定年後のライフスタイル


by dbeiko
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<   2009年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧

◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

27日(日)。朝6時15分、空に明るさが少し出てきたものの今日の天気の様子はまだ
判らない。 あと15ー6分もすれば今日の様子も判るだろうが、この頃は朝霞が出る
ので晴れてはいるもののカラッーとした気分的な快晴はない。

先日、12月半ばになり今年も突然の雨が降った。 この頃は毎年、この位の時期に
なると人を驚かせるビックリ雨が一雨降る。
昨年も15日頃だったか、早朝から突然雨が降りゴルフのスタートを1時間程遅らせて
出た記憶が今もハッキリと有る。 
昨年はその1回だけで、その後今年5月後半過ぎまで2度と雨が降る事はなかった。

今年も18日夜中、この時期に30分位の間雨音がする程激しくスコールが来て、朝方
大きな水溜まりがあちら此方に道路に残った。
最近、この時期に毎年一度ビックリ雨が激しく降り、今年も昨日の夜中の雨で終わったかと
思ったら19日の夜、夕方から何だか蒸し暑く毎度ワラン食堂の外席で夕食を取っていたら
ポツリと一滴頭に水が掛かり、その僅かな時間でドシャーとスコールがやって来た。
ニマンへミン通りを行き交っていた人達も、余りにも雨が急に来たので雨宿りで走り回る
のが此方からも見えそんな一雨だった。そんなスコールも30分も降ったか止んだ。

◎チェンマイで恐る、恐る食べた『生玉子掛けごはん。』は・・・・・
                
チェンマイで売られている生玉子は、小売り店や市場の店先で直射日光の当たる炎天下で
そのまま並べられ売られている。チェンマイの直射日光は季節を問わず、背中が暑くなる程に
年中通して暑い。
タイの玉子需要は家庭や食堂でも多く有る様で、市場の玉子店には黒色のパックに入れた
玉子が室内外に山積みされ、1ヶ日でこんな量が売れるのか品質保証は大丈夫かと余計な
心配をする。

この売られている情景を見れば、日本人はとても玉子を生で食べる事など拒否をする。
タイ人も食べる事には、特に暑い国だけに寧ろ日本人より敏感で気を使っている事が食べる
前の様子を見れば良く判る。 
タイ人は自分で危ないと思った食物には、必ず鼻先に持っていき臭いを嗅ぐ。
日本人は、これを見ると人前で料理された物の臭いを嗅ぐのは行儀が悪く、子供の頃から
絶対してはならないと躾られている。 
タイ人も子供の頃から、それ程までに自分の身を守る為にも食べる物には、気を付ける様に
しっかり躾られた事だろう。
この頃、此方もタイ生活が長くなりこんな光景を見ても何にも感じなくなってしまった。

ゴルフのプレー中、ある人が『もう随分と長い間、生玉子掛けごはんを食べた事がなく
日本の生玉子ごはんが、懐かしい・・・タイの玉子は、怖いからね・・』と、一言。
そう言えば、じいじも子供の頃から『生玉子掛けごはん。』は、思い出深いものが有る。
子供の頃、何も食べれ物もない時代に近所から玉子一玉もらうと、それにごはんを丼に
一杯入れかき混ぜ少しごはんに黄色みが付く程度で、それを皆で美味しく食べた事を
思い出す。
『生玉子掛けごはん。』は、今でも腹一杯食べれれば、幸福感を充分に思う一品だ。

一緒にゴルフプレーをしていた御婦人のYさんが 『私、此処4ー5年、毎日生たまごを
食べているが玉子で当った事など一度もない。チェンマイ大学の農学部の朝市で買って
来るよ・・・そこの玉子は絶対大丈夫、場所を教えてあげるから一度買ってみたら・・。』と、
教えてくれた。
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(チェンマイ大学の農学部の朝市で売られる生卵。)

チェンマイ大学の農学部の朝市も、此処数ヶ月の一度も行っていなかったので栄子と
久し振りに出かけた。 
朝市に行く道の途中、ニマンへミン通りのラーメン屋『忍者ラーメン。』の、看板の名前が
変わりラーメン屋の『DOKU。(独。)』になっている。 又、又変わってしまった。
『忍者ラーメン。』は、近所の『元気ラーメン。』と二つに別れたものと聞いているが、
最近の不景気のなか、又何かの事情で経営者が変わったのかも知れない。
ニマンへミン本通りとそのソイ(脇道)には、どれ位の店屋が営業しているのか、新しく新店
が出来たり家を改造して新しくしたり、新しい街作りが出来る反面、その内側では経営者も
新しい資本的で出来たり、資本的につぶれたり経営者だけが裏で変わったり、華やか過ぎる
街の裏側では経営の大変さが所々で見え隠れする。
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『忍者ラーメン。』から『DOKU。(独。)』に名前が変わった新しい店。)

チェンマイ大学の農学部の朝市は、ニマンへミン通りの真ん中頃に三叉路の信号機が
有りアマリリンカムホテルを背にして右に廻り2ー300M行った先の左側に入口が有る。
水曜日と土曜日に朝市が開かれ、早朝から道路の左右に駐車する車で混雑しているので
場所は直ぐに判る。
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(チェンマイ大学の農学部の朝市の入り口。)

この頃は朝市に托鉢僧が待機していて、そこで在家の多くの人達が入れ替わりに
タンブン(布施で徳を積む。)と、朝のお勤めを受ける。
こんな光景もタイの事で同じ日本も仏教国で有りながら、この様な事は見られず昔日本でも
この様な形とは違うが何か有った様な気もする。
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(朝市の托鉢僧。)

農学部の朝市も野菜売りが主でタイ野菜からカボチャ、日本とは色が違うが茄子から
一通りの野菜が売られている。 他にも御菓子やら総菜に到るまで市場の中で売られて
おり、廻りの路上でもランの花から家庭用品、米まで色々と売られる。
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(市場内の野菜。)
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(市場の廻りの路上で売られるお米。)

朝市で生たまごを買って帰り早速、先日日本から来られたお客さんに日本米の新米を
お土産に頂き、その米でごはんを炊き生たまごを熱々ごはんに醤油を掛け食べる事にした。
タイの玉子は、日本のたまごとは少し違い殻も軟らかく日本の玉子の様に殻の厚さもなく、
ガラスを割るようなパリとは割れず、黄味の色も薄く黄味の外皮も軟らかい。
その点、日本の玉子は確っかりと管理された玉子らしく味にも酷があり玉子の味が強くする。

朝市で買って来た生たまごをごはんに掛け、それを始めて口にする時には何かしら勇気が
いり一口食べ時、どんな味がするのか複雑な気持ちだった。 
もし味に違和感を感じたら、吐き出さなければならず心構えしての大挑戦だ。 
舌先には何の味も覚えず、玉子の味はやや薄いが自然に箸が走り一膳全部平らげて
しまった。
あとは胃がどんな反応を起こしてくるのか、それが心配で30分、1時間経ち、何の反応も
示さない。
ゲップが出て、玉子味が舌先に感じたらもうお仕舞いだ。5ー6時間しても何の反応もない。
胃の部分はもう過ぎて行ったただろうか、今度は腸の反応が気に掛かる。
腸で何か起これば下痢の気が起きる。  その反応も何も出て来ない。
この生玉子は生でも食べれるのだと、やっと一安心・・・・・・

こんな経験は始めての事で、日本の食べ物の中にも下手物(げてもの。)に近い風袋を
した食べ物が沢山有るが、それを初めて口にした先覚者の人達の気持ちの凄さが、この
生たまごひとつ食べる事からでも想像が出来る。

来週も、又、早々に朝市に出かけビニール袋に生たまごが10個入り30Bで買える。
これで憧れの『生玉子掛けごはん』がチェンマイで食べられるが、これがタイ米では・・・

今日は、この辺で。

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(ランナーゴルフ場の花々。     7月15日 じいじ写 )

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(街の片隅の陶人形。       12月17日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-12-27 13:45
◎書き込み・・・。
ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて
欲しいと云う要望から載せました。                       
                                 じいじ記。
              (2009年11月20日発行日。VoI,223号から。)
【うふふのふの... あんな事... そんな事... こんな事 ...】

引き算...

いつもの事ながら夜中とも夜明けともつかない変な時間に目覚める..
此またいつの頃からか忘れたけど..どんな時間に目覚めても無理に寝むろうと
する事は止めて自然に過ごす事にしている。
そんなある日の事..いつもの様に目が覚めた..
何も考えていない空っぽの脳に【ぬりえ】と言う言葉が...
どうやら昼間妹からの電話で日本で大人のぬりえが流行っていると聞いた事が
きっかけだと思う..随分前から、私の脳の働きは半減していて、面白い言葉が
浮かんで、アッこれ使えそうと脳にインプットしたはずが忘れてしまう、こんな事が
日常茶飯事になってしまった私は、思いついた事はその場でノ~トに書く事にしている。

その夜も【ぬりえ】の事で、思い浮かんだ事がありノ~トに書き留めようと書き出したが..
【ぬりえ】の、ぬの字が思い出せない..エッなんでえ~..どうして..ぬ..ぬ..ぬ..と..
何度考えても思い出せない..頭の中は真っ白状態に..私、可笑しくなったかも..??
あせれば、あせるほど思い出せない。何とも言えない気分のままで朝を向かえ、掃除、
洗濯と家事をこなし、さぁ~てPCタイムとPCをたちあげ、あっ..あったぁ~..

【ぬ】が..あった!!掃除、洗濯と家事をこなしている間、夜中の出来事【ぬ】が
書けなかった事も忘れていた。息子にマダラボケと言われる度にPCだって容量超えたら
古いデ~タや不要になったフアイルの整理をするでしょう..人間の頭だって同じで
古いデ~タを捨てないと新しい物は入らない..だからマダラボケでは無いのよ!

偉そうにそう言い返していたけど..ノ~トに書くと言いながらも何処に書いたのか?
チェンマイ暮らしに入ってからの私には、これと言った予定も無く手帳は空きだらけ..
そんな手帳がもったいなくて、空いている所に思いついた事をせっせと書くのだけど
書いた場所が探せない、その為に付箋をつけるが..物忘れがひどくなったと言う事
なのか..最近付箋の数がやけに多い..ちょっとどころか..本気で心配になってきた..

以前読んだ雑誌に60才になったら、心も体も身の回りの物もの全て引き算でと
唱えている人の生き方が書いてあった..その内容にとても共感した。
私も60才になったらそんな風に生きられたら良いなぁ~と漠然と思っていた...

少し前までは、肌にもはりがあった、しみも少なかった..でも、今の私の顔...
目には勢いがなくボォ~とした顔になっている..それを隠す為に目じから、目じからと
今まで使った事の無い濃い色のシャドウを塗ってみた...ウヒャ~..何としたことか
目がたぬきになっている...これだよ、このことだよね、マイナス..引き算って事は
老いれば顔のしわも、しみも当たり前の事、それを隠すために今までやった事の無い
厚化粧をする..別人の私が出来上がっている..日頃から化粧気の無い私が急に
厚化粧になっては..これは私では無い..今まで通りの方が自然..
そうだよ、自然だよ、ナチュラルだよ..そう思った..でも、まだら白髪が気になる私は
年々染める色が派手になっている..???

物に対してもそうだ...本当に必要か?..必要でないかを見極めて整理していく
そうすれば6畳一間でも充分暮らせる..そう書いてあったが..
無駄か無駄で無いか?区別がつかず..チェンマイまで持って来てしまった物で
チェンマイの我が家は溢れ返っている..分かっている..いる..? いらない..?の..
決断が下せない..みんないる物、必要な物..いる..いるなのだ..
此また、引き算が実践出来ないでいる...

衣類に関しても書いてあった..二シ~ズン出番が無かったら、もう出番は無い!
思い切って捨ててしまう事...整理する事..と..
会社務めだった私はス~ツにコ~トと言う具合に、絶対と言っても過言でない..
これからの暮らしに出番はないス~ツ類なのに...まだ新しい、これた高かった、
これは大好き等と様々な理由を付けて捨てられない、減らすどころかチェンマイ暮らしの
中で一番増えたのが衣類...布が安い、仕立て代が安いと作るわ、作るわ..で..
でも、着るものは決まっていて、着てない洋服がが所狭しとクロ~ゼットの中を
占領している...ならば引き算で...となるのだか..いやいやもう少しとっておこう..
パッチワ~クで使おう..で..やっぱり引き算が出来ない...

靴とバックが大好きな私は、名古屋の我が家のシュ~ズケ~スは私の靴オンリ~..
せめて、一段だけでも空けてくれ..が..息子の言い分...なのに、出番の無い靴、
ブ~ツがシュ~ズケ~スを占領している。バックとて同じ...此も又もったいないで
引き算が出来ないでいる...

この身とて同じで、なかなか減らない体重のお陰でダイエットが一生のテ~マになった..
お陰で膝は貼り薬、はりっぱなし状態...マイナス..?引き算..?の..
ライフスタイルとは、ほど遠い暮らし方に我ながら引いてしまう所もあるが...

欲しい物があると言う事は、生きている証拠..まだまだ若いと言う証拠...と
80才を過ぎた近所のおばあちゃんが言っていた...
そうかぁ~..私は、まだまだ若いと言うことかぁ~...

そう言えばもうすぐ12月..ニイマンヘミン通りのお店でセ~ルが始まる...
朝一でバック買いに行かなくちゃ..頭は早くもニイマンヘミンのセ~ルに...???

今日はこの辺で。

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(ニマンヘミン通りの花々。      10月25日 じいじ写。)
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(街の片隅の陶人形。         12月17日 じいじ写。)
by n-jijinao | 2009-12-21 18:38
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

18日(金)、今日も早朝5時にパソコンの前に座り、何時もの手順で画面をドンドン
開きながら進めて行く。 そんな時間の外は明るさも全くない。
どれぐらい座っていただろうか、背中が寒くなりベストを引っ張り出して着る位に
冷える。
室内温度計を見たら22、5度と、この頃の冷え込みは強い。

この頃、短期天気予報も最高気温が30度を超す事もなくなった。最低気温15ー6度。
チェンマイは、タイの冬季の季節に入った。
ランナーゴルフ場の花も到る所にちらほらと咲き始め咲く花の種類も変わり、月が明けた
来月はチェンマイの花祭りの季節に入る。
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(朝霧が太陽を赤く染め始めた。  12月13日 AM7:30)

◎サバイラル旅行が、高級コテージだって・・・・・(2)

                      ※メーテンのホテル『ラウイー、ワリィーアンドスパ。』

昨日、此処に来る車の中で今からどんな所へ着きどんな所で泊まるのだろうとワランさん
(タイ食堂を経営。)と一泊するサバイラル旅行は、そればかりが気になり到着した所が
今までにないお洒落でビックリする程の豪華さで、これはどうした事かと目が廻った。

ホテルに到着したのも遅かったので行きなりレストランに向かい、そこでビュフェ形式の
夕食を取る事になり席をプールサイドの席にし、全体を少し薄目にライトアップしたなかなか
お洒落な雰囲気の中での食事を取る事になった。
食事を取り始め15分もしたら、山中だろうかとても寒くなり室内に席を移動する事を依頼
する程チェンマイの夜も寒くなってきた。
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(夜、ライトアップされたプールの有る中庭。)
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(中庭のプールでも泳げる施設が有る。)

これ位山の中に入ると、とても静かな朝になる。コテージの部屋から川の流れる音が
小さく聞こえてくる。
このホテルの名前の通り『ラウイー、ワリィーアンドスパ。』(川と風とスパ)で水がホテルの
廻りを巡っている。 朝から、何とも小さな川の音が聞こえるのも良いものだ。
もう何時頃だろうか、鳥の声と川の流れで心地良く目が覚めこれがリゾート地だ。
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(高い櫓が組まれホテルの全体が見える場所が用意されている。 ニンプさん写。)

このコテージに泊まり日本のペンションを思い出した。リゾート地の環境は類似した場所に
建てられている。 信州白馬のペンションも30年近く利用したが、廻りには緑が多く澄んだ
空気、綺麗な小川がさらさらと流れる静かな町だった。
タイも経済成長と共に、こんなリゾート地がタイ国内の到る所に出来はじめている。
先日、パイの街(チェンマイから北に約4時間。)に行った時も、ガイドがあちら此方に
出来ている小集団コテージを指さしリゾートを作っている説明していた。利用する客は、
ファラン(西欧人。)を始めバンコクから来るタイ人を主に集客すると言っていた。
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(全員が集まり自炊と団欒出来る家、それに併設されたプール。)

タイの経済も悪い悪いと言いながらも全体の1割強程度かワランさん達を始め、その人達
中産階級以上の人は政府の経済政策から値上げが認められたり、底上げされた経済
成長を見る事も出来る。 
低層社会の日給賃金の値上げは、今年は日給が8ー9B(約30円)以内と決まったそうだ。
車も6ー7年前には年代を思い出す古い型式の車があれ程いたが、今は殆ど姿を消し
新車ばかりが目に付く社会に・・・と言って、8ー9割の低層社会は数年前と何ら変わらない
のは如何したものかと生活する者の全般の向上指導は難しい・・・恩恵を受けた1割強の
人達はリゾート地に向かう。
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(プールとコテージ。)

昨日の夜プールで遊んだくらいではあきたらず、朝食を済ませたあとマーミヤンが栄子に
プール、プールとせがんでいる。
栄子は栄子で、ワランさんにプールに入る様に水着を持ってきていると促している。
ワランさんは、典型的なタイ人で水着に着替える事さえ拒んでいる。
昨日の夜、2人はもうプールに入っているので直ぐに着替え、ワランさんも栄子が入る
ので思い切って水着に着替えてプールに入った。
じいじばあばと、ワランさんマーミヤンと4人で1時間以上も遊んだのか、マーミヤンも
犬掻きから平泳ぎと遊びながら泳ぎを覚えていく。
 
マーミヤンと始めて会ったのは小学生の低学年で、今回一緒にプールに入り何時まで私達と
こんな事が出来るかと一抹の寂しさも有り子供の成長の早さに喜びを見た感がする。 
その反面、此方は自分の姿を見る事が出来ず、此方も行く年に老い知ると・・・

ホテルの横に地道の道路が有り、朝から象が行き交うのが見え何故こんなに象が
歩くのかチェンマイ近郊でも象が歩くのを見る事は物珍しい光景だ。 
その内に、荷台を付けた牛車まで行き交う。そうだ・・・この道は以前に自分達も象乗りを
したあとイカダ下りをして牛車に乗った観光コースの道が有るのだ。
ホテルを出てチェンマイへの帰り道2ー3KM先に、大きな象キャンプ場が有り昨日の夜
そのキャンプ場の横を走って来たが暗すぎ見えなかったのだ。
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(観光客の象の乗り。 象乗りは30分、1時間コースと有る。  ニンプさん写。)

ワランさんがホテル『ラウイー、ワリィーアンドスパ。』の、値段等の話。
栄子がワランさんに『こんな大きな1ステージは誰が借りるのだろう・・高そうだ。』と
言う。
1ステージがコテージ3軒、食事を兼ねた大きめの団欒の家1軒、小さいプールが1つ
何処にも有り、今現在20棟位が建てられ現在も数軒を建てつつある。
ワランさんが、栄子に言うに『1ステージが一泊1万5千Bでチェンマイやバンコクからの
お客さんが来るし、此処のオーナーはこのタイプのホテルを他に二つ持っている。
今度、水を主にした新しい企画でやったものだが、良ければ他の所にも連れて行っても
良いよ・・』と、ワランさんが言う。
コンチン系(中国系。)タイ人の富裕層は、全一族が連れ添って大旅行になるので、
この様なタイプの利用が好まれるのだろうか・・先日、セキサン(タイ人の友人。)が
添乗員で日本旅行に連れて行った20名近い団体もコンチン系タイ人の一族だと
言っていた。

ワランさんはオーナーへのお義理だろうか、営業を始めて『栄子やその友人は、オーナー
に言って1割安くしてもらうので誰か使う人がいたらそう言ってね・・・』と、言う。
栄子がそれにしても『三軒で泊まってコテージ1軒で一泊4500Bでは高くて無理が
あるなー・・・一軒のコテージに4ー5名泊まらないとね・・・何だか寂しいね。』と・・・
因みに今、流行のカンタリーホテルが2250B、アマリリンカムホテルが1650B。

マーミヤンもプールに朝から入った間々で出ると云わず、2時間も遊んだだろうか疲れも
出たのかもう出ても良いと言う。
その間、大人達もノンビリとそよそよと吹く風の中で過ごし、こんな一日も良い。
次、こんな所で何時ノンビリ出来るのか・・・愉しすぎた『サバイラル旅行』も終わった。

今日は、この辺で。

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(ワット バーンララビロームの花々。     8月16日 じいじ写 )
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(街の片隅の陶人形。            10月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-12-18 18:07
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

5日(土)、先日から、朝靄が濃くなり昼間もその霞が取れず何かボンヤリした日が続く。
これもチェンマイのこの時期から始まる特徴で、当分長期に渡ってこんな日ばかりだ。
この霞を始めて経験された方から、先日この霞は車の排気ガスからきたのかと聞かれ、
チェンマイはどうしてこんなに空気が悪いのかとまで言われた。

始めての方は、これが排気ガスから来たと思われるのも判る気がする。
日本ではこの様な朝靄は高原では起きるが、街の中では排気ガスから来る事が多い
為にそんな見方になってしまう。

その方に、チェンマイのこの霞の説明をして置いた。
昼間は、温度が可成り上がる(30度前後で直射日光はもっと上がる。)為に、芝、木に
付いている地上の水分が高温で大気上に霞となり浮きボンヤリとした日になり、それが
夜中この季節は可成り冷え込むので水滴になり地上に戻るのだ。 毎日、その繰り返しだ。
ゴルフ場などは夜中に雨が降った程になり、毎日靴や裾がビショビショになる。
亜熱帯地方にこの現象がなくなると、砂漠化が始まり地上の緑はどうしても無くす訳には
いかない。
これが来年の1月、2月になると、既に長期に渡り雨が全く降らないので、チェンマイは
盆地の中に有り風通しが悪く大気の汚れ排気ガスと、この霞が混じり合い昼間排気ガス
から100%来たと思われてしまうのだ。

◎サバイラル旅行が、チェンマイの高級コテージ・・・・・(1)
※メーテンのホテル『ラウイー、ワリィーアンドスパ。』

『栄子、一泊泊まりの旅行に行かないか・・・。』と、ワランさん(タイ食堂。)から栄子に
声がかかった。 栄子がこちらに話を振り『じいじ、ワランさんが一泊まりの旅行に
行こうと言っているがどうする・・・』と、言う。
ワランさんから、この頃泊まりの旅行の声が掛かると何故かちょっと腰が引ける。

長い間にワラン家族と一泊以上の旅行を何度行った事か、知り合ってからもう6ー7年
になり色々な所へ連れて行ってもらった。 
ワラン家族と行く一泊泊まりの旅行は、私達夫婦の間で『サバイバル旅行』と、名付けて
呼ぶようになった。

ワランさんも日本語が出来ず私達もタイ語が出来ない所から、詳しい打ち合わせもなく
旅行の行き先もどんな所に泊まるかも、そこに何が有るから行くかも全く判らない。
そんなところから『サバイバル旅行』と、名付けて呼ぶようになったのだ。

ある時、メーサリアン(チェンマイから真西当たるミヤンマー国境の街。チェンマイから
約4時間。)に行く途中に一泊泊まった時の話だ。
泊まった場所は、街道から脇道に入り約15分位入った所でニンプさん(タイ食堂の
ワランさんの旦那。)の知り合いのホテルだと言う。

こちらもホテルと聞き期待し到着した所は、静か過ぎるほど静かな所で私達が着いた
と同時にホテルの廻りの外灯等電気がパラパラと付き、廻りの景色等は暗過ぎて全然
見えずどんな所に居るのかも判らない。
トイレに行く時も廻りが暗すぎてランプを持ちそろそろと行き、トイレはタイ式トイレで
これには困ったものだ。  タイで何年暮らしても、このタイ式トイレだけはどうしても
馴染めないものが有る。
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(チェンマイに見る赤トンボ?。   ニンプさん写。  写真は掲載文とは関係なし。)

ホテル擬きに着いた時は時間も夜の8時30分を過ぎ、それから外席で皆で酒を飲み始め
ひと時が過ぎ、これから寝ようと部屋の中へ入りベットに触れたら湿気が有り冷たさまで
感じ、ここではとても寝られず外のベランダに出て寝る始末だ。

翌朝、早朝に目が覚め廻りを見たら山中に泊まっていて、そこからは遠方の山々も見え
空気も澄み鳥等が良く鳴き清々しい朝を向かえた。
昨日の夜からどんなホテルに泊まったのか、明るくなり全体が見え始め日本で言うなら
山小屋と云うもので、とてもホテルとは云えずペンションとまでもいかないものだ。
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(遠方の山々。  ニンプさん写。)

タイは亜熱帯の国で、バンコクや南部方面からの避暑に北タイの山が好まれ車なので
来て、素泊まりだけの代金は一人/30Bー50B(100円ー200円)で泊まる事が
出来、泊まり代が余りにも安く、この様な施設でも仕方のない事だ。
5名で泊まりチェックアウトした時に、合計150Bと言われ一人の値段と思ってしまった。

今までのワラン家族と行く泊まりの旅行は、ある時はダム池の中に立てられた小屋に
泊まりここも湿気が多く、時には山の管理棟内にも泊まった事さえ有る。  
キャンプでは勿論テントに泊まり、夜中の気温が10度前後の寒い中でキャンプする
タイ人達の水シャワーを浴びる音を聞き、これも日本人には驚きの一言だ。
そんな事から、ワランさんと行く泊まりの計画の誘いは泊まる所の条件が難しく、返事が
今ひとつ即答出来ず今度の誘いもチュウチョしながら行くと返事をした。

ワランさんが、栄子に『今週の土曜日の昼3時に出発するので泊まりの用意をして店に
来る様に、そこにはプールが有るので水着の用意も・・。』と、何時もと言う事が全く違う。
栄子が『プールに、ワランも入らなければいけないから用意をするよ。勿論マーミヤン
の水着は用意をして持っていくから・・・』と、ワランさんに少し強制を掛けての返事だ。
ワランさんの家族には、水着がないので栄子の水着を貸しマーミヤンには買ってある。
タイ人は人前で肌を見せる事を嫌い海水浴でも水着になりたがらず、下にはズボンを履き
上は半袖のシャッを着て海に入る。 
これは温泉も同じで日本では大衆風呂に裸で入る文化、タイ人には温泉に裸で一緒に入る
事に、大きな抵抗が有る様だ。  そんな事でワランさんに、栄子が一言押す事になる。

私達はプールが有るからと云うので、今回はどんな所に連れて行ってくれるか『高級サバイ
バル旅行。』になるのだろうと、高級となると今度は費用が気にもなる。
栄子がワランさんに『何処に行くのか、費用はどれ位か大丈夫・・・』と、聞くとワランさんから
『費用も何も要らないし、料理も夜と朝は出るので旅行の用意だけで良い。』と、言う。

案の定、その当日昼の3時が約束で店に行ったが出かける気配など全然なく、挙げ句出か
ける時に部屋に呼びに行くので部屋で待つ様にときた。  タイ時間の事、マイペンライ・・・
それから部屋で待つ事2時間、ドァーのノックがして行けるから下に降りてくる様にお呼びが
掛かりやっと出発する事になった。

車は国道107号を北に走りだし、ランナーゴルフ場を通り過ぎメーリムの街を通りドンドン
北に走る。 コンドを出た時は、夕日の明るさも有ったが段々薄暗くなっていく。
車は1時間以上も走っただろうかメーテン郡に入り、車は国道から外れて左に入り細めの
脇道を再びドンドンと走る。
チェンマイの田舎道は本当に暗く、こんな所に人が住んでいるかと思う程で車が走る両側は
真っ暗で人家など何も無いと思っていたら、突然、沿道にピカピカ光る赤い色、黄色等の
ネオンが飛び出てくる。 こんな所にも、小さな飲み屋が有るのだとビックリする。

脇道に入り15分も走っただろうか、多くの薄い灯りが数多く見えてきた。ここが今日泊まる
ホテル『ラウイー、ワリィー、リゾートアンドスパ。』の玄関だ。 如何にも高級だ。
落ち着いた玄関で、車を降りワランさんがホテルの人と打ち合わせをしている。
ワランさんが戻り、時間も夜7時近くになっている。
荷物を車に積んだままで車を駐車場に止めて、直ぐに食事を取る事になった。
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(ホテル『ラウイー、ワリィー、リゾートアンドスパ。』の玄関。)

食事を取る客は大半がタイ人で、外国人は僅かばかりで、皆、如何にも裕福そうなタイ人
ばかりだ。 街のホテルに有る、数階建ての建家は何処にもなくこのレストランだけだ。
食事が終わり再び車に戻り2ー3分の所に移動し、今日は何処に泊まるのかと思ったら
そこで手荷物を持ち一軒一軒の家に入る事になった。一家立てのコテージに泊まるのだ。

1ステージがコテージ3軒と食事堂を兼ねた大きめの集会家1軒、それに小さいプールが
何処の1ステージにも1つ有り、それで1ステージが構成されている。
皆が別々に別れコテージに入り、早速栄子とマーミヤンは夜中にステージに付いたプール
に入る。 そのプールで30分も遊んだか、マーミヤンも久し振りのプールで満足そうだ。

今回は何故、こんな所に泊まる事が出来たかと云うとワラン食堂に何時も来るお客さんの
中に、このホテルのオーナーがいてそのオーナーからワランさんがオープン前の招待を
受けたのだ。  その招待に、友人を連れて来ても良いと云う事で私達が便乗したのだ。  
それで今回は、こんな優雅な『サバイバル旅行』と、なった。
            
                                        今日は、この辺で。
次回、 サバイラル旅行が、チェンマイの高級コテージ・・・その(2)

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(街の花々。     9月1日 じいじ写 )

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(街の片隅の陶人形。       11月13日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-12-12 19:26
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

8日(火)、今日の早朝は冷え込んだ。 毛布から出た肩が冷やりする程だ。
これがタイ、チェンマイの気候かと思う程で、最近チェンマイに来られた方で
ホテル住まいの方は別だがコンド等に住まわれる人はおそらくビックリされ、
今日の昼に急ぎ毛布を買いに百貨店等に行かれる事になるだろう。
余り室内温度が冷えているので、目が覚めて温度計を見たら何と22度を
差している。
最近、余り室内温度計を見る事もなかったが、今日ばかりは目が覚めた時に
思わず足が温度計に向かっていた。 窓から入る風を受けると、一段と肌寒さが
増す。
チェンマイは、一年中で最高の季節を向かえている。
短期天気予報も最高温度で30度、最低温度が15度と、それよりも湿度が
60%前後とこれが最高に良い。勿論、全部晴れマークで雲の掛かりも何にもない。
さぁー思う存分にゴルフをやるぞー、と云う気分だ。
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(9日、今年、初めて強く霞が掛りドイの山々も隠れたままだ。  AM9:30)

◎チェンマイのターぺー門から踊る『花笠音頭。』(第5回ランナー、ジープン祭。)・・・

11月19日から始まった『ランナー、ジープン祭(日本祭り。)』も『ラムウォン盆踊り大会。』
を催し、終盤を向かえる事になった。
昨年は、タイの国内事情(反タクシン派のデモ。)で盆踊りの練習も数回重ねたものの
練習最終日になり中止で踊る準備をした有志達をガッカリさせた。
今年は何事もなく行事も順調で、この盆踊りも実行された。

ターぺー門から踊り始め、城壁内の中央部分にある三王像広場まで約1KMをCLLの
会員約40名の男女が『花笠音頭。』で練り歩く。
この中央通りを練り歩く『花笠音頭。』、三王像広場の櫓の廻りで『東京音頭』、『炭坑節』の
三曲の盆踊りを皆で練習を重ね、今日はそのお披露目の日だ。

11月29日の日曜日は、この通りが丁度歩行者天国とサンデイーマーケットの開催日と
重なりそんな人出の多い中を『花笠音頭。』で練り歩く事は、日本をタイの方々に知って
もらうには絶好の機会になる。

日曜日と云う事でワラン食堂(タイ食堂。)が定休日で、ワラン食堂の従業員やマーミヤン
(ワラン食堂の次女。)までが、一緒に浴衣に着替え見に行きたいと云う。
毎年誘うがマーミヤンだけが浴衣を着て参加し、今回はワラン食堂の女性従業員3名が
皆で日本の浴衣を着て見に付いて行くと言う。
ワラン食堂の従業員は、皆ミヤンマー人で今までに日本の浴衣等見た事もなく着ると
云う事になると興味津々で、女性はどの国も共通の様で美しいものには一度袖を
通したいと思うらしい。

当日、午後2時30分に我が家で4名に着付けると前日の夜食事に行った時に従業員と
約束をしたが、何せタイのこと約束時間に来るか一抹の不安が有ったが、約束時間が
近づいた時に廊下で複数人が我が家に歩いて来る足音が聞こえた。
約束時間前に4名が揃って思い思いの私服で現れ、女性達も今から何が起きるのか
楽しみで、そんな時には時間が守れるのだろう・・・

ここにある浴衣は数年前の盆踊りの時に、ワランさん家族が浴衣を着てターぺー門に
行くと云う事で日本から送ってもらい3名分は準備出来たが、あと一名分が足りず
日本人の友達から借りて間に合わせて、あとはその浴衣を皆に着付ける事になる。 
今から4名を着付けるのに、同じコンドに居る日本人のAさんにも助けてもらい出発
時間までに4名の着付けが終わった。

皆の年齢はマーミヤンが12才、店の従業員は16才から22才位までで日本の浴衣を
着たらそれが良く似合い日本人と間違う程だ。
日本の浴衣着は浴衣そのものが一枚と楚々とし、それを帯で結び帯一本で着るので
ケバケバしさがなく、何処の国の女性が着ても皆良く似合うものではないだろうか。
以前にプーさん(タイ人の友人。)も浴衣を着たがとても綺麗で良く似合った。
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(始めて着た浴衣が良く似合う。)

初めて着た浴衣に皆大喜びで着付けが済んだ人は、色々なポーズを取りはしゃぎ廻る。
ターぺー門まで行くのにソンテイー(乗り合いタクシー。)を拾うので、その間に近所の
人達が4人の着た浴衣を姿を見てとても綺麗(スワイ、スワイ。)と言う。
若い女性達だけに、日本の浴衣姿に照れくさいのか恥ずかしそうな身振りもするが、
それが何となく嬉しそうにも見える。 この女性の動じ方は、国が変わっても皆共通に
思える。

ターぺー門から列を作り、スピーカーから『花笠音頭。』の曲が流れ始めるとCLLの
40名が踊り始め、今年はCLLからラチャパット大学に『花笠音頭。』の指導に行き、
その大学生約20名が続いて踊る。 そのタイ人達の大学生の踊りが、大変な評判を
得た様だ。
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(ターぺー門から『花笠音頭。』で練り歩くCLL。)

約1KMの沿道をゆっくりゆっくりと『花笠音頭。』を踊り練り歩き始めるとワランさんの
女性達4名も最終列で歩いていたものが。、見よう見まねで踊り始める様になった。
沿道のタイ人やファラン(西欧人)からも声援を受け、此方も踊りながら笑顔で応える。
『花笠音頭。』の途中に『やっしゃ・・まかしょ・・。』と、お囃子が入るところは踊り
ながら皆が大声で囃すので、沿道のタイ人やファランからは驚きの笑顔が此方に
向けられ沿道の人達との間には親近感を感じとった。
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(ラチャパット大学、チェンマイ校の生徒が踊る『花笠音頭。』)

『花笠音頭。』が三王像広場に到着したら、会場廻りには大勢のタイ人や横田チェンマイ
総領事(女性。)も浴衣姿で拍手と笑顔での出迎えがあり、櫓の前の貴賓席にはタイ人
の御歴々の方々からも再び暖かい拍手での出迎えも有り日タイ友好にもなった事だ。

ワランさんの従業員の3名も浴衣を着る事も始めてで、ましてや途中から『花笠音頭。』
まで踊りビックリする様な良い思い出が沢山出来たものだろう。

沿道を練り歩いた『花笠音頭。』が終わり、次の催しものが始まった。
タイの踊りやチェンマイ大学の日本指導の合気道の模範試合等が櫓の上で有り、その中
で特にタイ人や日本人の目を引いたのが、沖縄歌舞劇団『美(ちゅら)。』で沖縄独特の
楽器と音楽で女性の舞踊が舞台の上で活気に満ち舞われた。
女性の踊り手が『むんちゃく、』『小刀』を、手にして踊るのにはタイ人も驚きの事だろう。
『美(ちゅら)。』を、チェンマイで見てこんな素晴らしい日本文化に、何か目頭に熱ささえ
感じるほどだった。
沖縄歌舞劇団『美(ちゅら)』が、日本国内で開催があるかどうか機会が有れば一度見て
欲しいものだ。

『東京音頭』、『炭坑節』を櫓の上で小集団が手本で踊り、その下で櫓を中心にCLLが
輪を作り踊り出したら、少し間を置きタイ人を始めファランまでが輪の中に入り忽ち大きな
輪が出来、これこそ国際親善の盆踊り大会になって行く。
祭りも8時近くになり、最後の締めくくりは大花火が30発も打ち上げられチェンマイの
夜に大輪の花が咲いた。
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(『美(ちゅら)。』)

そんな頃には、もうワランさんの従業員の3名は明日の早朝から仕事も有り帰途に着いて
いて会う事が出来なかった。
翌日にワラン店に行ったら従業員の3名から、昨日は楽しかったとお礼を言われ自分達が
昨日の夜撮ったデジカメのチップを私達に渡してコピーを撮れと言ってくれる。
早速、デジカメのチップを部屋へ持ち帰りコピーしたら、その中に昨日の夜早めに部屋に
帰ったあと、又、自分達の部屋で皆で浴衣姿の間々で一人一人が新しいポーズを撮った
ものが写っている。  余程、浴衣姿が良かった事か、この写真を見れば良く判る。

来年、この祭りが順調に開催されたら、又、このメンバーでいける事に期待したい。

                                今日は、この辺で。

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(ランナーゴルフ場の花々。     11月18日 じいじ写 )

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(街の片隅の陶人形。       10月04日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-12-09 08:17
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

4日(金)、何日振りか、今日の朝は少し冷え込んだ。この2ー3ヶ日、夜中に毛布も
要らない程の日が続いていたが、朝方に肌寒くなり毛布を掛けた。
昼間は木陰に入ると本当に涼しく、ハンモクにでも揺られて昼寝でもしたら最高と
思うがハンモクもなく実行は出来ないが、一度はそんな事もやってみたいと・・・・

短期予報では、昼間の最高気温が30度の日が少なくなり、殆ど毎日がそれ以下の
日ばかりで何よりも涼しいのは毎日の湿度が70%前後と、これは涼しい・・・・・
こんな季節が2月の終わり、3月の始め頃まで続きチェンマイの一番良い季節だ。
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(5日、ドイの山に雲が多く掛かる暖かな朝。 AM7:30)

◎今年も、ニマンヘミン通りに並んだ1万人の僧侶・・・・・ 

チェンマイの街並みの所々に看板が立てられ、その看板には昨年有ったニマン
ヘミン通りに並んだ1万人以上の僧侶の写真も載っている。 
今年は何百本用意されたのか、昨年はこんな宣伝をする事もなく私達が知ったのは
タイ人にこんな行事が有ると教えられ、当日の朝ニマンヘミン通りに行き早朝から用意
された僧侶の座る椅子の多さに驚き、タイ人の仏教への思い入れに感心をした事だ。
 
今年は昨年と違い、PRように作られた街の小さい立て看板を大看板にしてPR車で
市内を宣伝して廻り、チェンマイ中に11月28日AM6:09ニマンヘミン通りに1万人の
僧侶が来る事を知らせ市民に多くの参加を呼びかけている。
此処でも、タイのラッキー数字の9を使いAM6:09の開催時間にも使われている。

真夜中の何時頃から会場作りの準備をしたのか、夕方からワラン食堂で日本から来られた
お客様数名と食事をしたあとにカラオケ(日本の歌ばかりの健全店。)へ車で一緒に行き
帰ったのが夜10時半を過ぎていたが、その時には本通りに何の変化もなく一般車が平常
通りに走っていた。
ニマンヘミン通りの1番地はアマリリンカムホテルから始まり、本通りの最終番地になるのは
三叉路に突き当たるステープ大通りまでの約1、5KM、その道路に大会場を作るには車を
全面止め準備をする事になる。
本通りの中央部に大きな仏像を置き2ー30名の高僧、来賓の方々が座る大舞台を作り
1万人の僧侶全員が座れる椅子を5ー600M並べ設置、約1、5KMの道路にジュウタン等を
敷き詰める作る作業になる。

早朝5時40分頃、ニマンヘミン通りにどんな様子かと見に出かけたら、昨日の夜とは
大違いで道路には大舞台作られ会場作りは勿論全て終了して、僧侶達が三々五々列を
作り自分達の椅子に着く所だった。
一万人の僧侶、これだけ僧侶が何処から集まって来るのだろうか。聞くところに寄ると北タイ
の僧侶達が、皆此処へ今日一日集まると云う。 観光バスや公営バスも出し、会場に来る
足に用意された総掛かりの大輸送だ。  コンドの裏に有る大駐車場に、どれだけの車が
止まっているのか駐車場の確保だけでも大変な事だ。
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(深夜に、ニマンヘミン通りに準備された会場。 AM5:50)

この一万人の僧侶が何故ここに集ったのか、その意味も判らず字が読めれば今日の事が
書かれているパンフレットを係員が皆に配っており、それをもらいはしたが部屋に持ち帰る
だけだ。
後日、プーさん(タイ人の友達。)にその理由を聞いたら、今回は国王の健康快気祈願で
催されたものだと云う。
現在、国王は病気治療で長期入院(国王は肺の炎症などで9月から入院中。)され国民は
国王が早く良くなられる事を節に願い、お祈りをするのだと教えてくれた。

早朝6時09分から始まった行事も段々と進み、高僧一人で詠む読経や全員で詠む読経も
幾つも有り、それらを見て聞いて感心したのは参加しているタイ人全員が音頭等無しで、皆
経を幾つも詠む事が出来る。
学校教育の一環の中で、教えなければ出来ない事だ。それ程、仏教がタイ国民の中に有る。
その儀式が終わった後、直ぐに一万人の僧侶が全員立ち托鉢が始められる。
僧侶が一直線に7ー800Mを一列に並び往復し在家の人から托鉢を受ける。
これが私達外国人には、なかなか壮観なものに見えこれを機会にシッターを押す。
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(行事が終わり、托鉢の準備に入り一直線に僧侶が並ぶ。)

昨年との違いは会場作りが大きく変わり、昨年は一般の在家の人達が自由に指定された
道路の席に座りその場所で式から托鉢までしたが、今回は個別の指定席が設けられ
その席は有料で前もって確保して置く事になる。その面積は全長200M位の長さが有り
席数にしたらどれ位にだろうか、千席以上は裕に用意され個別の席の前には今から
タンブンする御菓子や飲み物等が充分に用意され身一つで来てその席に座る。
在家の一般自由席は、個別指定席のあとに昨年と同じ様に席が設けられた。
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(托鉢僧と軍の兵隊。)
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(托鉢する在家の人達。 托鉢が満杯になるとビニール袋に入れ替える。)

この日一日で、どれ位の経済効果が有るのだろうか托鉢する商品も食品が主で御菓子類
からジュース類、お米からカップヌードル等食品メーカーには大きな売り上げ効果が出る。
僧侶の持つ托鉢は直ぐに満杯になり、それを大きなビニール袋を持った軍の新兵が僧侶の
後ろでそれをビニール袋に入れその袋までが直ぐに満杯になる程の量だ。
その他に笹の小枝で作ったお金差し、お金を入れるタンブン袋を係員が在家一般の沿道の
人達に待って廻る。少し時間が過ぎると、係員がそれらを回収に廻る。この頃は百バーツが
笹の小枝に数枚挟まれるので見ている方もビックリする。
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(托鉢僧侶の中には外国人僧もいる。)

その式、托鉢も8時30分位で終わり会場を元通りにする清掃に入る。清掃も一般市民の
ボランテァで多く若者達男女が出て後片づけをする。
タンブンされたビニール袋は数え切れないほど道路に山積され、それをトラック数台が来て
荷台に積み上げる。その量は想像を絶するほどで金額にするとどれ位になるだろうか。
中央に置かれた仏像も大型クレーン車が引っ張り上げ大型トラックに乗せる。
一万人の僧侶の座っていた椅子も全てが1時間ほどで片づけられ一般道路に戻った。
この行事も毎年行われると聞く。 来年はどんな名目で行われるのか、機会があれば一度
是非見る事をお勧めしたい巨大な仏教行事だ。
                               今日は、この辺で。

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(街の中の花々。         9月16日 じいじ写 )
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(陶人形。ニマンへミン通りの片隅。    10月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-12-05 10:26