで色々の具で、タイ人が大好きなタイスキ(日本の水炊きに似ている。)系の物が
主で、その中でも大変人気の有るのが牛筋を煮込んだものだ。
私達も、その牛筋鍋を何時も頼む。 これは短期の方々にも好評で頼んだ方もホッとした。
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(炭火で土鍋の中は、牛筋を煮込んでいる。)

一番良いのは、ワラン店と同じ安くて美味い事だ。 店の外観から決してパッと見には
綺麗ではないが、出てくるタイ料理は地方の特徴を持った料理が多く普段食べた事のない
料理を口にする。
ファランは安くて美味いこんな店が大好きで、ファランが多く入っている大衆食堂に入れば
間違いがなく美味いと云われる。
この店も、タイ人からすると一品が3ー50Bするので少し高めでタイ人でも少しハイクラスの
人達が入る店になる。
腹ごしらえるも充分出来たので、今からサンデイーマーケットに出かけ楽しんでくる。

    今日は、この辺で
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(街の花々。      9月6日 じいじ写 )
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(我が家の陶人形。     1月24日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-24 13:44
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

17日(日)、早朝から、曇っているのか晴れているのか今日も全く判らない程、朝靄が
深くドイの山も霞の中に有り薄目の黒さの墨絵を見ている様だ。
時間が経ってもその風景に大きな変化もなく、もう直ぐ昼になるが朝から何ら変わらない。
気温も、部屋の中は涼しさを感ずる爽やかさでこんな季節が一番だ。
室内温度で26度、朝からベストを羽織った間々で脱ぐと背中に寒さを覚える。

この頃、時々短期天気予報の中に太陽と雨マークが重なる事も有り、一月になっても
こんな雨マークが付く年は珍しい。 先日の雨には、タイ人もビックリしていた。
そんな気候から、早朝は深い朝靄なのか雲なのか判らない日になるだろう・・・
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(16日、朝靄が深くなり太陽に赤さが付いてきた。  AM7:30)

◎短期ステイャーとチェンマイの桜見?(タイ名:ドン、ツマーコーン)・・・・。

日本の正月を一家で迎え、この時期になると日本に居られるリタイヤ族は、もう子供達も
孫達も皆それぞれ自分達の職場の有る家に帰り、そのあと正月の片づけも全部終わり
この頃から、老夫婦には自分達の時間も充分に出来る様になる。

老夫婦は、昨年から楽しみに計画を立てていた暖かいチェンマイで2ー3ヶ月暮らし桜の
咲く頃に日本に帰ってくる。 そんな方達が、どれ程の人数チェンマイにやって来るのか、
兎に角、最近市内で日本人を本当に多く見掛ける。 
短期旅行者か、此方に住んで居られる方か街の中を歩くスタイルでそれが直ぐに判る。

先日もワラン食堂(タイ料理。)の外席で夕食食べていたら、日本人の二人が此方に
やって来る。 遠くから此方に向け手を振っているが夕方も7時頃、薄暗く誰が手を
振っているのか良く判らない。
顔が見える所まで来てから地元名古屋の友人Aさんと、その友人のNさんを一人連れて
此方にやって来るのだ。
友人Aさんがこの時期に、チェンマイに来る事を何も知らず此方は顔を見てビックリだ。
短期ステイーの方も、最初の頃は此方の様子が何も判らず事細かく宿泊先から日常の
食事まで色々と手配を求めてくるが、慣れてくると日本から自分で全て手配が出来るので
こんな事も生じてくる。
最近はインターネットの進歩で飛行機便の予約から、宿泊先、現地ツァー等、仲間の
情報を多く得る事でより安く手配も出来、それは人の手を煩わす事なく便利になったものだ。

一緒に来た友人のNさんは、今中国桂林にロングステイーしていて短期ステイーでチェンマイ
に2ー3ヶ月間滞在するとの事だ。 
最近はステイーの仕方も段々変わってきて、友人のNさんは桂林から来て2ー3ヶ月間此処で
暮らしそれで桂林に帰る。 先日の例は、チェンマイからニュージーランドに2ヶ月程短期で
行ってくると出かけたり、ステイーでの暮らし方も大きく変わってくる。

友人のNさんもチェンマイに来てから10ヶ日程経ったが、チェンマイは大変良いと言う。
桂林の今の住まいは、コンドの上階で桂林の美しい中国一の景勝地の石灰岩の山々が
緑の平原にそびえそれが一望出来てそれは綺麗だが、桂林の基本的な気候は暖かく
雨がちな天気で、夏はアジア熱帯モンスーンの影響で30度以上の蒸し暑い日が続き
40度以上に温度が上がり雨の天気が多いと云う。
中国では「霧の重慶、雨の桂林」と言われる程だそうだ。年間平均気温は、19度とチェンマイ
の今が冬なら暖かく大変過ごしやすいと云う。

友人のNさんは、ゴルフも大好きで日本では回数多くプレーしていたが、桂林では全く出来ず
此処2ー3年ゴルフプレーは一回もしていないと云う。
それがチェンマイでは気軽にゴルフが出来、今は一日置きにプレーし楽しく過ごしている。
社会生活の中でも、タイ人の方が人間的にも馴染めると云う。
ロングステイーを始める時に、チェンマイ事は何も知らず桂林に着き景色の美しさに見取れ
今住む部屋を桂林に来てから直ぐに購入したので、最初からチェンマイが判っていたらロング
ステイーをしたとNさんは云う。 帰ってから桂林の部屋の処分も考えるとも言っていた。

昨年の暮れからUさん夫婦が短期ステイーで来られ、何処から情報を得て来られたのか
今度の日曜日に桜を見に行こうかと誘いの声が掛かった。
Uさんが『ドイ、プイの桜が綺麗に咲いているので、それを見たいタイの桜よ・・一緒に見に
行こうよ・・・』と、今までに桜の話は聞くが、此方も一度も見に行っていない。

朝9時の出発で約束し、車はホイケオ通りに出てドイ、ステープに向けて走る。
動物園入り口を過ぎると、道に勾配が出てきて山道に入りドイ、ステープが出てくるが
それも過ぎドンドン山の中に入って行く。途中、山岳民族のメオ族の村に行く二股道を
一方は左に行くとメオ族村、もう一方は右に行くとドイ、プイに行く事になる。

その近所に来ると、所々に一本づつ沿道や山の中に桜に似た花を付けた木が出てくる。
道路は一段と細くなり道路幅も一車線半位で、前から来る車と出合うとすれ違うに緊張が
走る道だ。 車の運転に自信のない方は、運転して行かない方が良い。
車に何台もすれ違い苦労して走って行くと、両側に桜擬きの木(タイ名:ドン、ツマーコーン)
が道の両側に並木で出てくる。
その辺になると、道路幅も広くなり車を駐車しても良い程になり、数台が道路に駐車して
桜擬きの木に咲く桜の花を皆撮っている。
木の幹も日本の桜に似ているし、花も遠くから見ると桜の花に良く似ているが何か違う。
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(沿道の桜の木と花。(タイ名:ドン、ツマーコーン))

難しい道路を走って来ただけに、気持ちの上では綺麗な日本の桜を1月に見たと思いたい
そんな感じの桜だ。  見頃を過ぎ、少し遅かったかも知れない・・・ 
先日、ロイヤルチェンマイゴルフ場に行きプレーした折りに、そこのキャデイー達がこれに似た
木の花を指さし日本語で『桜、桜』と言って教えてくれた。
日本の客がこの木に咲いた花が、桜に良く似ているのでキャデイー達にそんな呼び方をするの
だろう。  そんな木がゴルフ場の中に何本も有り、今この花の咲くシーズンの様だ。
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(ロイヤルチェンマイゴルフ場の桜。)

その桜の花を見た帰り道、こんな細い道路にも一カ所だけ見晴台が作って有り車がそこで
駐車した。
遙か遠くまで山並みが見え何処の方面を見ているのか判らないが、ビックリしたのは、眼下
に時々訪れる山岳民族のメオ族の村が全部見えている。
今でこそ車で行き来しているが車の入れなかった時には、どんなものかがこの風景で
想像出来る。 今は車でチェンマイ市街まで曲がりくねった道だが3ー40分有れば行けるが、
当時は車道がないので歩きではそう簡単にチェンマイの街には行けなかった事が良く判る。
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(山中、眼下に見える山岳民族のメオ族の村)

短期ステイャーの方々が見えると此方は、日頃そこに有るものにも気が付かず普段行く事
のない所へ行けるし食事にしても新しいレストラン等へ行く事も有り、長年居ると見るものの
新鮮さも見慣れしまい不具合も当たり前になり、普段の淡々とした日常生活の中に新しい風が
吹き込まれ結構な事だ。

  今日は、この辺で
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(ランナーGの花々。      11月16日 じいじ写 )
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(街の片隅の陶人形。)     10月30日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-17 15:51
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

10日(日)、朝から久し振りに雲のない青空で向かえた。正月三ヶ日の青空とは違い
今日はやや朝霞が出ている。
これで、又、朝霞も出て従来のこの季節の天候に戻って来たようだ。
短期天気予報も、雨マークから曇り空マークも全部消えて晴れマークが7個揃っている。
気温は、今週半ばから昼間やや気温も上がり、最高気温が32ー3度になると出ている。
それでも、湿度が低くゴルフの時など、汗もかかずプレーを楽しむ事が出来そうだ。
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(9日(土)まだ、雲の残る土曜日の朝、2羽の鳥も飛ぶ。   AM7:30。)

◎チェンマイの行く年、来る年・・・・・その(2)(年末行事と迎えたお正月・・・・。)

北海道のIさんから、今年も厚めの昆布がおみやげで届いた。
Iさん夫婦もこの時期になると寒い、寒い北海道から12月半頃に暖かいチェンマイに
来られ2ー3ヶ月間の短期ステイーをするのが毎年恒例になっている。
北海道の地元で自分で取られた厚めの昆布が届くと、正月が近くなったと季節感のない
チェンマイで毎年、日本も冬の季節と知り迎える正月を思い出す、今日この頃だ。

年末に、この昆布を使い昆布巻きを作る事、日本から持ってきた餅つき機で餅をつくのが
チェンマイで僅かな日本の正月を迎える心の準備をする大事な行事の一つになり
この二つをする事が毎年の恒例になっている。
この昆布巻きを作るに、具の選択をするのも楽しみの一つでチェンマイに有る食材の中
から選びそれで作り味付けをすると、その具がどの様な味になるかも楽しむ事が出来る。

餅米、チェンマイの普通米(ごはんにするお米。)でもなかなか気に入った米に出合う事も
難しいが、日頃全く使わない餅米も選ぶのは尚更難しい。
此処で餅米を買うのには、風袋に書いてあるタイ文字が読めないので以前に買った物の
表の表示を頼りに餅米を買う事になる。

餅米をスーパーのローソンに買いに行くが、はたして今もその表示の餅米が有るかどうか
そんな事も大きな心配事になる。 こんな時に、海外生活の難しさをつくづくと思う。
その餅米がなければ、たちまちあちら此方の米売り場を探し廻る事になってしまう。
ローソンのお米コーナーに、同じ表示の袋を見つけまずはホッと一息。
その餅米を使い、今年は5枚程の餅をつく。

年末の30日は一日中、毎年餅つきと昆布巻き作りに当てて、餅がつき上がると直ぐに
初餅にきな粉餅、あんころ餅で食べ、今煮上がったばかりの昆布巻きの味見の為に
初味の楽しみがある。
正月ように他は何も作らないが、この二品だけを作れば正月を迎える心の準備だけは
充分に出来上がる。

毎年、大晦日は我が屋で『NHK紅白歌合戦。』を見て過ごす事が恒例になり、何時も
ワラン家族や数人の友人達がやって来て年越しをする事になっているが、今年は残念な
事にNHKの紅白の終ったあと、何時もギターの夕べが始まり数曲弾いてくれたレギラーの
Aさんが突然の帰国になり、その余興もなく何だか盛り上がりにひとつ欠けた。

大晦日の食卓に栄子の手料理が並び、昨日作った昆布巻きも一品に加わり他の人達が
持参してくれた料理も多く有り、充分な酒のつまみも出来『さぁー、飲むぞー。』と、一年の
最後の日に相応しい舞台作りは出来上がった。 

『NHK紅白歌合戦。』が大好きなYさんは、酒をチビリチビリと飲みながらTV画面に
向かったまま会話の中には加わらない。酒も大分廻り始めると興味がある事に耳を
傾けて、皆思い思いに酒を飲みそれぞれが会話を楽しむ。
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(昆布巻きも一品加わった大晦日の料理。)

毎年、此処の部屋で夜中12時近くまで飲んで過ごすと、7階の部屋の窓からはチェンマイ
市街が大パノラマで見え、カントダウンの花火がチェンマイ市街の廻り何処此処なしに
打ち上げられ、僅か10分位だがその綺麗差に心が踊り席に釘付けになり写真技術がない
ので写し撮れないのが本当に残念だ。 
その花火が鳴り止み、ロイ、カトーン(円筒状の熱気球。)が無数夜空に飛び交い、そんな
頃はもう新年を迎えている。

元旦の朝の行事案内が、12月半頃からエレベーターの中に張り紙がして有り、その中に
1月1日AM7:00の文字が書いて有るのでそれが判る。 このコンドでは、毎年新年に
僧侶を呼び新年の行事を盛大に行うその案内だ。
何時も、大晦日に飲み会を催し起きるのが遅くなり遅刻しがちで、今年の元旦は早起き
して15分前に会場に到着したら、もう僧侶達が控え室に到着していた。
今年も僧侶の総人員は19名呼んで有り、9の数字はタイのラッキー数で19名を呼ぶ。

今年の元旦は、定時になったら直ぐに托鉢が始まり予めコンド側が用意しているタンブン
(徳を積む。)する商品が多く有り、他にも個人で持参する人も有り可成りの量のタンブンが
僧侶に托鉢が出来様だ。
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(19名の托鉢が始まる。)

一通り托鉢も終わり、元旦の朝の僧侶の有難いお勤めが19名の僧侶で始まった。
在家信者は履き物を脱ぎ地べたに座り伏し、お勤めをあらたかに受け3ー40分位掛け
全てが終わりその僧侶も帰る事になる。
前年は、もう少しお勤めに時間が掛かったような気もするが、どちらにしても外国人は
その場に座る事に抵抗も有り、写真を撮ったり地べたに伏す事も出来ずそのまま座る
程度の事しか出来ない。 
先日のニマンへミン通りの一万人の僧侶のお勤めと云い、この元旦のお勤め等外国人は
見るだけで、タイの仏教徒の宗教心の拝みにはこんなやり方、方法が有るのかと日本人も
仏教徒??で有りながら、只々感心するだけだ。
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(元旦の朝、僧侶のお勤めに履き物を脱ぎ地べたに伏す在家信者。)

僧侶達が帰った後、コンド側から参加した人達に朝食の用意がされ朝粥や揚げパン等を
頂き、同じコンドの人達と正月明けの挨拶や談笑を交わし、どうしても日本人は日本人が
集まり2ー30分を過ごし自然解散になって行く。
日本に居る時の元旦の朝は皆で初詣となるが、タイも近所の有名寺院へ詣でる人や
毎朝の托僧にお勤めを頂く方、コンドに僧侶呼ぶなり色々な新年の迎え方がタイは有る
様だ。

タイの異国の地で迎えたお正月、日本人は子供の頃から正月には特別のものを思い
正月を休日だけで通りすぎるには余りにも寂しいものが有る。日本に居れば初詣に
出かけ身を引き締め、新たな年に希望と夢を持つ。
チェンマイの元旦、雑煮を食べお屠蘇を口にし少しばかりのおせちも作り形ばかりか
元旦の朝を演出し、朝膳を取りながら夫婦で日本の身内や親族、友人達の今の生活等を
思い、会話をしながら郷愁にかられ元旦の朝を向かえている。

今年も世界が全て平和な年で有る事を、どの宗教にもとらわれず一心に願うばかりだ。

  今日は、この辺で。
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(ランナーGの花々。      1月8日 じいじ写 )

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(街の片隅の陶人形。)     12月17日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-10 20:07
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

7日(木)、早朝4時30分ゴルフもないのに毎日の事か、この時間になると目が覚める。
何だか、今日の朝は蒸し暑い。室内温度計を見たら24、5度を差している。
この気温では寒い位になるのに、さほど寒さがないのは湿気が有るからだろうか。
短期天気予報では6日、7日には、雨マークが付いてていたが昨日も夕方7時頃にわか
雨が降り今日も朝5時頃弱い雨音と一雨降り、こんなにチェンマイの気まぐれ天気予想が
当たりビックリする。
昨年の12月半ばに降った雨にも驚いたが、今年に入り2ヶ日降るこの雨にも最近の気候は
どうなってしまったのか異常気候から来るものか全く変だ。

今年は、正月三ヶ日が余りにも朝霧もなく快晴だっただけに、この雨には本当に驚きだ。
短期天気予報では、今週末から快晴マークの太陽が付いている。
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(7日(木)朝5時頃、一雨有った薄曇りのドイの山。 AM11:30)

◎チェンマイの行く年、来る年・・・・・(『三丁目の夕日』の有る町チェンマイのソイ。)

昨年の年末20日頃だったが『栄子にはスパゲティー、ホワイトクリーム味が良いね・・・・
マーミヤンもマーパンもこの近所のタイ人も皆大好きで、栄子の作るスパゲティーを
食べたいと待っているから栄子、お願いね・・』と、ワランさんが栄子に作る事の約束を
取り付けている。
栄子が『それは栄子が作るよ、それにスぺーアリブも1点作りマーミヤン達が大好きな
ミニトマトもその日に持ってくるからね。』その返事で、ワランさんは満足そうに笑った。

このニマンへミン通りからソイ(脇道。)に入る約30M位の間に約10軒程の商店街が
有り、そこには『三丁目の夕日。(日本の昭和30年代前後の下町。)』を思わせる人間
関係が有り同業から異業種の人達が、皆仲良く仕事や日常の暮らしを営んでいる。
その町に来るそれぞれの店の客から、その友人まで近所のコンドに住む住人も含めて
日頃の顔見知りの人達、この町にも下町情緒が有り大きな生活の輪が出来ている。

毎年、暮れになるとタイ食堂のワラン店が音頭取りで、その商店街の『納会。(日本の
忘年会と同じ。)』を催し、その年の仕事納めの日なり年明けまでそれぞれ店が休暇に
入る。
店の経営者、各店の従業員、客から近所の人達等が皆集まって暮れの30日の納会だ。

皆が食事を持ち寄りその店で用意出来るもの、お酒を持って来る人、果物を持ってくる人
それぞれが思い思いの物を持ち寄るので、それも又楽しい。
夕方、その町の商店も食堂も皆仕事を終了して『納会。』の準備、6時には皆集まる。
ソイの道路の一角に机を長く並べ、その机の上にはそれぞれが持って来た食べ物が
置かれ会場作りは出来上がる。
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(ソイの道路に出来た会場)

夕方6時前後に、それぞれが三々五々来て日本の様な開催挨拶もなく、自然に会が始まり
好きな物を食べビールからウイスキー、日本酒まで皆自分の好きな物を手酌で飲み始める。
タイのこの集まり方は色々な行事が皆同じで、何か目標とされる時間は必ず示されるが
その時間に皆が集まり時間通り始まる事はまずないと思っても良い。

時々、結婚披露宴に招待を受けた例で、夕方6時集合の招待状をもらい日本人はその
時間の30分前に行くので5時30分に着いたが、会場は静かなもので人影も誰もいない。
人が集まり始めたのが7時30分頃で、この披露宴も同じ何の挨拶もなくお酒も各自が
勝手に飲み始める。最初、招待を受けた時には面食らってしまい日本人は戸惑う。
帰りのソンテイー(乗り合いタクシー。)の予約を8時にして置いていたものを、始まりが
そんな時間ではキャンセルをしなければならない。
宴たけなわの頃に来賓の挨拶や新郎新婦の挨拶が有り、終わりも何の挨拶もなく招待客の
数が段々減り何だがこれで良いのか、自然で良いのかも知れない。

『納会。』の席も段々埋まり始めた頃に、ニンプさん自慢の炭の網焼きが丁度良く焼けて
日本人に牛肉の網焼きを勧めて廻る。私達が牛肉が好きな為に、ニンプさんはこんな席
では必ず焼いてくれる。
少し硬めの肉を薄くスライスして食べやすくし、味付けをされた肉は良く噛めば味がでて
旨い。只、日本の牛肉とは違い食肉用に管理されていない様で、始めて食べる人は次に
箸が進むか、牛肉の好きな人は良く噛んで旨い旨いと食べる。
牛肉は、タイ人の中では食べる人と嫌う人がいる。嫌う人は、食べると頭が痛くなるとか
腹が痛くなると言って食べない。タイでは、牛は人間の言うなりになる『馬鹿』と言う
謂われが有るのでその肉を食べる事を嫌う様だ。他にインド系タイ人も多く居る事も有る。
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(炭の網焼きの上には魚が何匹か、イカ、ソーセイジ等が焼かれる。)

自慢の炭の網焼きの上には色々な物が焼かれ、タイ人は魚料理が最高料理と云う川魚の
鯛に似た大きな魚が何匹か、イカ、ソーセイジ等が焼かれタイ人の好きな物で、普段は
なかなか食べない物ばかりが焼かれている。
酒も皆が持ち寄った物が多く有りタイ人も良く飲み宴もたけなわになった頃、子供達も
参加し子供の司会でプレゼント交換に入る。
個人、個人が思い思いに準備した物を持参し、包みの中は何が入っているか判らないので
プレゼントを開封し、その中味を見て短いソイに子供達大喜びの歓声で楽しさが増す。
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(子供の司会でプレゼントの交換。)

そんな子供達の喜びの歓声で大人達も益々酒が入り随分と酔いも廻っている。時間ももう
夜中10時を廻り掛けている。
その頃になると、参加者の中から一人減り二人減りしてくる。 日本も同じ参加者の3分
1位になり途中、中締めで宴会場の後片づけをして残りの酒飲み達の席を改めて作り
それから、又、二次会となる。 
そんな頃になるとお酒で日、タイミニ親善が始まり言葉などなくても互いに意志疎通は
誰とでも出来てしまい、誰かれなく話し合っている??・・明日から此処で飲んだタイ人とは
もう顔を合わせれば挨拶から始まり新しい友好が始まる。

明日は、こちらもCLLのゴルフグランドチャン大会が有る。もう、此処まで飲んでしまうと
そんな事は忘れてしまい、数名のタイ人との友好親善が優先しまっている。
それにしても良く飲んだものだ。時計を見ると12時近くになっている。
そろそろお開きとなり千鳥足で家路に付くが、明日の朝は早朝コンペで朝4時30分に
起きれるだろうか・・それにしても今年の年末の酒は美味かった・・・又、来年だ。

  今日は、この辺で
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(街の中の花々。      9月17日 じいじ写 )
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(街の片隅の陶人形。) 12月17日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-07 10:15
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

3日(日)。 正月明けこの三ヶ日、こんなに晴れ晴れした日は珍しい事だ。
チェンマイは、真っ青な青空で新年が明けました。12月に入り毎日、朝霞が出て遠くが
霞み晴れているのか曇っているのかそんな日が続き、元旦、三ヶ日と快晴の日となり、
今年は晴天碧空の良い年になる事でしょう。
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(1月2日 チェンマイの朝焼け AM6:40)

◎チェンマイの元旦は、晴天碧空だった・・・・・(グランドチャンピオンになった翌朝。)
                  【新春初夢 自慢話で少し申し訳有りません。】


朝方まだ4時30分、何時もゴルフの日に鳴る目覚まし時計がけたたましく鳴る。
今日はゴルフのない日に、何故目覚ましが鳴るのか頭は夢の中をさまよっている。
今年もワランさんが主体で開催する近所の忘年会に招待され、昨夜はそれに出席して
夜12時まで飲みそのまま部屋に帰り寝てしまった。

何時までも鳴る目覚ましに手が掛かり消そうとした時、頭の中の夢が段々覚めてくる。
今日は年末に、何時も開催されるCLL(チェンマイ、ロングステイーライフの会。)のグランド
チャンピオンコンペがランナーゴルフ場で開催される日だ。

昨日の夜、酔って帰ったが無意識に目覚ましだけはセットして寝た様だ。
今朝、コンペが有る事に気が付き此方も本当に良かったとホッとし、少し顔にはまだ火照りが
有るがそれで一気に目が覚めた。 
目覚ましが鳴らなければ、今朝起きず寝たままでコンペは棄権になっていた。

グランドチャンピオンコンペの参加資格は、1月から12月までの月例コンペの優勝者から
3位までに入賞した人に参加資格が得られる。 
こちらは昨年11月に思い掛けず3年振りだったか、久々の月例優勝で資格を得て今回の
出場権が生まれた。

ランナーGに朝6時45分の集合になっている。 同じコンドのTさんも出場権が有り
6時15分にロービーで待ち合わせ、実はそのTさんも昨日の夜一緒に飲んだ仲間で
朝、顔を合わせた最初の一言が『大丈夫。』だった。
酒の臭いも残っている気もするが朝シャワーを浴びそれは消えただろうが、目元だけに
まだ熱いものが残っている感が充分する。

早朝のソンテイー(乗り合いタクシー。)拾いは苦労するが、割合早くソンテイーが
やって来て一旦通り過ぎたものの20M位先に行き止まり此方を見て呼んでいる。
ソンテイーには、日本人の先客が二人乗っていて客もゴルフバックを持ち、その日本人が
此方に向けて代金の話をしてくる。
先に乗っているので主導権を持っているのか『このソンテイー代金は、二人で70Bを
払って下さい。』と、何故か命令口調で言ってくる。 
此方は、その言葉に納得する事を拒み『私達は、50B以上は払いません。』と、即座に
返事をした。
先客はその返事に不満そうで、納得をしていない事が喋らなくてもその雰囲気で判る。

先客が、私達に『ランナーGに行くには、毎日その金額で乗っている。』と、その価格が
当然とばかり強く言いはなってくる。 『このソンテイーの基本料金は一人が20Bだから、
70Bは多すぎますね・・・』と、柔らかめの言葉で此方は先客に反論する。

その内、又、此方に向けて『チェンマイに、何時来られましたか。私達はもう20ヶ日間
居ます。』と、言ってくる。 此方もその返事に『私は、チェンマイに来て7年になります。』と、
言ったら二人から何の返事も返って来い。  短期の人には、困ったものだ。
そんな会話が交わされている内に、ソンテイーはランナーGに着いた。
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(1月2日 チェンマイは元旦から3ヶ日の快晴。 AM9:50)

ゴルフ場に着くなり幹事が『今日は18名の申し込みが有ったが、今、欠席の連絡が一人
出て17名でコンペ競技する。』と、言う連絡が有った。 いよいよスタートだ。

ランナーGの1番ホールは、ヘャーウエーの中央やや右に大きな木が1本植わっており
それには、私達の仲間で『コンドツリー』と、言うニックネームが付いている木だ。
『あの木に最初当たらなかったら、今日は必ず優勝する。』と、私が冗談を言いながらの
スタートになり、毎回のスタートで9割方当たる木で『コンドツリー』と、異名を持つ木だ。
テイーグランドに立つとその木が気になるが、ドライバーショットを思い切って振ったら
『コンドツリー』に当たらずヘャーウエー中央に飛び、グリーンまで150Yが残りホッとした
スタートとなる。  この木に当たると、距離が残りWボギーなる可能性が強い。

NO2ホールは、コースハンデー3で距離が有りホギーを取ればパーに当たるホールだ。
セカンドでミスが置き何時もと変わらず、Wホギーを叩き平凡過ぎる気配になった。
その後、アウトの前半は8、9ホールでパーが2つ取れ前半44点、その時点で優勝の
意識が出てしまった。
11月度優勝、今回の出場はハンデーキャップ15だ。87点で廻ればパープレーになる。
前半44点、その可能性は充分と意識してはいけないと思っても頭がムクムクともたげ
始める。
今日は1年の最終コンペだ。今年の最終ハンデーキャップの競技で皆苦しいハンデイーで、
3オーバー範囲内でプレー出来れば3位に入賞と予想しただけに期待が充分にもてる。

後半のインスタートが始まる。  8、9ホールがパーで気持ちの良いスタートになる筈が、
どうしても優勝意識が勝ち始め、肩が廻らず手打ちになりショットが乱れ始め、そんな事に
本人は何も気が付かず益々乱れて逆に専属キャデイーがNO12ホールが終わった所で
私にアドバイスを入れる。 
肩を廻し、左脇が開き流れるので左脇を締めてゆっくり振れと言う。このアドバイスは有難い。
次のNO13のロングホール、キャデイーが言う事を意識してドライバーを打ったら左側に
引っかけ左側に池が有りその池に入り、それが3段跳びでヘャーウエーに出て来る。
それが、又、グリーン廻りからチップインでカップにボールが入りパーで上がる。これは運だ。

後半のインの結果は、パー1、ボギー7でNO17ホールまで7オーバーで来ている。
このまま、このホールをホギーで終われば44点の合計88点の1オーバーで終了し優勝の
可能性が充分に出てくる。  そんな事を思ってはダメだと人は言うが・・・意識する。

NO18ホールのテイーグランドでパートナー達と、笑って談笑をするが頭の中はうっすらと
白くなり笑った顔にも緊張からか自然はなく段々と引きつりが判るなかで最初にショットする
事になる。
そこで打ったボールはナイスショト、やや斜めで前上がりの所でボールは止まっている。
前上がりでボールを打てば左側に飛び大きめに右に向き打ったが、それでもボールは
力が入り過ぎているのか左に大きく曲がり大木2本木の左側に入り止まった。
日頃は、何でもなく思えるこの大木2本木もこんな状況になると本当に大きなプレーシャー
となり覆い被さってくる。 
大木の左側は最悪の場所で、大木2本木の後ろ30ヤードにボールは止まっている。

選択は右側の真横に15ー6ヤード刻むか、真っ直ぐに打てると思われる位に木と木の間が、
丁度きれいに空いていて打っても大丈夫と、どうしても思えてくる。
安全は真横に出せば大叩きはないが距離が多く残り、グリーンには5打オンになる可能性が
非常に強い。
ランナーGの難しさは、グリーンに向けて木と木がセパレートしどの様に交わすかが大きな
課題で、木と木の隙間には天使の誘惑が有り来い来いと誘うが、それにのっていく可能性が
又非常に強くなりひとつ間違うと天使が悪魔に大変身するから、それが恐ろしい・・・

天使の誘惑に強く誘われているのでキャデイーと相談の結果、3番アイアンで木の下の
隙間を転がし残り5ー60ヤードへ運べば4オンで行けると決め打った。
案の定、打ったらボールが木に当たり木から大きな音を出し天使が悪魔に変わったと
思ったら、木の横のヘャーウエーの中央部にボールが転がって半分の天使が付いていた。
その残りは140ヤード有り、次はクラブ選択になる。
キャデイーが9番ウッドを渡して『短い、短い。』と言って渡してくれる。
互いに言葉が余りできないので、そんな言葉の交わしかたで理解しながらのプレーだ。

打ったボールは、真っ直ぐグリーンに向けて飛んでいる。これは4打でオンだと思ったら
見事にボールはグリーン外れ5ヤードもオーバーをしている。ランナーGのグリーン後は
砲台グリーンで寄せるのに大変難しく短く攻めるのが鉄則だ。
その事は日頃から良くキャデイーと打ち合わせがしてあり、滅多にオーバーする事は
ないのに大切な所で失敗が出てしまった。 結果Wボギーの、7打で上がる事になる。

あとで判った事が、キャデイーが9番ウッドを渡した時に『短い、短い。』と、言ったのは
グリップを短く持ち打てと言っていたのだ。言葉が判らずキャデイーが悔やんでいる。
此方も意地悪くキャデイーに、この1打で今日のチャンピオンが逃げたと言って別れた。
こんな時に、言葉の出来ない事が残念で仕方がない。

前半44点、後半45点、合計89点で終了し2位に2差を付けての優勝だ。
この日は、コース設定が難しかった様で腕に覚え有りの連中が、80点代が私と二人しか
出ずベストスコァーの86点が最高だった。

まことに優勝となると幸運がないとなかなか出来なく、今回も思いも寄らないラッキーが
2度も出てのこの結果に繋がった。
それも年間を通して1人しか出ないグランドチェャンピオンの栄冠に輝く事が出来、こんな
機会が今から、又、訪れるかどうか最高の年になった。 感謝、感謝の一言に尽きる。
その翌日の朝、晴天碧空で2010年の元旦を迎える事が出来た。

※新春から長々と、自慢話を読んで頂き申し訳有りませんでした。
                                          今日は、この辺で。

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(ラ ンナーゴルフ場の花々。         7月22日 じいじ写)
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(タイレスト『バーライ、ヤムウェーン』の陶人形。) 8月30日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-03 17:28
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

明けましておめでとう御座います。
                              今年もよろしくお願いします。 
                                     じいじ、ばあば。

◎チェンマイの子供達の音楽文化の始まり(マーミヤンの学園祭とピアノ発表会。)・・・

ワランさんのタイ食堂に夕食を食べに行ったら、直ぐ栄子の側にワランさんが声を掛け
てきた。
『栄子、今度の水曜日にマーミヤン(ワランさんの次女。)が、皆の前で歌を歌うが見に
行くか・・ニンプさん(旦那)もメーホンソンから帰ってくるから一緒に見に行こう・・』と、
もうその声を聞くだけで行くと言う返事が帰ってくる事を待っているのが判る。
栄子も『何処で歌うの・・行く行くよマーミヤンが歌うなら必ず行くよ・・』と、二つ返事。
そのあと、ワランさんも店の事を忘れたか栄子の横に座ったままでその話は続く。

以前、このブログにも書いたが、マーミヤンが海老焼きの店でカラオケを自分でリクエストし
皆の前で歌を歌いマーミヤンを小さな頃から見てきたが、この大胆さには栄子と驚いた。 
それが、今度は舞台で歌うと云う。
マーミヤンが通う学校、プリンスロイヤル学園の学園祭で二人だけがソロで歌うその一人に
マーミヤンも歌うとワランさんが言う。
プリンスロイヤル学園で一昨年だったか、創立100年祭が有りその時にマーミヤンが
グループの大勢で踊ると云うのでワラン家族と一緒に見に行った事が有る。
プリンスロイヤル学園は私立校で、チェンマイでは一番古い学校でも有り名門校と云われ
男女共学校で高校までで、大学に進みたい人はそれからバンコク等の大学に進む事になる。
ワランさんの長女のマーパーンもこの学校を卒業し、今はバンコクの大学で学んでいる。

夕方、ワランさんと一緒に出かけ学校に付いた頃には、プログラムも大分進みそのあと
小学生の低学年の踊りを幾つか見ていたら、マーミヤンが出ると言うので写真を撮る為に
急いで舞台の正面に進む。 
マーミヤンともう一人が舞台の前面に立ち、その後ろに数名がソロに合わせて踊る。
歌を数曲歌うマーミヤンを見ていると、物怖じせず堂々と歌いながら踊る身のこなしも
横目かマーミヤンが歌も踊りもグループの中で一番上手く見えてくる。
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(学園祭でソロで歌うマーミヤン。)

タイは大きな催し物が有ると直ぐに舞台を作り、そこで余興の踊りや歌が始まる。
最近、数回有ったコンドの裏で開かれる催し物も全て(ターぺ-門広場も同じ。)に、最初に
子供達が夜8ー9時頃まで舞台で色々披露するが、その子供達に付きそう親達にも力が
入りスターを思わせる衣装と顔に化粧、舞台が将来の夢に思える舞(ま)わし作りだ。
子供達は学校での練習か、何処かのクラブで教えられているのか、兎に角、小、中学生
ばかりの前座舞台でお披露目をする。
最近、コンドの裏で有った催し物は、スポンサーに酒メーカーが多く舞台下の客席では
多くの客達が酒を飲んで子供達の歌、踊りの余興で座を楽しむ。
タイ人は大人も子供も皆参加し、大掛かりなお祭り事が大好きな様だ。
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(学園祭の舞台のマーミヤン。 前列左マーミヤン。)

今日この日、長女のマーパーンがバンコクの大学から正月休暇でチェンマイ空港に着き
その迎えが有りマーミヤンの歌が終わり直ぐに帰り、そのあとどれ位まで踊りと歌が
続いたか判らないが、高校生のプログラムがまだ有り夜中10時頃までは続いた事だろう。
 
次の日、マーミヤンの発表会が日曜日午後3時にコンドの広場で有るとワランさんが言う。
2年程前にマーミヤンがバイオリンを習い始め、昨年コンドの前で発表会が有りその時皆の
前でそのお披露目をしてくれた。
まだ辿々しくバイオリンを弾く事にはならず、ブリキをノコギリで擦るようなもので聞かせ
にはほど遠く、それでも2曲程弾いて本人も聞いている方もそれで大満足をしたものだ。
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(音楽発表会でピアノを弾くマーミヤン。)

ワランさんの長女マーパーンは学者肌を思わせ、高校生の時は弁論大会で学校代表に
何度も選ばれ北タイ大会では必ず上位に入賞しばあばが会場に言葉は判らないが応援に
よく出向いたもので音楽等には全く興味を示さない姉だった。
日頃は、勉強塾通い勉強一筋で妹のマーミヤンとはそんな所も全く違い、今はバンコクの
国立大学で女性で有りながら将来は技術屋になりたいと理工系に進んでいる。
同じ姉妹でも、何故こんなに性格とやる事に違いが出るのか不思議な事に思えてしまう。
マーパーンはマーミヤンと全く性格が違っても、妹のマーミヤンが可愛くてしょうがない
様で、姉から逆に妹に何時もまつわり付いて行きとても仲の良い姉妹に育っている。

ワランさんに午後3時にコンドの下の広場で開催されると聞いているが、午後になっても何ら
発表会の会場作りもなく本当に今日有るのか、プーさん(タイ人の友人。)に電話を入れ 
ワランさんに電話通訳で確認をするが、今日午後3時に発表会は行われると云う。
タイ人は時間にルーズでマイペンライ・・今日も何時始まるか、その内に見に行けば良いと
たかをくぐっていたら、3時にマーパーンが部屋のドァーを叩きドァーを開けると『急いで
マーミヤンが直ぐに、ピアノを弾くので下に降りて来て・・』と、言っている。
あれから直ぐに舞台準備をしたのだ。これには参った・・・
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(バイオリンを弾くマーミヤン。)

コンドの下に急いで降りていったら、丁度マーミヤンがピアノの前にもう座り今から弾く
ばかりだ。  ピアノを習っているとは今まで聞いていなかったので、一年も前から習い
始めたのか難なく一曲を弾き終わり、このまま練習を続けて行けば音楽感の有る子だけ
にピアノも直ぐに上手くなっていく事だろう。
ピアノが終わりそれから子供達10人程が、それぞれ教室で習っている楽器を弾き今度は
マーミヤンが以前から習っているバイオリンを発表する番が来た。  
あれから一年、先回はブリキをノコギリでさすっていたが今日はバイオリンを弾いている。
先回から1年経ち、聞かせるまでに腕が上達した。やっぱり日頃の練習から来るものだ。
今日の発表会は、小学生、中学生位までの30名位の発表が有り、そのあと外人数人の
バンドが模範演技で幅広いジャンルで数曲を弾いて今日の発表会は終了した。

これらを見て、タイも一部中産階級以上の生活は確実に経済的成長をしいてるのが見える。
日本も昭和30ー40年、戦後の不況から徐々に抜けつつ有る頃に、この様な事も有った。
私達の歳もその頃12ー3才前後で、僅かだが裕福な家の友達の中には楽器を習う者も
いた事を思い出す。  タイの今、一部中産階級以上のなかで日本のそんな時代を向かえて
いる様に思えてくる。

今日は、この辺で。
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(ランナーゴルフ場の花々。     11月06日 じいじ写 )

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(我が家の豚陶人形。        12月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2010-01-01 13:49