定年後のライフスタイル


by dbeiko
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◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

29日(日)、何時頃だったか、朝方3時過ぎと思うが気温が1度位急に下がったと思う。
寒くて目が覚めて、毛布が一枚では寒く2枚を重ねる程だ。 
朝から雲などなく青空で夜が明け、時間と共にうっすらとした白い雲が浮く程度で青さが
強く白い雲が目に付く。
短期予報も、太陽マークの横に雲マークが重ねた絵ばかりで全く雨マークはなくなった。
気温も最高気温が30度以下になり、ゴルフでの汗かきもウンと少なくなった。
その内に、午前中のゴルフでは汗をかく事もなくなる事だろう。

今日はランナー、ジープン祭(日本祭。)で、花笠音頭を踊り(じいじは踊る。)街のなかを
練り歩く日になっていて、午後の2時過ぎからワラン食堂の女性の従業員達も我が家に
来て、浴衣を着て一緒に街に行く事になっている。 後日ブログに書きます。
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(11月29日、快晴のチェンマイの昼時・・・PM1:00)

◎栄えある第80回CLLゴルフコンペの優勝(チョット自慢話ご免ね。)・・・・・ 
※CLL(チェンマイ、ロングステイーライフの会。 現在会員数約200名。 )

主わず優勝の挨拶の第一声に皆の前で『嬉しい・・本当に嬉しい・・。』と、言葉が出て
しまった。 前回優勝したのが、もう4年も前になるだろうか忘れてしまう程前になる。

日本からチェンマイでロングステイーする遊びはゴルフと決め、あの頃はまだ若くゴルフ
もドライバーも良く飛んで日本で培った腕、練習も日本の時は充分過ぎる程良くやった。
その当時はスコァー(成績)も90代(この数字は小さい程良い。)以上は打つ事もなく週に
4回もプレーするし、時にはコンペ等が入れば週に5回プレーと云う事もあり練習等しなく
てもプレーだけで充分に成績を保つ事と思い一切練習をする事はなく過ごした。

その内に打つたびにショットが振れ始め、知らない内に振れを手打ちで調整しようと
すると、尚ボールは振れる。
手打ちをしていると、ボールを真っ直ぐに打つ事に一番大切な身体の中心線がなくなり
肩も充分に廻らずショットの基礎が崩れ始める。 これではスコァーにはならなくなる。

2年程前に大スランプに陥り、あの頃の90代以上は打たなかったものが、100を出て
しまう事もしばしば有りそれではと思い、思い切って練習をする事に決心した。
この思い切りには、自分の車を持たないのでソンテイー(乗り合いタクシー。)に乗り
練習場に行く事になり、どうしても部屋を出る思い切がいる様になる。

練習を始めて2年、自己流の中から自分で欠点を探しては、探してはのコツコツの調整だ。
飛距離はなかなか回復しないものの、この頃は前程の飛びにはならないが少し出始めた。
そんな事から、自分のスコァーが伸ばせるのは大切な練習を充分にする事を知らされた
次第だ。

コンペが始まり今日は9組、当日の欠席者も出て46名での競技になる。
最後のスタートになり、スタートするには1時間は掛かる。これが最後スタートの特権で
充分に練習出来る。 練習場に行ったら先着組も数人いて皆熱心だ。

ランナーゴルフ場は、ヘアーウエイを大きな木がセパーレトしてコースを難しくする。
NO1ホールをスタートするや、何時もお世話になる正面の木に当たり木の下にボールは
落ちる。 この木に当たればパー4をパー(4打。)では上がれない。
今日は、このコースはもう諦めて5打、6打で上がれれば良いと決めプレーする。
案の定、4打で3Mの長いパットを残しカップに付く。 今日も6打で上がる事と諦めたが
その長いパットが1打で入りラッキーな5打で上がる事が出来た。

プレーは淡々と5打、1つ6打が出て4ホール進み、既に5打をオバーしてしまう。
NO5ホールのロングホール(5打でパー。)を向かえた。
グリーンに乗った時には、既に5打目になっている。
最初のパットが残り3ー40CMに付きお先にの距離で、それを先に打ったらボールに砂が
付いていて見事に外れ3打オーバーの8打で上がり、今日の優勝等何処かに舞い上がり
5ホールで結果8オーバーなってしまい、今日は優勝を意識して挑戦していただけに、それを
諦める事になりガックリしてしまった。
残りのホールはパーが1つ出て、ハーフ47打で上がりハンデイーが20打有り1打オバーの
結果となった。

後半が始まりNO10ホールでパーが出て、大きな波乱もなく淡々とNO16ホールまで来て
結果6オーバーでトータルが1打アンダーで来ている。
前半ではもう諦めたが、後半持ち替えし1アンダーで何とか上がれば3位以内の可能性も
出て3位以内に入れば暮れに行われるチャンピオン大会に出場出来る資格も取れ何とか
3位までに入りたい。 そんな気持ちが、急にムクムクと起きてきた。

NO17ホール、ナイスショットで140ヤードが残り何時もなら2オンをねらい行くところだが、
グリーン手前は左右にバンカーが有り、特に右のバンカーに入ると出すのが難しく以前に
多打きした経験が何度も有り、これだけはどうしても避けたい。
こんな時は日常のプレーとは違い、ホール、ホールが大変難しくショットも考える事になる。
『攻撃が最大の防御』と云う言葉も有るが、此処は守りに入り残りの2ホールをボーギーの
2オーバーで上がれば結果1アンダーで良いと決めた。
2打目を手前30ヤード、バンカーに入らない様に安全に行く事にして、3打目がカップを
オーバーしたものの2パットの5打で予測通りになり最終18番を向かえる。

最終18番ロングホール、ナイスショットで、ヘァーウエーの中央やや右にある木を越えて
ボールが飛んで行く。
第2打目はグリーン手前の150ヤードから100ヤードの所の左に大木が2本縦並びに有り、
その木が今日のスコァーの出来次第では、一つ間違うと多打きするぞと大きなプレッシャーを
充分に掛ける。
第二打を打ったら、2本木の手前の木の枝が少し張り出す下にボールが止まってしまった。
2本木の枝が少し掛かるので、グリーンに直接上げて打つと枝に当たる可能性が出てくる。
この判断もどうしたら良いか、困ってしまった。枝に当たれば、何処に飛んで行く事やら
判らない。 残り160ヤード、枝の下を3番アイアンでランニングアプローチする事に決めた。
グリーン手前には左右にバンカーが有り、これに入れるわけにはいかない。
3番アイアンで打ったボールは、バンカー手前グリークまで約20ヤードの所に止まる。

約20ヤード、パーを取るのに寄せれない距離ではない。
こんな時に頭を掠めるのは、打ったボールがシャンク(横飛び。)するのではと強く気持ちの
中を走る。 手打ちはダメだ。 短くても肩を廻す、廻すのだと気持ちに良く言い聞かせて
ショットする。  ピン奥3Mにボールは付く。 パーは取りたいが、パターの無理はダメだと
打ったボールはカップの手前20CMに付く。
これでNO16ホールで目標にした、ホギーが2つ続き後半44打で廻り合計91打の
1アンダーで廻った事になる。

同伴者からは1アンダーで廻った事で、優勝と皆が言う。 今年も11回目にもなり、皆ハンデ
も強くなっているのでアンダーは出ないと言う。 自分は、3位までに入りたいと思っていた。
私達が最終組で、もう皆上がっているのでスコァー報告をすると1アンダーが二人と云う。
これで3位までに入れたと、気持ちがホッとした。
それから何分かしただろうか、優勝だと言う。
 
これには、嬉しかった。  これは、練習から来た成果が結果として出たのだ。
先回は何年前だったか、優勝は86打で勝った事だけは印象に残っている。今回は91打だ。
ハンデーに恵まれての優勝だが、最近は腕効きが多くなるなかで飛距離も落ち、そのなか
での優勝はなかなか難しい。 今回も、同点者が二人いた。

CLLの事務所には、第一回大会からの優勝者の名前がボードに書かれ掲げている。
そこに、自分の名前が2つも書かれる事になる。 
第80回目となると、最初の開催から7年間で82回となり7年も続いていると名誉有る
大会となり光栄と喜ぶ次第だ。

長々と自慢話を読んで頂き、申し訳有りませんて゜した。 お許し下さい。

                               今日は、この辺で。
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(ロイヤルカントリーの花々。         10月23日 じいじ写 )
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(お粥の『カムトム、ヨーン』の陶人形。    10月04日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-11-29 15:38
◎書き込み・・・。
ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて欲しいと
云う要望から載せました。                       
                                 じいじ記。
              (2009年10月25日発行日。VoI,221号から。)
【うふふのふの... あんな事... そんな事... こんな事 ...】

バンコクの、おばぁちゃん... 
いつもの時間に、いつものようにワラン食堂へ夕ご飯を食べに行くと、
『 エイコ、エイコ、クルンテープおばあちゃん マー、マー..』と ワランが一気に
喋ってきた
『エッ、オバアチヤン..チェンマイ?』来週には娘のマッパランが帰って来ると
言っていたので、どうやらその時におばあちゃんも一緒に来るようだ...

クルンテープのおばあちゃんは、ワランの旦那さんニンプさんのお母さん、
私が始めて会ったのは、今から3年くらい前にニンプさんのお姉さんの子供、つまり
ニンプさんの姪御さんの結婚式への招待でワラン一家と共に出掛けていった結婚式で
紹介されたのが始まりでした。73才のおばあちゃんはコロコロと良く笑い..
家の中ではクルクルと動き回り..久し振りにあったマッパランやマ~ミヤンを
捕まえては良く喋り..私には、チンプンカンプンのタイ語で話しかけ..
返事に詰まっている私を見ては笑う、とても可愛いおばあちゃんで、タイのおばあちゃんは
暗いイメ~ジしかなかった私にはとても新鮮な出来事でした。

二度目に会ったのは、結婚した姪御さん夫婦がおばあちゃんを伴ってチェンマイへ...
それは結婚式から一年後のことでした。
相変わらずコロコロと良く笑い、少し悪い足を引きずりながらも..お店がこんで来ると
立ち上がって手伝おうとするやさしいおばあちゃん..マッパランやマ~ミヤンが
長いお休みに入ったので、孫と一緒に過ごすと言うことで姪御さん夫婦は一足さきに
バンコク帰って行った。

この1ヶ月余りの滞在で、三度の食事もおやつもマッパラン、マ~ミャン、おばあちゃん
私と言う具合に私達はすっかり仲良しになりました。
甘い物大好きなおばあちゃんと子供達、私はフドウパン、バナナにマンゴのジュ~ス、
苺ジャムのアイス、芋かりんとう、砂糖ピ~ナツと私の知りうる限りを尽くして子供達と
一緒に作り、おばあちゃんと過ごしました。
私の中にもう少し母と一緒にいたかった思いが強く、私の母とは似ても、似つかない、
バンコクのおばあちゃんに母を思い...とても充実した時間を過ごさせて貰いました。
楽しい時はアッという間に過ぎ、ニンプさんが車でバンコクまで送って行く日がきました。
少し足の不自由なおばあちゃんに、これ以上悪くなりません様にとの願いを込めて私は
お洒落で可愛いおばあちゃんに、可愛いサンダルをプレゼントしました。
そのサンダルを履いて、笑いながらも目は涙目で帰っていきました。.....
見送る私も子供達も目はウルウル状態..きっとう少し一緒にいたかったの思いは4人共
同じだった様に思う..

おばあちゃんを送り出した後、マッパランとマ~ミャンと私の話しは暫くおばあちゃんの
話題ばかりでした..お洒落なおばあちゃんは、日曜日のレストランでの食事には
薄化粧をして、口紅も少しそして、ちょっとひかる光り物のピアスもしていた。
ワランもびっくりのお洒落なおばあちゃん。

そんなおばあちゃんが、糖尿病で足を切断するかもとのバンコクからの電話で
ニンプさんと子供達がバンコクへ出掛けていきました...
私は、和物の布で巾着袋を作り持って行ってもらうことに..
ちょうどその頃の私は目が悪くて、針目が揃わない、汗で針が進まないとちょっと
悲観的になっていて、もう針を握ることは止めようかと思っていた時期でした。

そんな気持ちだったけど..以前に作ってあげた袋を大切に使っていると聞き、頑張って
作ることにしました。出来上がった巾着袋はお世辞にも上手とは言えない出来映えなのに
おばあちゃんはたいそう喜んで一番大切にしている化粧品を入れたと言う話しを聞き、
又、私に針を持つ気持ちにさせてくれました。その後何ヶ月もの闘病のあと足を切断する
ことも無く無事に退院することになり、チェンマイの家族もホッと安堵の胸をさすった
ものでした。

去年はすっかり元気になって相変わらず家の中のゴミを拾っているとか..
バンコクの大学に行ったマッパランが、おばあちゃんを訪ねてくれるのを楽しみに
まっているとか、心休まる話しが聞かれ、もしかしたら又チェンマイがあるかもと
思っていた矢先の今回の出来事...

さぁ~..いよいよ今日は、おばあちゃん登場です。
バスでやって来るおばあちゃんとマッパランををニンプさんとマ~ミャンが向かえに行き
私とワランは食事の支度をして待つ...
やって来ました..おばあちゃん....ニンプさんの車から、マッパランとマ~ミャンの
手を借りて降りてきました..私の姿を見つけると、はやる足で..それをマッパランと
マ~ミャンが『アンタライ!アンタライ!』と両手を支えて..言葉も分からない同士が
涙目で再会を喜んで抱き合う...ワランより先に私???..
私で良かったのかなぁ~????ギョ..ピアス前より大きい..口紅してる..
しかも..いまぬったのまる分かり状態...相変わらずおばあちゃんお洒落..
薄化粧にピアス...前よりパワアップしてる..確かおばあちゃん76才になってる
はずだぞ..

ただ今の私、ワラン食堂へ行くのがとても楽しみになっている..
いまじゃ~..誰も行ってくれない..いやいや..今に限らず一度も言ってもらった
覚えのない事...◎鎖骨が出てなくて綺麗《これって太っているからであって(◎-◎;)》
◎歯が綺麗...《いやいや、目下一番気になっているのが白い歯が自慢だったのに
磨いても白くならなくなった歯なのに..》◎顔や手にしわがない《これも只、単に太っいる
だけなんだけど..》◎これが一番重要なんだけど..私のことスワ~イだってσ(^^)

良いのかなぁ~..すっかりその気になっている私がいるんだけど...

今日は、この辺で。
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(街の中の花々。    8月12日 じいじ写 )
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(街の陶人形。     10月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-11-25 01:17
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

22日(日)、朝から寒い朝になった。短期予報も今日は最低気温が13度と出ていたが
その通り今日の朝は寒い。 室内温度も夜中23度と此方も最近になく下がった。
最近にない寒さになり、夜中に厚めのシャッを一枚着るほどだ。

朝から、こんなに寒いのに雲の多い日になった。これだけ冷えているので雨など降る事は
ない。それにしても、此処2ー3日は先日の快晴とは程遠い日が続く。
確か、昨年も12月半ばに1日だけ、朝方音がするほどの雨が降ったと記憶する。
今年も、そんな事が有るかも知れない。
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(11月22日 雲の多い日が続く。  AM9:00)

◎メーホンソンのひまわり、丘をひまわりで覆う1泊2日の旅・・・・・(2)

メーホンソンの、ホテルは静か過ぎる。 真夜中に目が覚めたが、シンー何の音もない。
こんな静かな、夜明けは何年振りだろうか・・・・もう、何時の事かも忘れてしまった。
チェンマイの我が家のコンドは街の中に有るせいか、何かの生活音が何処からか24時間
小さく聞こえてくる。 深夜にしても、本通りを時々走る車の音が微かに聞こえ、こんな
深夜に何の用事が有り車を走らせているのだろうかと余分な事まで考えてしまう。
やっぱり山間の小さな街では、深夜の街の動きも少なくこんな静けさが有るのだろう・・

ホテルの朝食が、朝6時から食べれる云う事で栄子と6時30分頃に部屋を出て1Fの
レストランに降りたら、多数の人達ちが朝食を済ませ早朝マーケットに行こうか、近所に
位置する早朝のワット、チョーンカム、ワット、チョーンクラーンを見に行こうか、それ
ぞれ数組が選択をしている最中だった。
日本人の年寄りは本当に早起きだ。 このホテルにも、日本人以外に色々な国の人達も泊
まって居るだろうがレストランにはまだ誰も降りて来ない。
此方も早々に朝食を取り早朝マーケットに出かけたが、街の中は殆ど車等走らずこれが
山間の街を静かにしているのだ。 
早朝の街行く托鉢僧を時々見掛けるが、小僧僧ばかりでこれもチェンマイとは随分違う。

ホテルを出てから500Mも歩いた所に生活市場が有り、その手前で早朝バザールも有る
と聞き出かけたがその出店数もパラパラと少なく、昨日のナイトバザールで見掛けた山岳
民族の顔も見れ、昨夜のナイトバザールあと今日の早朝もう此処に店開きをしているのだ。
メーホンソンの街の中をブラブラ散策しながら市場に向けて歩くが、地元の人達の市場への
買い物は単車で来る位で殆どが徒歩での買い物客だ。
早朝の街の中に、何だか煙った様な霞が掛かり早朝の山間の街はガスが掛っている様だ。
メイン道路に面した家々は、日本式の木造二階建てが並び日本の少し前の時代を思い出さ
せ『三丁目の夕日』の風情を持った街並みだ。 余りにも日本と良く似ているので、その昔
日本人が木造建家の指導でもしたかと思う程だ。
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(メーホンソンの街に建ち並ぶ木造建家。)

朝、メーホンソンのホテルを出たバスは、この旅行のメイン、メーホンソンのひまわりに
向けて約97KM国道を南下する。  国道に出て直ぐから、この道も昨日と同じ曲がり
くねった道が続く。
メーホンソンを出てから約30KMも走っただろうか、車が脇道に入り停車する。 
昨日も、バスが峠で停車し遠くの山々の眺望出来気持ち良かった。
停車した此処も峠に近く、場所の名前はキューロム(風の通る道。)と云い地名の通り
山深く山間の谷間を幾つも幾つも遠くに続き、その山間を風が通るだろう良い眺めだ。
深い谷間を眼下に見下ろすと、そこに白い真綿の様な物が一面に浮く、それは雲海だ。
車が停車していた時間は15ー6分だろうか、下に有った雲海も動きに動き山頂に向け
昇り始め、白く固まっていた真綿は何処に行ったのかガスが上に立ち昇っていく。
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(キューロム(風の通る場所。)谷間の白色は雲海。)

クンユアム郡のメーウーコ(野生のひまわり〓ブァートァン花)まで、4ー50KM位を
一路走る。  車は国道から脇道に入り、少し走ると所々にもう黄色の花が時々出てくる。
車が山に昇り始める頃になると両脇には黄色の花のトンネルが出て、始めてこの花を
見る方にはもう感動ものだ。 そのトンネルが出てくるたびに『綺麗、綺麗、本当綺麗』と
車内からの小さな声を聞く。
ガイドの説明では、数年前から道の両脇に種を蒔き黄色の長いトンネロを作り始めている
との事だ。 車が丘の上に近づくと、遠くの丘までが一面黄色の色で覆われている丘が
見える。  その綺麗さに、又、驚きの歓声までが起きる。  
此処で1時間程の自由時間を取り、ひまわり畑の中を自由に散策する事になる。
丘の山頂には山小屋が有り、山頂に行く階段を2ー300M位昇ると周囲の丘が見渡せ
坂道を上るには少し強いが、上まで昇ると綺麗に連々と繋がるなる丘を一望する事が
出来る。
丘の下にも展望台が有り、これは反対に道路の下から丘を見上げる事が出来、ひまわり
の丘を背にして写真を撮る事も出来、大勢の人達が思い思いのポーズで写真を撮っている。
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(丘一面に咲くメーウーコ(野生のひまわり〓ブァートァン花))

この季節タイ人の旅行者も多く、タイ人の客の大半がバンコク方面から来ている。 
昨日、ワット、チョーンカム、ワット、チョーンクラーンで有ったタイ人も此処で、又、会った。 
タイ人の旅行も、最近は全国的にホテル代も可成り安くなっているので多くの人が
旅行に出る。
タイの中でも、特に北タイは人気が集中しているとかチェンマイを経由して、このメーホンソン、
ゴールデン三角地帯、メーサイからタチレク(ミヤンマー。)日本人のコースと同じ様な所を
廻る。

チェンマイの帰り道にケォコーモン方解石洞窟等を見に立ち寄るが、日本の秋吉台の鍾乳石
など見ている日本人には何か物足りず、この様な物を始めて見る人には興味も出て凄い
ものを見たと云う感もあろう。
洞窟内の急な階段の厳しい昇り降りで、只暑い事だけで余り話題にもならずバスに帰る。

そのあとビルマ戦線資料館にも立ち寄る。
メーホンソンからここまで走り来た道に、白骨街道と言われる代名詞も付く程の、この悲惨。
ビルマから山深い道を徒歩で、この暑さの中を逃げ帰る途中に命を絶つ敗残兵の無念さに、
皆、静かに慰霊碑を拝み余りに口数も少なく、ご冥福と安らいでお眠り下さいとお祈りする
ばかりだ。
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(ビルマ戦線資料館前の慰霊碑。)

メーホンソン南廻りは、メーホンソンの街を出てクンユアム郡のひまわりを過ぎたその頃から
道の凹凸や左右に振る事も楽になり、北廻りよりは大分楽な道と少し時間は掛かるが南廻り
を好む人が多い。
あとはチェンマイまで約230KM直走りに走りチェンマイに到着した夜8時、昨日の朝8時に
出発して全員が無事何事もなく到着出来たのが何よりと、こんな楽しい旅はなかったかと
幹事の人達との大役、成功に旅が出来た事を喜んだ次第だ。

                              今日は、この辺で。
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(ランナーGの花々。    10月25日 じいじ写 )
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(街の陶人形。     10月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-11-22 11:33
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

19日(木)、昨日、今日とやや雲が多めの朝を向かえた。快晴が長く続いていだけに、
曇り空が珍しく思えるので慣れとは怖いものだ。
室内気温は27度で乾燥しており、室内はサラーとして気持ち良くチェンマイでは
木陰に入ると涼しく此処3ヶ月間位一番過ごしやすい季節を向かえる。

一週間の短期予報では、最高気温も30度を超える日が少なくなり最低気温も
16ー7度と本当に過ごしやすくなった。 只、昼間の炎天下だけは、まだまだ暑くゴルフ
など後半には肌が黒くなると思わせる程に強く差す。
昼間は木陰で休むのも気持ち良くそんな大木の下で、最近はコーヒー等売る店も出て
街の行き交うものを見ながらノンビリと過ごすのも良い。
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(18日 曇り空で夜が明けた。AM6:50)

◎メーホンソンのひまわり、丘をひまわりで覆う1泊2日の旅・・・・・(1)

チェンマイで、このシーズンになると挨拶替わりにこんな言葉が出てくる。
『今年、メーホンソンのひまわり見ました。もう満開ですよね・・・綺麗でした・・。』
丘の中腹から、野生の明るい黄色のメキシコひまわりが幾つもの丘を覆う。
通称メーホンソンのひまわりと呼ばれるが、場所はメーホンソンから国道を南に走る事
約97KMクンユアム郡の丘一面に野生で生殖したものだ。
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(メーホンソンの野生のひまわりが丘を覆う。 11月13日AM11:50)

先日、CLL(チェンマイ、ロングステイーライフの会。)で1泊2日の旅のアンケートを
取ったらスコータイと競うが、断然メーホンソンのひまわりが多く出かける事になった。

チェンマイを朝8時の出発、集合時間よりも10分も早く皆集まりそのままの出発となる。
日本人は、どうして時間にこんなに正確に行動するのだろうか・・・・日本人ガイド等を
しているプーさん(タイ人の友人。)も、時々タイ人の案内ガイドもするが日本人に
付いた方が時間に限らず全てに楽だと言う。 プーさん曰く、日本人の行動が
正しいとも・・

タイの北西部ミヤンマー国境に位置するメーホンソンに行くには、北タイのパイ
(チェンマイから約140KM先の街。)経由とチェンマイから真西に有るメーサリアン
(チェンマイから約230KM先の街。)経由が有り、通称パイ経由はメーホンソン北回りと
メーサリアン経由を南廻りと一般的に呼ぶ。
今回の旅は、行きはメーホンソン北回りで、帰りは南回りでぐるーと一周する事になる。

メーホンソン北回りは、山の凹凸が厳しく今回もマイクロバス4台で出かけたが、車内で
バス酔いする人も出る程にバスは右左に曲がり急な登りと下り坂が出てくる。
この道も旧日本陸軍が作ったもので、タイ人ガイドもその説明を日本軍が作りタイ人の
多くが労働作業に協力して出来上がった道だと説明する。
今でこそ道路も舗装された2車線道路で、山道の凹凸は厳しいものの車でスイスイと
走れメーホンソンに行くに約240KMを6ー7時間も走れば着く事が出来る。

この道を通るたびに思い出すのが、その当時この道を作る旧日本陸軍にどんなに
苦労が有ったものか想像を絶するものが有り、この道を一度走れば誰もが思う悪条件が
続く道だ。
今でも少し雨が続けば、土砂崩れで道は寸断され修復に何日も掛かる。
今回も、先日の大雨で道路の修復作業が行われていた。戦争中は泥だらけの
地道のままでジャンクルを切り開きながら急な凹凸坂に道を作りながらビルマに
向けて進む。
何故か、何時もこの道に差し掛かるとついじいじの口から出てしまうのが『日本軍兵士は、
辛かっただろうな・・何故こんな事になってしまったのだろうか・・。』と、栄子に問いかける。
栄子は『じいじは、何時も此処に来ると同じ事を言う・・。』と、余りにも厳しい道につい
独り言が自然に口から出てしまう。

車はパイの街に丁度12時に着き此処で昼食を取る。
(※パイの街に付いては、´9年3月30日のブログを見て頂きたくお願いします。)
パイの街を出て1時間も走ったかだろうか見晴らしの良い峠が出て来て、バスは休憩を
兼ねて国道に面した駐車場所に停まる。 
地名を聞くのを忘れてしまい写真での紹介だけになる。
天気が良く遠方の山々のその先まで見る事が出来る。この山々を開き道を作ったのだ。
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(国道沿いの峠から見る遠方の山々。)

次に寄ったのが、時間ももう夕方4時頃になり少し気温も下がり気持ち良く、そこでバスを
降り目的地まで約5分位森の中を歩き、その先にタン、プラー(洞窟の魚。)と云う
池の中に岩の洞窟が有り大型の鯉の様な大魚が何数匹いるか、その数にはビックリする。
此処に居る魚は神の魚と言われて、タイ人は誰も取る事もなく餌も客がドンドン買って
与えるのでこれは大魚となるりその数も増える。
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(タン、プラー(洞窟の魚。))
 
公園なっているので水車小屋や獅子脅しまで有った。
これも歴史的には、中国から出て日本やタイに大きな影響の有った事が判る。
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(水車小屋と獅子脅しの有る風景。 写真前側が獅子脅し。)

此処からは、今日の宿泊先のメーホンソンの街にバスは走る。
メーホンソンは、今から約180年前にビルマ人(現在のミヤンマー。)の街で出来、
国境が河で分断そこに残ったビルマ人が居るのだ。 現在もその子孫が大半と聞く。
山深い小さな盆地で廻りは高めの山が囲み、山岳民族も多くそこで作った民芸品を
その人達が土産品としてナイトバザールや昼は街の中で売っている。

メーホンソンの街の中に入り最初に行ったのが、湖のほとりに有る双子の様な寺で名前は
湖面から見ると左がワット、チョーンカム、右がワット、チョーンクラーン。
この風景は、メーホンソンを紹介するのに必ず写真を掲載しているビルマ方式のお寺だ。
湖畔の廻りは先日降った大雨で、湖の水が溢れたのか廻りに湖畔の土が街の中まで
薄っすらと道の表面を覆い、湖の水もその後に水を引くだけ落としたのか湖の2/3しかなく
折角の湖面に写る綺麗な両寺の風景を撮ったが、今一つもの足りないものが有る。
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(湖の水か2/3しかない湖面に映る、左がワット、チョーンカム、右がワット
、チョーンクラーン。)

食事を取りそのあとは、夜の街の散策となるが双子の寺もライトアップされ夜は、又
その綺麗さを誇る。 女性は何と云っても、山岳民族が開く夜のナイト、バザールで色々な
民芸品を見て回り好きな物が有れば値段交渉となり、その値段交渉を又楽しんでいる。
栄子曰くメーホンソンイトのバザールは、チェンマイと比較すると随分と安いと云う。
ナイト、バザールの買い物に一緒に行ったガイドが、一人の山岳民族の女性に声を掛けた。
 『貴女は、日曜日にチェンマイのサンデイーマーケットで民芸品を売っていますね・・。』と、
言う。  その山岳民族の女性は、ウン、ウンと返事をしている。
やっぱり、此処から本当に売りに行くのだ。
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(山岳民族が開く夜のナイト、バザール。)

ナイト、バザールを一通り見て回り、山岳民族の女性達と言葉が判らないが、毎度の事
栄子の即興で会話をし、女性達をカラカッタリして楽しく買い物が出来、帰り道の両手には
買ったおみやげを両手に下げ、日本から来た人や日本に送る物が又色々と買えて
収穫は充分とホテルに帰る。
                               今日は、この辺で。
   次回は、メーホンソンのひまわり、丘をひまわりで覆う1泊2日の旅・・・・・(2)


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(街の中の花々。    9月1日 じいじ写 )
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(街の陶人形。     9月25日 じいじ写)
by n-jijinao | 2009-11-19 10:47
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

15日(日)、この頃、天気に付いて此処に何も書けなくなってしまう程、毎日快晴が続く。
早朝から、雨の降る不安など微塵もない快晴だ。 
昼間、特に感ずる事は日陰に入るスッーとするほど涼しいが、屋外の太陽が照り付ける
日差しは強く暑い。

短期予報のこの一週間、最高温度は30度を切っているが紫外線が強いのかそれ以上に
暑さを感じる毎日だ。
最低気温も20度前後で、今週後半になると15ー6度まで下がる予報が出ている。
此処まで、最低温度が下がると薄い掛け布団がいるようになる。 
風邪など引かぬように気を付けないと新型インフルエンザが気に掛かる。
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(11月12日 快晴のドイの山 AM7:00)

◎チェンマイの『屋台フェッシュバル』が、雨季明け宣言・・・

今年は、10月初旬がタイの安居明け(暦の上では雨季明け。)で、チェンマイは10月半ば
位まで亜熱帯特有のスコールも有りその後に1ー2度小嵐が吹き、その頃から雨の降る
回数もめっきり少なくなりそれに気が付いた頃に雨季が明けていた・・・・・
タイのTV等の天気予報ではそんな報道もしているだろうが、言葉が判らないので此方は
パソコンの検索でチェンマイの一週間の短期天気予報を見ながら判断している。
この頃は、朝晩急に涼しくなり毎朝快晴で夜が明け、昼間も真っ青な空に雲が出る事も
有るがその雲も真っ白な真綿雲が2ー3個ポッカリ、ポッカリと浮き、先日までの鼠色の
空とは大きく違って来ている。

この季節になると、チェンマイも雨が全く降らなく野外での余興行事が増えてくる。
先回、先日有ったロイクラトーンパレードの紹介し今回は屋台フェッシュバルだ。
11月入ったと同時にコンドの後ろの広場に、何かテントを数張り張る作業が始められた。
その内に黄色の旗が沢山立ち、黄色の旗は『シンガービール。』の会社カーラーだ。
毎年、この時期になると恒例になっている『屋台フェッシュバル。』の開催季節になる。

表通りのニマンへミン通りには、その内容や開催時期のピーアル看板、大きな垂れ幕も
垂らしタイ人は判っているだろうが、此方は広場の工事が始まって始めて判る次第だ。
 この様な行事は、チェンマイ大学の講堂で時々催されるものにも同じ事が云える。
催しが、年間通じて多数の有るが皆判らず始まってから始めて知り行動を起こす事が
多い。
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(広っぱに準備され『屋台フェッシュバル。』)

開催前日の5日、昼位から大音響を鳴らして音響テストに入って開催日を知る事になる。
この大音響だと、おそらく周囲500M四方位先でも聞こえて行くだろう。  
今回は、6日(金)から始まり14日(土)までの9ヶ日間、こんなに長い期間開催は
始めてだ。
広場には大きな舞台が何時も常設されていて、その舞台に開催内容が書かれた大きな
垂れ幕等で装飾され何時始まっても良い所まで準備が出来上がった。
屋台のテントも完成し、屋台店の材料の運び込みにも店の数も多くごった返している。
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(立派な舞台が出来上がる。)

オープンの6日、夕方5時頃から大音響を鳴らし始め、この時間は音楽だけでまだ舞台
での催し何も始まらない。 6時頃から流す音楽も違い、舞台の上では4ー5名の生バンド
演奏に切り替わる。 その時から、歌う歌手もシロトとは違いプロ歌手が歌う。
ワラン食堂のマーミヤンが歌っている歌手の名前を教えてくれ、皆バンコクから来ている
歌手だと云う。 平日毎夜、この近辺の飲み屋で夜中まで大きな声で歌っている歌手とは
聞かなくてもその上手さは判る。
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(舞台に出る前の子供達。)

開演して時間も7時になると、子供達が舞台に上がり地元チェンマイの子供達の歌も始まり、
その後ろでは数人の子供がダンスを踊る。
その親達なのか、カメラフラシュが舞台下から子供達に向けて多く光る。 
タイは、子供達の歌や踊りに可成り力が入るのか、大きな余興行事の有る前座に必ず
子供の歌、踊りが何時も入る。 
それ以外に、もう一つ土地柄からか美人コンテストも必ず組み込まれる。
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(人のでも多い屋台の風景。)

そんな催しも、夜中12時頃まで続き終了する。数十軒も有る屋台で購入した食事や
ビールを飲みながら、その舞台を夜の更けるまで見ながら食べて見る。
どれ位の人が開催中に集まるのか、殆どがチェンマイは外食の為に食事場所がこの広っぱ
に変わり反対にワラン食堂などはその痛手を食う事になる。
チェンマイ市への経済効果はどれ程有るのだろうか、確かにビール会社には大きな効果を
もたらすが・・・・
このあと、又、何時の日か『ビャ、チャーン。』が開催する。

                                 今日は、この辺で。

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(ワット バーンララヒ゜ロームの花々。)
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(街の陶人形。)
by n-jijinao | 2009-11-16 15:53
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

●10日(火)、最近の毎日の事ながら、今日も快晴の夜明けだ。室内も全く気持ち良く
この時期だけの気候の美味しさを充分に味わっている。 室内温度は26、5度だ。
朝食を買いにコンドの外へ出ると肌に冷たさを感ずる。 どれ位の温度だろうか。
短期天気予想では、最大温度32ー3度、最低温度22ー3度と出ている。
勿論、太陽マークだけが一週間並んでいる。 湿度も70%以下と一番良い気候だ。

●今週は、コンドの裏の広っぱでシンハービール主催の『屋台フェシュバル。』が開かれ
ている。タイの事、毎夜12時まで大音響を流している。 近所の住民は寝不足を起こす。
それに輪を掛けるのが、朝起き鶏りの一番鳴きだ。 (此処でも鶏の写真入りで紹介した。〉
『屋台フェシュバル。』の影響で眠れないのか真夜中の2時半頃になると、この頃鳴き
始め30分鳴くのか真夜中だろうか可成り大きな声で聞こえる。一旦は鳴き疲れか鳴き
止み、それが終わると、又5時前後から鳴き始める。
鶏の所有者には、これはどうしたものか・・・・人間も鶏も皆同じ難しいものだ。
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(チェンマイの快晴の夜明け。 AM7:00)

◎雨季が明けチェンマイに、様々な催しシーズンがやって来た・・・・・・・
(ロイクラトーンパレード、ランナージープン交流会等。)

雨季が明けチェンマイに始めてやって来るお祭りが、10月4日の安居明け(暦の上では、
この日に梅雨明けと言われる。その年の月歴を使うので、毎年日にちが違う。)で、
仏教には大事な行事とされ、仏教徒はその日をタイ全土で明けを喜び街飾りを催する。
※安居明けの事は、10月7日付けのブログで紹介をしている。

この時期は仏事や全国統一的な催しは、この安居明けが有るだけで他に催しはなく、
雨季が明け雨も降る事もなくなり気持ちも明るくなり、その地方、地方で催し等の
余興行事が目白押しに企画される。
チェンマイでは11月にロイクラトーンパレード、後半になるとランナー、ジープン交流会
(日本祭。)が開催される。

その催しの第1段が、今月3日にロイクラトーンパレードがタイ側の主催で開かれた。
ローイ・クラトンは、陰暦12月の満月の夜に行われ今年は11月2日がその日に当たり
一般的に川の女神に感謝を捧げるために行う行事で、河には蓮の形や様々な形をした
灯篭を作り川に流される。 日本のお盆の行事に似た事が行われる。

ロイクラトーンパレードは、3日参加する日本人がターぺー門に夕方6時に集合し市役所
までの約2KMを山車の前をチェンマイ日本人会、CLLの人達が一緒になり並び歩く。
今年はこの山車が40台出て、上記の所を一列になり練り歩き、日本は第3目の出発だ。
あとで聞いた話だがこのパレードに、タイが日本、米国、中国に参加を求めたが、米国は
都合が悪く不参加となり外国からの山車の参加は二カ国になった。

ロイクラトーンパレードの日本チームの参加は、チェンマイ日本人会が主催で山車を
日本人会が出し全てを進めるつもりが、日本人会は練り歩く人が僅かでパレードへの
参加要請がCLLに有り、歩く人達約40名出し上手く協力しあい素晴らしいパレードに
なった。

パレードに参加する日本人は、全員が浴衣かパッピを着て列を作り出る事となり、それで
日本イメージを作り歩いて行くと、それを見たタイ人達はその姿だけで日本と判る様で
列が着く前から『ジープン、コンジープン。(日本だ、日本人だ・・。)』と、時々沿道
から話す声が聞かれる。 
タイ人が、私達に沿道から大きな声で声掛けをしてくる言葉が、何故か『有り難う。』が
やたら多く『有り難う。』『有り難う。』と、声を掛ける。 
これは日頃日本人が良く口にする言葉で、タイ人にはこの言葉が印象深く残っている
のではないだろうか。 次が『こんにちは。』と声を掛けてくるタイ人が多い。 
タイ人が、私達に親近感を持ち知っている日本語を大きな声で声掛けをして来ると思い
此方も声掛けの有った沿道の方向に向けて笑顔で手を振る事に心掛けた。

日本コーナーの山車の上には、タイ人女性2名と赤鬼が一人乗り山車の下は自動車で
誰も山車を引かなくても参列者のあとをそろそろ付いてくるのでそれは楽な行列だ。
只、その山車の上に乗っている女性が、中国衣装と日本の着物が合作された様な着物を
着て頭の髪結いの結い方からかんざしも同じ、何とも変な感じがする古き日本式女性の
出来上がりで赤鬼も半端な鬼で何の怖さのもない鬼だ。 
これでは日本の鬼とはほど遠い物で、日本人が見ると何とも随分とお粗末な鬼だ。
これも見方を変えれば、外国人が見た着物を着た女性も赤鬼もこんな風に見えている様だ。
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(日本コーナーの山車。)

私達の後ろに中国コーナーの山車が来て、参列者全員が赤いチャイナ服を着てあの中国
音楽のドラの入る曲を大きく流し沿道からカメラフラッシュを多く受けていた。
その中にワラン食堂の2軒隣の同業のオーナーの娘も父共にコンチン(中国系タイ人。)
系で中国コーナーに参加、日本コーナーとは前後でその場で会いビックリし大喜びをした。
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(チャィナ服の娘。)

約2KMの道を、約2時間掛けて歩き市役所に着いた時は、もう夜8時になっている。
まだ、このあとに37組が上がってくる。
途中から、チェンマイ横田総領事も参加され女性らしく浴衣姿で来られ、最終の市役所
まで皆と一緒に歩かれてチェンマイ在住の日本人会会員、CLL会員も心強く感じた。
そのあと、最終組が此処に到着したのは何時になった事だろうか・・その場で流れ解散に
なったのでそれは判らない。
40組出た山車は審査員がいて全部審査され、日本コーナーは参加賞でチェンマイの
何処かの大学が最優秀賞に選ばれたと聞いた。

このあとランナージープン交流会が11月後半から月末にかけ開催される。
チェンマイでの行事予定でも15行事が予定されている。
主なもので『かるた講習会』『北部タイ日本語劇大会』『日本語カラオケコンテスト』
『日本留学フェアー』『日タイ親善ボーリング大会』『ラムウォン盆踊り大会』等々開催する。
会場も様々で、全てがチェンマイ領事館が後援して共催には地元商工会議所や大学等の
活動関係各部署に協力を得ての開催だ。 成功するのを祈るばかりだ。

※第5回ランナー、ジープン交流祭の日程、開催内容は『ヴィアンチェンマイ』の
VOL、221号に詳しい予定表が出ていますのでそれを見て下さい。

            今日は、この辺で。

◎最近のタイニュースから・・・・

チェンマイで北タイ・日本交流祭2009/11/ 9 (13:51)| イベント 主要ニュース
【タイ】11月19日から29日にかけ、タイ北部チェンマイで第5回ランナー(タイ北部)・
ジープン(タイ語で日本)交流祭が開催される。在チェンマイ日本総領事館などの主催で、
日本語カラオケコンテスト、盆踊り大会などが行われる。詳細は在チェンマイ日本総領事館の
ホームページで。

9日、タイニュースでも紹介された記事。
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(ニマンへミン通りの花々。     10月25日じいじ写。)
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(街の中の陶人形。(ニマンへミン通りの片隅。)  9月17日 じいじ写。)
by n-jijinao | 2009-11-10 10:08
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

●6日(金)、朝方良く冷えた。急に気温もさがり室内温度で24度、これは下がった。
早朝ゴルフのソンテイー(チャターしている乗り合いタクシー。)に乗って約10分位
何時もの短パン、半袖、風通しの良いソンテイーでは肌寒さを感じる程になった。
来週からは、ズボンとジャンパーを着る事になってくる。

●コンドの裏の広場で、例年開催される『屋台フェシュバル。』が今年も準備されている。
これが開催されるのは雨季が明け、気候が安定した時期に例年行われる。
昨日の夜もその準備か、夜遅くまで大音響をならして華やかな蛍光灯が光々と付き
作業が行われていた。 今日の夜は、ワラン(タイ食堂。)家族と一緒に行く事になっている。
主催が『シンガービール。』で、大きな舞台には色々趣向をこらした催しが長時間有り、
広場には机と椅子が用意されて、この冷たい時期に冷たいビールに氷を入れて飲む。
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(6日、最近は、スコールなどの微塵もない快晴。 PM4:00)

◎チェンマイで今年も元気に再会出来た竹馬の友(3ヶ日間連続のゴルフ漫遊。)・・・

何だか、この歳になると昨年と今年の風貌を男同士でも気になるのか見てしまう。
自分の事は毎日鏡を見ているせいか、昨年と今年では何の変わりもしていないが・・
竹馬の友と一年振りに再会し、彼も昨年はもっと頭の毛もフサフサしていたのが、
今年は随分と薄くなっている。 
そうだ、シワも昨年より深さが出て彼も随分と老けたものだと腹の中で思い、自分の事は
何も判らず此方もそんな風貌に年々なって来ている事だろうか・・
それにしても、今年も元気でチェンマイに会いに来てくれて、こんな嬉しい事はない。

1ヶ月も前だったか、突然メールが入り今年もチェンマイに遊びに行くので宜しくと・・
毎年、別れ際に来年も互いに元気だろうかと相手には口にしないが、そんな事を気にして
別れる事にる。
それだからこそ、こんなメールが入ると心が躍る。 そんな歳に、なったのだろうな・・・

私達の出会いはどれ位前になるのだろうか、もう四拾数年以上は裕になるだろう・・
戦後の日本社会の混乱のなかを、日本経済が這い上がる急成長のなかで、互いに死にもの
狂いで働き頑張り抜いてきた。
その互いの大きな頑張りが絆を結び、60数歳になっても何の変わる事なく友だ・・・

その当時、急速に伸びる日本経済に昼夜を問わず働き続け苦しかった事も、今、話題に
すれば青春の懐かしく楽しい思い出話になり話にも弾みが付き、何時までも何時までも
話は続く・・・・
名前を呼び合うのも苗字から、その当時に呼び合ったニックネームで呼び合っている。
互いの気持ちも心も数十年前に戻り、若かった頃の何とも心地良い中を互いにさまよい
歩いている・・・・
ご婦人連も結婚前からの知り合いで、男共とは話題も違い両方が互いの話に夢中だ。
ひと歳取ると、こんな仲が一番だ。
昔を思い楽しく語り合える人は、今、何人いるだろうか・・・・・

携帯電話が鳴り『今、ホテルに着いたから、今夜6時にホテルで会おう・・・。』そんな短い
電話で切れた。 此方も、予定通り着いたと云う確認が出来ればそれで良い。
その時間が来るのを持つに、子供と同じ早く会いに行きたく出発時間がくるのを急ぐが、
時間が経つのが余りにも遅過ぎる。
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(チェデイーホテルの裏をゆったりと流れるピン河。)

久し振りに会い団欒しながらの食事もデザートが出る頃、明日からのゴルフプレーの
打ち合わせを始める。 
明日、1日目はアルパインG(旧、ランプーンG。)で朝8:30スタートだ。
チェンマイ市街から約50分位掛かる。 
旧ランプーンGをバンコクのアルパインGが買収して、コースを大改造し昔コースの面影も
数カ所有るがクラブハウスを始め、こんなに変わるかと云うほど変わった。
新しく、このコースの名物ホールになっている浮島のショートホールも造られた。
水はけも良くなり、コース全体がフラットに出来上がりさすがタイの名門コースアルパインGの
名に恥じないコースになった。
あと数年すれば、尚、磨きの掛かった素晴らしいコースになるだろう。

このコースは彼がバンコクのアルパインGのメンバーでも有り、此処のスタッフが長期間
バンコクに行き研修し、その時に知り合ったスタッフの全員がコースの運営に当り、再び
そのスタッフ達との再会も有り、又、楽しくプレー出来た。
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(名門コースに変わったアルパインG。)

2日目は、ハイランドGで9:07のスタートが予約してある。
場所は、アルパインGを過ぎ約10分も走るだろうか、サンカンペーン温泉が出てくる。
チェンマイからは、約1時間は掛かると見て置いた方が良い。
この温泉も、チェンマイからは一番近い公営の温泉休養施設が有り、他には民間の施設も
併設して折り日本人の温泉好きには好まれる。
ところがタイ人は、温泉自体を余り好まない様だ。
温泉に行くには街道から左に曲がるが、その入り口を真っ直ぐ通り過ぎ5分も走るとハイ
ランドリゾート開発の大看板出て来るので、それを右に入るとクラブハウスが出てくる。

このコースは山の高台に有り、多少アップダウンは有るものの風光明媚で、日本人には
大変人気が有りリピーターでどうしてもプレーがしたいと言う人まで出てくるコースだ。
多少アップダウンが有るので、全ホールを歩きのプレーにはきついものもが有りカート使用
になる。
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(ハイランドG、高台から見る風景。)

最終の3日目は、ロイヤルカントリー9:07の予約だ。
場所は、チェンマイ市街から北東へ国道1001号線をメージョー方面へ約40分走る。
チェンマイの近郊ゴルフ場で、18ホールを有したコースでは古いゴルフ場の一つになる。
低めの丘稜地帯に有り、コースは日本のゴルフ場に類似し古くから日本人にも人気がある。
各ホールには、なだらかな登りや下りのホールも有り途中に小山も配しグリーン廻りにも
深めのバンカーを作りホール、ホールに変化を持ちコースを面白くさせている。
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(ロイヤルカントリーG 日本のゴルフ場に類似したコース。)

今年も楽しみにしていた、竹馬の友とのチェンマイゴルフ三昧も終わりを告げてしまった。
こんな楽しい事が、今から何年何回続けて行く事が出来るだろうか・・
若かった頃の思い出を語り、心だけでも二人が青春に帰った事を竹馬の友に深く感謝して
お礼が言いたい。
あと2ー30年も元気に、こんな事が出来ると良いな・・・・・と、互いに頑張って行こう。

今日は、この辺で。
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((アルパインゴルフ場の花々。  10月29日 じいじ写。)
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(街の中の陶人形。(ニマンへミン通りの片隅。)9月11日 じいじ写。)
by n-jijinao | 2009-11-06 18:06
◎チェンマイの天気と、日頃の出来事・・・・・・

1日(日)、先週は、一度も雨が降らなかった。
もう、雨季は明けただろう・・・スコールさえもない。 今日も快晴で夜が明けた。
何よりも早朝の爽やかさが一番だ。
気温が下がったせいか、此方が気分が良く廻りを見る事が出来るのか、何種類も
鳴く鳥の声が心地よく耳をくすぐってくれる。 この季節になると、これも良い・・

短期予報を見ると晴れマークの横に重ねて雲マークが書いて有り、この頃はその
雲マークも消え太陽だけのマークだけの日も多く出てきた。 気温も最高気温が
30度前後まで下がり最低気温も20度を下回る日も出て来た。 
扇風機が廻る回数も俄然減っても来た。 これは雨季明けだ・・
1日(日)午前8時20分、室内気温28、5度 扇風機は廻らない。快適、快適・・
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(1日(日)、ドイの山にやや雲が有るが、これでは雨は降らない。 AM8:20)

◎バンコクのおばあちゃん(ニンプさんの母親。)と、チェンマイの孫達との別れ・・・

マーパン(ワランさんの長女。)の春休み(20日間位の春休み??)が、終わりに近く
なりバンコクの大学に戻る時期がやって来た。
今回の休みにバンコクに住んでいるおばあちゃんを、マーパンが一緒にチェンマイに
連れて帰ってきた。

私達もバンコクに先日お邪魔した時から、おばあちゃんとは親しくお付き合いをさせて
貰い、この数日間も楽しくワラン食堂で毎晩のように一緒に食事を取る事が出来た。
私達が夕食時間に遅れると、おばあちゃんがマーミヤン(ワランさんの次女。)に部屋に
行って見て来いと催促まである。 
私達も他に用事が出来ワラン食堂で夕食を取れない時には、とてもおばあちゃんが
寂しがるとワランさんが言う。 おばあちゃんとタイ語が話せるわけもなく、時々ワランさん
が仕事の途中で間に入り通訳と云うかおばあちゃんとの意思の伝達に手助けが有って
それで互いが解り合う仲なのだ。

おばあちゃんのバンコクへの帰りが近づき、栄子が自分の部屋で手料理で招待する云う。
そんな時には、ワランさんが大喜びをしてくれる。
何故かと云うとワランさんは、栄子の作る手料理が前から大好きでそれに期待するからだ。
ワランさんは日頃、タイ食ばかりで栄子の作る物には日本の料理が少し入り、自分の
作りと全く違った物が食べれるからだろうか・・・・・

二人で朝から市場に食材を買いに行き、午後から栄子は夕飯作りに入る。
献立はおばあちゃんの好む物、ワランさんと栄子が打ち合わせをして決めた。
①太刀魚の唐揚げ②サバの煮付け③鶏手羽甘煮④大根とニンジン等のおでん煮
⑤ニンジンサラダ⑥カイワレ大根サラダ⑦小トマト⑧味ご飯⑨アヒルの醤油煮と
作る事が出来た。
⑨アヒルの醤油煮だけはニンプさんの差し入れで、これはじいじの大好物だ。
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(全部出来上がり、食卓に準備した品々。)

ニンプさんの実弟もチェンマイ近郊に住んでいて、おばあちゃんのバンコクへの帰りが
近づき子供(孫)を2人連れておばあちゃんとのお別れにやって来た。
国は違ってもどの国も一家の思いは皆同じで、独立して大人になった子供と、その孫達。
日頃は、バンコクとチェンマイで普段会う事もなく高齢になったおばあちゃんと、次は
何時会えるのか一緒に食事をしにやって来たのだ。
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(孫達に囲まれたおばあちゃん。)

おばあちゃんも孫達も、味ご飯を美味しい、美味しいと言い何度もお代わりをして食べた。
太刀魚の唐揚げ、サバの煮付け等、海魚はチェンマイには余りにも少なく、日頃食べる
タイ料理等には全くない物ばかりで、それが珍しいのか作ったものを全部食べてもらい
作った栄子も良かったとホッと胸をなで下ろす・・
日頃食べるタイ料理は、中国料理と同じで料理鍋を熱く熱して食材を油で炒めたり、
食材を色々変え油で炒めた物にスープを掛けスパイシーをそれに加えスープ煮をする。
タイ人はスープ類を好み、その中でもカレー等は食材やペーストを変え赤、緑、黄色と
色々な種類のカレーを作る。
今日の食事は、タイ料理とは作り方の違う料理で大変珍しいものだろう・・・

おばあちゃんを孫達が囲み栄子の作った料理を食べ、大人達は料理をつまみにお酒も
随分と入り、小さな小さなタイ日親善の夕食会で腹も大きくふくれ、お酒の酔い廻り終演を
向かえた。

バンコクに帰る日が近づき、本来はニンプさんがワゴン車で二人をバンコクに送る事になって
いたが、どうしても仕事の都合が付かずVIPバスに予約を入れたがそれも取れずタイ航空に
予約を入れ二人分の予約が取れた。
いよいよおばあちゃんをチェンマイ空港まで送りに行く事になり、最後の食事をワラン食堂で
皆で食べた。 その時のおばあちゃんの顔には、何か寂しいものが見える。
帰るおばあちゃんの手に栄子の作ったパッチワークの手提げ袋をさげ、それにビーズで
作ったメガネ掛けもメガネに付けている。
これは皆栄子の手作り品で、お別れにおばあちゃんにプレゼントをした物だ。
送った時におあちゃんは大変喜んでくれ、帰る時に身に付け帰ってもらうそれには栄子も
大満足だった様だ。

マーパンもおばあちゃんも、飛行機に乗るのは今回が始めてで大変不安がっていると
ワラーンさんがそっと教えてくれた。
タイ航空の受付で搭乗手続きをしていたら、何処で見ていたのか係官が車いす持った来た。
おばあちゃんは少し脚が悪いので、それでこの車椅子に座れと云う。
係官が胸にワッペンを貼付けてくれ、その車椅子に座ったままでスチァーデスに引き継ぎ
バンコク空港に迎えに来た人に引き継がれる。 
それでもマーパンは何だかまだまだ不安そうで、これで一安心だ。
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(チェンマイ空港の見送り、車椅子に腰掛けて飛行機に乗る前のおばあちゃん。)

栄子とおばあちゃんはお互いに抱き合いお別れの挨拶をし、次の再会を約束してマーパン
とおばあちゃんは搭乗口を通り先に消えていった。
後日飛行機は、サバーイ、サバーイ(なかなか快適。)だったとマーパンからワランさんに
電話が入ったと教えてくれた。

今日は、この辺で。
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((ランナーゴルフ場の花々。  7月30日 じいじ写。)
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(街の中の陶人形。(タイレスト『バーライヤムウェーン』から)8月30日 じいじ写。)
by n-jijinao | 2009-11-01 13:57