定年後のライフスタイル


by dbeiko
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2009年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

◎この頃と天気・・・

29日(日)、何時になく、爽やかな朝を向かえた。
この頃は、空が鈍寄りとして晴れているのか、曇っているのか蒸し暑い日が多かった。
それに引き替え、今日は乾燥しているのか涼しさまで感ずる。
ドイの山々も、今日も薄く霞は掛かっているものの稜線ははっきりと見える。

朝7時半を過ぎた頃に、真ん丸の太陽が久し振りに雲間から顔を出し一時の赤さから
すると照らす光が弱いのか、赤ささえも気のせいか弱く見える。
室内気温も朝方26度と湿度がないのか、涼しく気持ちが良い。

あと2ー3日するとタイの一番暑い季節(月。)がやって来る。 
タイの4月はソンクラーンでタイ正月でも有り、チェンマイはこの暑い時にタイ中で
一番激しく水を掛け合う水掛祭をやる。やっぱりこの季節、晴れてドンドン
気温も上がって欲しいものだ。今から待ち遠しい・・・・
c0127933_7453543.jpg

(29日、久し振りに昇る赤さも鈍い真ん丸な太陽。AM7;30頃)

◎パーイ(北タイ 山岳盆地の街。)の街・・・・。

28日(土)、CLL(チェンマイ、ロングステイー、ライフの会)から、パーイの街に
有志だけで30数名集まり小型バスで行く事になり栄子と参加する事にした。

パーイの街はパーイから、その先に約200Km行くとメーホンソン街が有りチェンマイと
結ぶ中間地点でメーホンソンに行くにはチェンマイからは陸路車で2ルート有り、
通称北廻り(途中パーイの街経由。)と南廻り(途中メーサリアンの街経由。)が有る。
何れも旧日本軍が太平洋戦争時、インパール作戦で作った道で道幅を広げて現在に至る。

チェンマイからは、約140Km有り車で約3時間、山道の急勾配を昇り、下り走る。
朝7時に出発、山道も険しく車に弱いと酔ってしまうので途中数回休憩が要る。
険しい山岳道路から抜けて出てパッーと拓けると、そこがパーイの街で山岳盆地だ。
山地農業とバスの休憩所、此処20年位で観光化が進み長期滞在者が少し増えてきた。
バスはパーイの街に入る手前、パーイ川の橋の袂で停まった。
【パーイの街の案内を2回に分けて書き込み紹介します・・・・・。】

①パーイ河にかかる橋・・・・・
国道1095号線にかかる橋の名前は判らないが、鉄橋と普通のコンクリート橋が並んで
かかっている。鉄橋の手前に小さな建家が有り其処に僅かな資料展示が有る。
c0127933_7463823.jpg

(国道1095号線にかかるコンクリート橋(左側)、鉄橋(右側)と小資料館の建家。)
此処のかかる鉄橋は昭和30年頃に日本政府からの援助で掛けたもので、その昔日本軍が
メーホンソンの往来にかけた橋は木造橋で有ったと云う。

日本軍は木造橋も架けたが、此処から軍事物資や人は竹イカダを組んでメーホンソンが
下流にあたるので此処から竹イカダでそれらを運んだそうだ。
竹イカダは此処に戻す事なくメーホンソンで捨てたと云う。返す事のない効率の良い考えだ。
説明をしたタイ人は、日本人は頭が良いと感心をしていた・・・・
c0127933_7472038.jpg

(今でも、それが生きている竹イカダ・・・(白く細長く組んで有る。))
インパール作戦の日本軍の敗残兵が、ビルマからメーホンソンと逃げ帰る時は、木造橋を
歩行で渡りバスでも険しい山道をそこから又チェンマイまで歩き逃げ帰ったと云う。
此処で生きていた兵士が、どれだけチェンマイまで生きて帰れた事か兵士達は虚しい・・・

②ターパイの野外温泉・・・・・
鉄橋を見て5分も山の中に走り入った所に温泉の入口が有り、其処は入るだけで有料だ。
駐車場から歩く事4ー5分、歩いていると硫黄の臭いが微かに臭ってくる。
小川の様な川を、途中、途中で堰き止めて有り、小さな脱衣所も数カ所有りそこで着替
えれば腰位まではつかる事は出来る。今回は、温泉につかる時間がなく、又の機会に・・・
c0127933_7552933.jpg

(温泉水(小川。)を堰き止めて、足湯になる所は所々用意されている。)
タイには珍しく川底の土が赤土と違い白砂地の川底で、清水の温泉水が流れている。
《お湯は80C有るので危険、温泉卵は不衛生の為入れないで下さい。》と、書いてある。
c0127933_756928.jpg

(80Cのお湯が出ている源水。)
③パーイの街(パーイ盆地。)が一望出来るワット、メーイエン・・・・
温泉から山の中にさらに5分位走るとお寺が見えてくる。この寺がワット、メーイエンで
パーイ盆地が一望できる。
あちら此方にコテージ等、屋根の色が新しく数カ所かたまって建っているのが判る。
山頂付近にタイには珍しく紅葉樹もあるのか、僅かに紅葉している葉を付けた木もある。
c0127933_7503590.jpg

(紅葉した木と、パーイ盆地が一望(霞の中!!)出来るワット、メーイエンから・・)

◎この頃のタイニュース(ちょっと一言・・・。)・・・・・・。

タイ女性、寸胴化進む?2009/2/26 (17:02)| トップニュース 社会
【タイ】タイ国立電子コンピュータ技術センター(NECTEC)が50歳以下のタイ人
1万3442人の体格を計測した結果、タイ人女性の平均的な体格は体重57.4キロ、
身長156.9 センチで、25年前に比べ、身長が5センチ高く、体重が5.4キロ重くなった。
スリーサイズはバスト36インチ(1インチ=約2.54センチ)、ウエスト31.5インチ、
ヒップ38インチで、25年前からバストが2.2インチ、ウエストが3.7インチ、ヒップが
2インチ膨らんだ。肥満度を表すボディマス指数では「肥満」が48%、「標準」42.3%、
「低体重」9.7%だった。

 調査を行ったパンサック博士は「女性のウエストの伸びはバスト、ヒップの倍近い。
これはタイ女性が大きくなっただけでなく、昔のようなくびれを失い、より寸胴になった
ことを示している」とコメントした。

 タイ人男性の平均的な体格は体重68.9キロ、身長 169.4センチで、25年前に
比べ身長が7.2センチ高く、体重が11.4キロ重くなった。スリーサイズは上から
39.1インチ、33.5インチ、 37.4インチで、それぞれ5.4インチ、 4インチ、3.4インチ
増えた。
ボディマス指数による「肥満」は58.4%に上り、「標準」が36.2%、「低体重」が5.4%
だった。

タイのバンコクに最初に訪れたのが今から36年前、その時には飛行場からバンコクに
入る道は、まだ地道が時々出てきて舗装と云っても簡易舗装ばかりだった。
その当時は、道の両側に今でも田舎に行くと良く見る葉っぱで屋根を葺いた店屋が
時々出てくる程の道で、ガタガタ道を観光バスで走りバンコクに着いた。
それが今は古い空港から新空港が出来、道には高速道路が走り廻り、これだけで
見てもバンコクは大変な変わり方だ。

ビル等もその当時、高層建物はホテルばかりでバンコク市内で10棟も建っていた
だろうか、せいぜい3階建てで2階建て位までが商業地域には多かったと記憶する。
それが、今は高層ホテルからコンドミニアム、商業ビルと所狭しと建ち並び、バンコク
都心は東京より多く立ち並ぶ程だ。

その頃のタイ人は日本人も小さかったが、それよりもっと小さく印象は身長が小さく
体が細い民族と云う思いが強かった。
 特に女性の小柄さが、可愛い印象に残る。
最近は、男性も身長が伸び筋肉質の大柄な人も多くなったが肥満型も良く見る。
女性は、丸みの出た女性が多くなり細身の女性が少なくなった。

やはり、食生活から来る事が大きいのだろう。経済性の豊かさから、食肉も多くなり
糖分もやたら多く取る国民だ。果物も甘みの多い物が美味しく、そんな店を探し沢山
食べる。 唐辛子を入れて砂糖を入れると味にまろやかさが出て美味い。
高度経済成長、日本もこれと同じ肥満度の道を歩み今日に至っている。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-30 07:53
◎この頃と天気・・・

●26日(木)、この頃、毎朝曇り空で夜が明ける。霞なのか曇り空なのか時間が経たないと、
今日の夜明けの上空が全く判らない。
今日の朝も時間が経つに連れて、やや薄目の鱗雲が空を覆っている。
そのせいで幾らか明るくなるのが遅い。 室内気温は、朝方7時だがもう28度に
上がっている。

最近は、何時でも雨が降っても良い曇り空が続き、湿気が高いせいか蒸し暑い日が続く。
曇り空か昼間の気温は、34ー6度と低いだけにまだまだ幾らか助かる。
短期天気予報では、木曜日が降水確率40%、金曜日は50%と出ている。
金曜日はCLL(チェンマイ、ロングステイー、ライフの会。)の月1回有るコンペ開催日に
当たっている。
気になる天気予報だったが、タイの短期天気予想は見事にはずれ、少し雲の
有る暑い日差しで雨など感じさせないコンペ日和になった。
c0127933_6525786.jpg

(27日、ショボ、ショボ雨で粉塵もないチェンマイの夕方・・PM6;30のドイ連山。)

◎チェンマイへの再来を呼ぶゴルフ場の一輪の赤い花(プッタ、ラックナー。)・・・・。

チェンマイの短期ステイーの方々も大半が日本に帰られ、我が家に来られていた東京の
Sさんが最後で、毎日ゴルフ三昧をされていたが26日の昼便でバンコク経由で日本に
帰られもう誰も居られなくなった。
今度はあと1ヶ月もすると、4月後半にIさんが一人ゴルフを目的にチェンマイにやって
来られる。

東京のSさんと25日に何時もの早朝ゴルフをグリーンバレーGでプレー、それが
今回の最後のゴルフとなった。

グリーンバレーGの早朝、昇り始めるあの真っ赤な太陽がプレー中に見れて
Sさんの思わずカメラを取り出しそれを数枚撮られた。
ゴルフ場で見る真っ赤な太陽は、廻りの緑と赤色が同化して一段と華やかで綺麗になる。

チェンマイのゴルフ場は、一年中何かの花が咲いている。
ゴルフ場の中に咲いている蓮の花等は池の中で枯れては直ぐに蕾が付いて、又、直ぐに
花が咲きかけ、そんな事が年中繰り返されている。

グリーンバレーGの池の縁の方に何となく真っ赤な花が数個咲いている。
それがゴルフ場の緑一色の中に赤色は、鮮やかで良く目立ち過ぎ思わずその綺麗さに
シャッターを押した。
c0127933_6554052.jpg

(池の縁に美しさを誇る一輪の花・・・・花の名前;プッタ、ラックナーの花。)

その花に向けてシャッターを押し数枚も撮っていたら、キャディーがそれを見て側に
寄ってきて綺麗な花だろうと言う。
『ドックマイ、チュウアライ、カップ(この花の名前は何ですか。)』と、此方がキャデイーに
聞いたら『プッタ、ラックナー。』と教えてくれた。
それ以上にキャデイーとは、タイ語が判らず会話が進まないので花の名前を書き留めて
持ち帰り電話でブーさんに(タイ人の友人。)日本語に訳すと何と言う名前かと聞いた。
『父の花?(王様の花。尊敬の花。)・・・。』と思うが、日本語に訳すと何だか意味が
良く判らないとブーさんは言う。

『プッタ、ラックナー。』と云う花は、ゴルフ場の片隅の目立たない場所に少なく咲いては
いるが、余りにも艶やかで余りにも赤く気高く、この私の美しさを、又、チェンマイに
是非来て見て欲しいと招いているように見えてくる花の様だ・・・・・

◎チョット一息の夕食会・・・・・・。

昨年の11月頃から始まってこの3月半までは、チェンマイでのロング、ステイヤーの
家には何処も日本からの来客が多く、この時期になると今度はどの家にもお客様は、皆、
帰られ静かになっている。

ロング、ステイヤーの3家族夫婦が、何処も多くの来客が有りなかなか3家族で食事する
機会がなく来客がなくなった事を確認しあい、今日は夕食会を久し振りにする事になった。

何処で食事会を開くのか、あそこが良い、此処が良いと決まらず、最終はAさんの旦那が
一度も行った事がないと云う『カンタリーホテル、レストラン』に決まった。

『カンタリーホテル』は、ニマンへミン通りの中央位に位置してアマリリンカムホテルを
背にしてホテルの看板が右手に有り、右のソイを100M位入った右側にホテルは有る。
王室関係の人達も利用される事が有り、最近出来たばかりだが利用者も多い。

レストランで夕方6時半に待ち合わせ、私のコンドからは歩いて行けるので助かる。
『カンタリーホテル、レストラン』は毎日日替わりビフェ形式で、その日は夕食が肉の
日でも有り肉が大好きでその日を選んだ。
c0127933_6564379.jpg

(『カンタリーホテル、レストランニマン』の入口。)

余り大きくないこじんまりした客室で、その日は外国人が多かったがその中に台湾からの
十数人の団体も入っていた。
食事も進み時間も何時頃だっただろうか、小舞台に女性歌手とギターを持った二人が
出てきた。 
タイ語の歌を何曲か歌っていたが、その内に日本語の歌が聞こえてきた。
c0127933_657555.jpg

(少々肉感的なタイの女性歌手が、日本の歌を歌う・・・。)

世界的に売れた『上を向いて歩こう。(スキヤキ。)』を歌っている。
流れる曲からその歌と判るが、言葉の半分近くが日本語とは全く関係ない言葉(本人は、
日本語で歌っていると思うが・・・・)で歌っている。 歌が終わると同時に日本人の6名は
大喝采を送る。  歌手も此方を向いて深々と頭を下げる。
次の曲は東南アジアで大ヒットした『昴』だ。 これも、日本語の判る所が少な過ぎる。
それで良い・・・日本の歌が、チェンマイのホテルで聴けるだけで良い。
客サービスで今度は、台湾の歌が入った様で台湾人が舞台まで出てきて大騒ぎだ。

歌手は西洋の曲も次から次に歌い、チェンマイのこのホテルにも国際交流が出来ている。
チェンマイのホテルで少人数の日本人にも、気を遣う歌手に『有り難う。』と、言いたい。

昨年から何かと忙しかった日々・・・仲間で気楽に世間話に花を咲かせて美味しい物を
腹一杯食べ、お酒も入りほろ酔いになったところでお開きだ。
楽しかった・・・次、又会う約束をしてお別れだ・・・
  今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-28 06:58
◎書き込み・・・。

ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて
欲しいと云う要望から載せました。                      じいじ記。
                  (2009年2月20日発行日。VoI,205号から。)
                          【『ヴィアンチェンマイ』 掲載文】

【うふふのふの... あんな事... そんな事... こんな事 ...】

いよいよシ~ズン到来 !!
チェンマイ市内至る所で日本人に出会う、声を掛けた事は無いけど見知った顔の人達..
今のこの時期、寒い日本を抜け出してチェンマイでの、にわか暮らしをされる方々...
私のパッチの先生も皆さんより少し遅れてチェンマイへ...

さぁ~...今回はどんな教材が届くのか..今か、今かと首を長くして待っていた私は
彼女の『○○○さ~ん、何曜日にする..?』の電話が待ちきれなくて...
『ねぇ..ねぇ..火曜日と金曜日に決めたんだけど良い?』と自分から掛けてしまった..
トランクの整理もまだまだの彼女なのに、私の電話に『OKよ、貴女達が決めた通りで..』
何とも嬉しい返事が返って来る。こうして私とSさんMさんの3人はこれからの3ヶ月
余りを、作品作りに没頭するはずだったのが...今年はちょっと違った..

何とMさんが他にも楽しい事をみつけてしまったのだ ...Sさんより一足お先に
チエンマイ入りされたので私と二人で、パッチの曜日を決めたのだが..
火曜日だけ一回で良いわとなってしまった...

このMさんご夫婦とのお付き合いは3年になるのだが..
ご主人はチエンマイが大好きでワラン食堂の食事や、ゴルフ、町の散策と色々と
楽しんで見える..ところが、奥さんがどうも今ひとつ楽しみ切れない..
そんな事から『○○○さん、○○○さんの楽しみ方を、家の奥さんに手ほどき
して下さいよ』と、言われたのが...今から3年前でした..

チェンマイへ見える短期スティの人達は大半がゴルフと言っても過言でないこの地での
暮らしでは、ゴルフをしない人にとっては時間がありすぎて困ってしまう様だ..
そん中でのパッチへのお誘いから今年4回目のパッチだったのだが去年当たりから、
彼女はゴルフ始め、英会話教室に通う、そして卓球も始めてしまった..

もう一週間のスケジュ~ルはびっしりで..今年は週2回のパッチは一回削る事になった
寂しさが無いと言ったら嘘になるけど..その反面うれしい私もいるのです...
彼女の行動力に刺激され、私も新しい事に挑戦しなければ..
始めなければと思うようになりました..

私が何より一番感心するのは、ロングステイしている人に迷惑を掛けてはいけないと
口にされる事..ここで暮らすためにはソンテウは無くては成らないもの1つ..
そんな、チェンマイ暮らしの足であるソンテウも自分達で見つけ確保する..
本当に驚かされることばかりです...

ワロロットや、その周辺の市場へ行くのに20/B用意してと言うと20B..60円??
安い.安すぎるよ..
ソンテウをチャ~タ~して買い物や、温泉に出掛ける時300/Bは安い、500/Bは
安いよ..
これでは可哀想だからもう少しあげようよと来る..
こんな時私は、どうしても沢山あげたいならチップと言って渡してと言う事にしている。
此処は日本ではありません..世界のどの都市よりも高いと言われている日本では
無いのです...大方の日本人は、安い..本当に安いと、安いを連発するが...
連発するだけならまだ良い..

安いからと私達が日頃使っているソンテウに300,500と値を上げて帰ってしまう
その後、残された私達はもう、その高くなったソンテウは使えないのです...
貴方達のその行為が、チェンマイの物価をあげているかも知れないと思った事は
ありませんか..? ちょっと、ちょっとだけで良いので、ここで暮らしている人達や
タイ人の事..考えて欲しいなぁ~..そう、思っているのは私だけでしょうか..?

アッ..足音が聞こえて来る..今日は布で草履を作るので、草履作りの名人が
やって来る
その草履作りの名人の足音だ..彼女はご主人の仕事でインドネシアが長かったとか..
彼女もこの時期に訪れる短期スティの一人だけど..日本では昔、わらで作っていた
草履をインドネシアでも出来ないかと色んな草で挑戦したけど上手く行かなかったとか..
『○○○さん此処はバナナの木が沢山だから、あのバナナの葉っぱの繊維を煮詰めて
出来ないだろうか...?』エッ..ギョっとした\(◎o◎)/!...
そんなぁ~..そんな難しいことを私に言わないで下さいよ..私は怠け者だから簡単に
手に入る、その辺の布で良いです..そして、綿の布で草履作りを始めています。

これが上手くいったら私の室内履きは布草履にしょう..洗濯も出来るし脂性の私の足に
ピッタリ...
やっと片方出来たのに、もう履ける気になっている..来週早々に帰ってしまう草履作りの
名人がいる間に、完成させなくては..私一人では同じサイズでに仕上げるのは
至難の業...

この時期、私に色んな刺激を与えてくれる人達も、まもなく一人一人と帰って行って
しまう...そして、来年..いやいや年末には、又新しい風を運んでくれる...
こんどは、どんな風が吹くのか...とても楽しみ..膝を治し万全の体調で向かえたい..
親しい人達を送りながらそんな事を思った...
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-23 20:15
◎この頃と天気・・・

21日(土)、20日の金曜日の夜8時頃、雷と共に雨季に起きるスコールの様に強く
一雨ザッーときた。
部屋の窓を全部開けたまま網戸で、夕飯を食べに出てきてしまった。
幸いに風向きが西から東に吹き、雨を強く共い降ったが被害なしでホッと一息・・・

21日の朝は、昨日の夕立の一降りで大変涼しく気持ちの良い朝となった。
室内温度も25、5度と肌寒さを感じる程だ。
昨日の夜の夕立の一降りで、今日の朝はスッキリした風景が見えると思っが、相変わらず
ドイの連山には薄霞が掛かり山の稜線も少し濁りがちに見える。
この朝の気温で鳥達も気持が良いのか、朝早くから遠くから近くから、随分と多くの種類の
鳥が競い有って鳴く。 その声を聞くと、尚更心が洗われて気持の良い朝だ。

陽の明けるのも随分と早くなり太陽も北に昇り、もう少しすると向かえ側のコンドが夜明けの
邪魔をして、この部屋からはもう朝日昇る所が見えなくなる。
その反面、ドイの山々の中に落ちる夕日も北に昇り、今まで邪魔をしたコンドから今度は抜け
だして、あと1週間もするとこのコンドの窓からは夕焼けが毎日見える様になる。 
毎日知らない間に、自然は大きく変化をもたらしているのだと、こんな時には強く思う。

◎雨上がりの早朝、ニマンヘミン通りの街の様子・・・・・・。

17日の夜から降り出した時ならぬ雨も、19日の朝方は何時もの様に赤い太陽が
ニマンヘミン通りのソイの中道の木々の間から顔を出して昇り始めている。
もう何ヶ月も雨が降っていないのに、この時期に降る異常の雨に何だか粉塵等で薄汚れた
街が急に綺麗になった気がしたのか、栄子が朝の総菜(朝食。)を買いに行きながら、街の
様子を見に一緒に付いて来ると云う。
c0127933_951473.jpg

(水溜まりの有るニマンヘミン通りのソイ13の中道から昇る太陽。朝7時20分。)

上空には朝靄が掛かり霞んでいるが、街の中は昨日の降った雨ではっきりと見通せる。
道路もあちら此方に水溜まりが出来、幾らか道は乾いているが久し振りに気分が良い。
こんな日は、街から少し離れた緑の多い田舎や田園の方が、気分もより清々しくなる。

早朝から、ニマンヘミン通りソイ8近辺の食べ物屋には多くの人が集まる。
タイの家庭では、三食の食事を作る事は一般的にはしない。勿論、朝食なども日本で云う
外食するか、テイクアウトをして家に持ち帰り食べたり、職場に行く途中に買い職場で食べ
たり、早朝から営業をする食堂は大変忙しい。

小学生以上の学生が、早朝食堂で学校に行く途中に食べたりしている事は良く見るが、
その下の小さな子供の姿は何故か見ない。
一般の人は、早朝食堂に職場に行く途中で会社の制服や病院の白衣、背広姿の人、
老人が数人集まり一緒になり雑談をしながら食べたり、色々な人達の朝食姿を見る事が
出来る。

ニマンヘミン通りの真ん中のソイ8の角にセブン、イレブンが有り、その向えに揚げパン屋の
ペットさんの店、総菜屋さんと2軒が有り、何れも朝6時前後からザワザワと朝食を
食べる人の出入りがある。 ニマンヘミン通りでは、この一角だけが早朝から賑わっている。
c0127933_9522718.jpg

(揚げパン屋の仕込み。)

ペットさんの揚げパン屋は、この揚げパンと豆乳を一緒に売っている。
豆乳の仕事は奥さんの仕事で、前日の夜に大豆を蒸かしてそれを絞り翌日の準備をして
それを早朝に持ち込み売りに掛かる。
揚げパンはペットさんの仕事で、前日に揚げパンの生地を練り上げて朝その生地を小切りに
してから、揚げ鍋に入れて熱々の揚げパンが出来上がる。
タイ人は、この揚げパンが大好きでこれに豆乳を付けて、日本の朝食時のパンと牛乳で
食べる事と同じだ。 
この店では、何時も同じ時間に数グループ近所の老人数人が集まり、皆でお喋りをしながら
揚げパン食べるのを良く目にする。
この店も朝10時頃には、店終いをしてしまう。 同じ場所の総菜屋は、昼1時で終わる。

その先、約50Mも南に行くと同じ道側に旧米国領事館の宿舎が有り、その路上で豚肉の
串焼きを焼きながら売っている。1本5B(約15円。)で、カウ、ニァオ(もち米ご飯。)も
一緒に売る。 
此処も、早朝6時頃から屋台を開け焼き始める。
個人の数本に限らず、100本単位で買って行く人も有り此処で串焼きを仕入れて
自分の店で売る事を想像してしまう。 多分当たっている・・・・
c0127933_9532468.jpg

(豚肉の串焼き屋。)

この串焼き屋もなかなかの評判で早朝から結構客が来る。何十本と焼く注文が入ると
自分の番に来るのに随分と時間が掛かり諦めて帰って来る事も有る。
やっぱり、豚肉の肉質が良いのか肉を見る目が有るのか此処の豚の串焼きは旨い。

タイは、市場で豚肉が大きな板代の上に固まりのままどんーと置かれて売られている。
日本の肉屋は、ガラスケースの中に肉の種類を分け売っているので買い易いが、タイでは
豚肉の固まりの部分を自分で指で指示してから店の人に切ってもらい買う。
シロトでは、料理をしてからでないとその肉の旨さもまったく判らない。
この串焼き屋も夕方4ー5時頃まで開いているが、串焼きが売り切れてしまうと店終いと
なる様だ。

早朝のチェンマイに必ず見るのが、托鉢僧の姿だ。最近は3名が1グループで廻っている
様で、数人が老僧と共に托鉢に毎日廻り同じ時間に必ず廻って来る様だ。 
在家の人は毎日托鉢僧が必ず廻って来るので、タンブン(徳つむもの。)する物を準備
して待つ。
托鉢僧も毎日、好きな道を行くのではなく決められた時間に決められた道を毎日行く様だ。
托鉢僧が来るとタンブンする物を鉢の中に入れ、地べたにひざまずいて座り込み拝み
托鉢僧のお経を有難く1ー2分受ける。
こんな光景をまだ朝覚めやらぬ、薄暗さの中で見ると心が洗われ何とも清々しい
気持になる。
c0127933_9542515.jpg

(ニマンヘミン通りソイ10、朝のお勤めをする托鉢僧。)

雨明けのニマンヘミン通りは、昨日の雨で綺麗に洗われて気持ちよく夜が明けた。
あと1時間もすると車の量も多量になり、チェンマイの経済が動き始める。
その時には、車の排気ガスが遠遼なくニマンヘミン通りにまかれて直ぐにも、又、何時
もの汚れた街になる。
チェンマイに何時、降る雨も大歓迎する。時々夜、雨が降り汚れを流して欲しいものだ。
チェンマイに、時ならぬ雨が降り緑も深くなり、そんな綺麗な朝を何時も迎えたい。
                      、今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-22 09:54
◎この頃と天気・・・

18日(水)、朝から、雨がショボショボ降っている。日本の小雨状態で降り続く。
これには驚いた。チェンマイに約6年、こんな年は初めてだ。
昨日の夜、日本から来た友人と食事に出て酒を飲みほろ酔いかげんで10時頃に帰る時
顔に冷たい物が当たり雨がパラパラしていると判ったが、それが朝方まで降るとは・・・
昼の少し前までその雨もパラついたが、そのあと夕方まで雲が取れる事なく曇ったままだ。
降水確率は今週、毎日2ー30%と出ている。 これは、世界異常気象と思う・・・

昨日までの花粉と粉塵が、これで少しはチェンマイも空気清浄が出来て大変良い事だ。
ゴルフをしていても、小雨がパラ付き気温が上がらず涼しくプレーも出来てなかなか好評だ。
室内温度も朝から涼しく、昼になっても28、5度と体感的には涼しい一日になった。
c0127933_022352.jpg

(池に雨が落ちて、小さな雨模様が出来る程の小雨が降るチェンマイ。 朝7時45分。)

◎チェンマイのゴルフ場も苦しい経営・・・・・・。

通称:旧ランプーンゴルフ場が、バンコクのアルパインゴルフ場の傘下になりコースも
全面改修と変わり、最近アルパインゴルフ場へ行くチェンマイゴルファーも増えている。

一昨年前までは、新規ゴルフのオープンラッシュでアレヨあれよとどれだけチェンマイに
新規ゴルフ場が出来たのか、そのあとに買収されるゴルフ場が2箇所も出た。
これだけオープンすると新規のゴルフ場、従来からあるゴルフ場共に、苦しいゴルフ場
経営を余儀なくされ経営責任者も大変だ。

最近の金融不安、特にタイは空港占拠事件が起きて景気後退に大きな拍車を掛けて
しまったタイだ。
チェンマイは観光都市だけに、特に大きな影響を受け今年のゴルフ場は大ダメージだ。
韓国勢は、今年ウオン安で毎年この時期にはチェンマイの各ゴルフ場を貸し切り状態で
占めていたが、殆ど韓国人ゴルファーが来ない状態で、それを当てにしていたゴルフ場、
ホテル等、レストランから土産物店まで観光事業に携わる人達は大変苦しい。
チェンマイのゴルフ場経営は此処2ー3年で、又、大きな経営移動が出てくる事だろう。

旧名:グリーンバレーゴルフ場も、此の5ー6年で経営母体が3回も変わる始末だ。
グリーンバレーゴルフ場のゴルフ場の名前も、サミットグリーンバレーゴルフ場と改名
した。
ゴルフ仲間の言うには、タクシン派(前首相。)の経営母体でランプーンゴルフ場を買収
したバンコクのアルパインゴルフと同系列だとも言う。(確かめたわけではないので?・・)
グリーンバレーゴルフ場、NO10ホールグリーン横にはタクシンの別荘が左側に有る。

このグリーンバレーゴルフ場は、日本から来た観光旅行者、短期ステイャーのゴルファー
には大変人気が高い。
場所は、チェンマイから国道107号線を北にランナーゴルフ場を過ぎて約10分走ると
右側に立派なグリーン色のゴルフ場の門が有り、そこから約1ー2分走るとクラブハウスが
出てくる。 (チェンマイ市内からでは2ー30分で着く。)
ランナー式をデザインした大きな建家で椰子の木が多く植えられていて、南国タイで
ゴルフプレーをしている気持には充分させてくれる。
c0127933_05191.jpg

(ゴルフコース側から見たクラブハウス。 ※正面玄関の裏側から見たもの。)

グリーンバレーゴルフ場も余所のゴルフ場と同じ、早朝から日本人プレーヤーが大勢
集まって来る。
早朝6時30分もなる頃、日本人がNO1ホールのスタート場所に数組が待機している。
このゴルフ場はファラン(西欧人)にも人気が有り、日本人組がスタートしたあとに続き
ファランも多くスタートする。

早朝に昇るチェンマイの真っ赤な太陽をこのコースから見る事が出来、この時期一番
綺麗に見えるホールへもなかなか行く事出来ず諦める事が多い。
NO5ホールのロングホールをテイショトしてスタートすると右側に池が有り、そこに
真っ赤な太陽が昇り始めて池の水面に細長くその太陽が反射して写り、それが綺麗過ぎて
プレーをする事も忘れて見取れてしまう。
c0127933_0616100.jpg

(朝7時30分頃、NO1ホールに昇る真っ赤な太陽。※NO5ホールが撮れず残念・・)

ランナーゴルフ場は大木がセパレートして難しくしているが、グリーンバレーゴルフ場は
池が所々セパレートしてコースを難しくしている。
グリーンバレーは、高く葉を付けた大きな木が少なく椰子の木が多く植えられていて
ゴルフコースの見晴らしも良く、南国の太陽がシャンシャンと照る中でのプレーも開放的な
明るさも有り南国情緒が充分楽しめる。

チェンマイには、この様な特徴の有るゴルフコースが幾つも有りゴルファーは面白く楽しめるが
コースの維持管理をして多く集客をする事に奔走する経営陣の苦労は大変だ。
特に暑い国だけに、草木等は自然にドンドン時を待たずに生えてくる。
チェンマイのゴルフ場の中には、その維持にも大きなお金が掛かり隅々まで行き届かずに、
ゴルファーからの人気も悪くなり客数が落ちるコースも出始めて、ゴルフ場戦争が此処でも
起きている。
                             、今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-19 00:09
◎この頃と天気・・・

●14日(土)、今日の朝は、珍しく東南の窓からそよそよと風が入ってくる。空は相変
わらず深い霞でドイの山は山裾まで見えない。10時30分位になると早朝より多少は明るく
なったものの、それでも四方は一向に曇り空のように霞かかるドンよりした日のままだ。

天気予報を見たら14日土曜日は、降水確率が30%となっている。今年になってから
以前に一度、降水確率が出た事を思い出す。
こんな時期に雨が降るなど、不思議でやっぱり異常気候から来ている様だ。
降水確率が出る今日は、霞も強く室内気温は26、5度と蒸し暑さを強く感じる。

●正月が明けてから、もう三ヶ月を有に超えてしまった。
日本からチェンマイに2ー3ヶ月間の短期で遊びに来られた方々も随分と多く日本に帰られて
しまった。
あの一時の大賑が、これだけ靜になるとあれは何んであったのかとフーと思うほどだ。

あの時期、ソンテイー(乗り合いタクシー)を2ー3台貸し切りあちらのホテル、此方のコンドと
誰一人乗り落としのないように廻り一緒に2ー30名の人達とゴルフを楽しんだ。
この頃は、一台で5ー6名が乗るだけになり、もう少しするとチェンマイのロングステイャー達も
日本に2ー3ヶ月一時帰国の人達が大勢出くる。
その時には貸し切りソンテイーに乗る人も1ー2名になり、何れはソンテイーもキャンセル
する事になる。
そんな静かなチェンマイに、あと1ヶ月もするとソンクラーン(水掛祭り、3ヶ日間。)が
やって来る。 
タイのお正月で、タイ人が大賑をする。 そんな日が今から待ち遠しい・・・・

◎タイの果物(ガッチャク)でジャム作り・・・・・・。

タイは、果物が豊富で一年中何かの果物が有る。
一時、日本でバナナダイエットが流行してバナナが日本から無くなったと聞いた事が有る。
タイのバナナは一年中有り、バナナ市場が旧市街堀の北東角、外堀からピン河に向かう
ウィチァヤノーン通りの北側の路上に市場か毎日100M位バナナ屋が列んで立つ。
バナナの種類も豊富で6ー7種類も有るのか、房のまま15ー20B(約45ー60円)で
売られていて、一房も買うと3分2位は食べられず真っ黒くなり腐らかす程の量が買える。

プーさん(タイ人の友人。)曰く、タイ人の家に訪問するお土産には、絶対にバナナは持って
行ってはいけないとタイ社会の生活習慣になっていると教えられた。
タイの庭付きの家には、果物等必ず植わっている。特にバナナの木は、殆どの庭付きの
家にはある。
子供が生まれると、生まれたお祝いに家の庭にバナナの木、マンゴの木等、何か果物が
成る木を植える社会習慣があるとか・・・・食べる事には、事欠かないのがタイの国だ。

果物が豊富の国だけにシーズン通し熟れた果物を目にするので、栄子が梅焼酎ではないが
タイの果物で焼酎漬けを、と思い旬の果物が出始めるとそれを焼酎漬けにする。
今、我が家で焼酎漬けがされているのが、パイナップルは昨年の3ー5月の物、イチゴ1年前
リンチーは1年半前になる。
先日、リンチー焼酎を試食で少し呑んだか、これが旨く漬かっていてあと半年待って呑む事に
栄子と意見が一致、楽しみに待つ事にした。

今年も6月になると、雨季が来て果物のシーズンがやって来る。今年、新しく焼酎漬けする
果物にマンゴー、バナナ等の香りが強く甘い果物を新しく漬ける計画が有る。
この焼酎漬けには、タイ人も興味を持って見守って入るので呑む時期には、焼酎パテイーを
やる事になる。
c0127933_122155.jpg

(『ガッチャク』のヘタ取り作業。)

先日、友人の短期ステイヤーの方の中にタイの果物でジャムを作りをやったと情報をもらい、
栄子が部屋で作り方を教えてもらう事になった。
果物の名前は『ガッチャク』と言い、表面の色はレッドワインをもっと赤くした色でとても綺麗な
色だ。
『ガッチャク』を、チェンマイ大学の無農薬朝市、水曜市に出かけて行き1袋10Bを10袋
買って来た。

『ガッチャク』の、ヘタと芯の種を取りだし準備完了。砂糖で煮込み焦げないようにすれば
出来上がり、ジャムをパンに付けて試食食べたが甘酸っぱい味でなかなか美味いものだ。
c0127933_0552194.jpg

(『ガッチャク』を、ジャムにする為の煮込み。この色が果物の自然色。)

タイ人は、こんな色の飲み物を食事時に良く飲んでいる。ジャムを作りこの色を見た時に
『ガッチャク』のジュースを飲んでいるのだと判った。
余り色が強いので、こんな合成ジュースは体に良くないと思っていたが自然色でこんな
色が有るのだと思ったら、一度どんな味がするか呑んでみる事にする。
タイの果物も、まだまだジャムに出来る果物も多く有るのではと思い今から挑戦したい。
タイ人は、食べる物を自分で作る事もないので情報がなく自分から色々とやってみる事が
必要だ。                              
                                              今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-16 00:58
◎この頃と天気・・・

●11日(水)、やっぱりこの頃、暑くなってきた。朝方の室内気温は26度も有り一時とすると
ジッーと暑さを感じる。そよそよと窓から風の吹く日は、体感温度も涼しくなる。
昼間の外は暑い。予報では、此処一週間38ー9度となっているが、来週からは3ー4度
一気に下がると気温予想がでている。 寒暖差が激しい季節、タイ人の風邪引きも多い。

●樹木の葉も急に落ちて一気に秋が来たと思ったら、夜中に鳴く虫の声も日本で鳴く
コオロギと同じ声で喧しい程に鳴く。どんな虫が鳴いているのか判らないが、多分日本の
秋の虫と余り変わらない親戚位良く似ている虫が鳴いているのだろうか・・・
朝方、早くまで鳴いているが陽が昇り始めると急に鳴き止んでしまう。
この時期にこの声を聞くとチェンマイに来る冬と夏の隙間を、秋が一瞬にして通り抜けて
行く気がする。 ゴルフ場の木々も、葉が落ちた木と新芽の木が同時に起きている。

●今日も強い霞が、ドイの連山を包みチェンマイの街の中にも霞が濃く漂う。
ゴルフ場のキャデイーがこの頃、目が痒いし鼻水が垂れて気分が良くない(マイ、サバイ)
と言う。
日本の花粉症がチェンマイも同じに起きている。
c0127933_744333.jpg

(夕方6時、霞か花粉かドイの山、ドイ、ステープも霞む。)
日本からこの時期に、花粉症を逃れてチェンマイに来ると言う事を聞くが、チェンマイも
昔と違い花粉が酷く、この季節には来れなくなって来る。 もう一つの心配は大気汚染だ。
霞、霞と思っていたら16日のタイニュースでこんな記事が出た。
【タイ北部で森林火災と野焼きによる煙霧が悪化している。ラムプン県では2月14―16日、
大気中を浮遊する直径10ミクロン以下の粉塵が基準値の倍になり、健康への被害が懸念
されている。粉塵が基準値を超えているのは他に、ラムプン県、プレー県など。】
ランプン県などは、チェンマイ県の隣の県だ。
車の多いチェンマイでは、排気汚染も大きな問題の一つになっている。

◎チェンマイに出来た『日曜浮世絵美術館』(浮世絵教養講座????)・・・・・・。

日曜日(日曜だけ開館。)に有志だけが集まって、浮世絵を見に行く事になった。
CLL(チェンマイ、ロングステイー、ライフの会)の行事で開催する事になり21名を引率して
マイクロバス2台でチェンマイから約30分の所(メーリム。)まで出かけた。

正式名『メーリム、サンポー、ファーム&サンデー、ミュジアム。』(通称平田美術館。)
場所 チェンマイから北方面167号線メーリムの街歩道橋を右に廻る事、約6KM入る。
日曜日のみ開催されて開催時間は朝9時から夕方6時まで、入場料は無料。

平田美術館は、メーリムの小さめ街の中に国道167号線が走り、其処にはチェンマイ
から初めて掛かる数少ない歩道橋が有り、其処を右に廻り細めの小道を走ると途中から
ピン河が出て其の川沿いを行くと浮世絵が描かれた小さな看板が出て来る。それに沿って
行くと田園の中にコンクリート建の少し大きめの建家が出てくる。

敷地は約1300坪有り、其処にはバナナ、マンゴの木等17種類の木が植えられている。
他には、野菜類が少量多品種で数多く植えられ畑の畝が幾つも整然と並んで作られている。
広い畑の水やりには、暑い国だけに井戸からポンプで水を汲み上げスプリーンクラーで
放水し、その畑をタイ人を使い自分を含め3名で管理している。
池も作られていて、その池には400匹の食用用の魚がいて餌はレタスやキャベツをやる。
c0127933_744887.jpg

(通称 平田美術館の入り口。1F、2Fに展示されている。)

展示美術館は日曜日だけで開館し他の日は農耕作業をして、時々好きなゴルフに出かけ
敷地の中にもショートアプローチが出来る所まで作られている。
約400坪位有るコンクリート建家の中には、自宅も造られていて画廊が居間でも有り
普段は好きな場所に行きコーヒーでも飲みながら好きな絵をじっくりと見て過ごす事が
最高なくつろぎの場所となっている。

美術館の中には、その日は浮世絵が88点7名の作品が展示、その他にニューヨク在住の
日本人で佐藤正明の作品、イラク人、タイ人の画家の作品数点同時に展示されていた。
佐藤正明は甲府市の出身でアメリカで有名になり、現在はそちらで活躍しているとの事。
c0127933_7471120.jpg

(浮世絵 展示場。)
日曜日に暇が有ればぶらりと出かけゆっくりと浮世絵を見て、昼食を頼んで置けばチェンマイ
の田舎の田園風景を見て、北タイ名物のカオソイ(小麦粉の麺にカレー味を付けた物。)や
バーべキューもしてくれビール等飲んで、久し振りに日本画をじっくりと外国で鑑賞するのも
日本への望郷を誘い、これも良い。
引率した人達にもなかなかの好評で、リピーターで友人と又来たいと言う人が多かった。

【浮世絵教養講座????・・】

◎浮世絵のおはなし。
「浮世」もともとのこの言葉は仏教思想から生じ、生きることの苦しいこの世という意味の
「憂き世」が転訛されたもの。
浮世絵は、今からおよそ300年前延宝年間の頃、菱川師宣によって、始められたというのが
現在の通説です。
墨摺絵、紅摺絵、錦絵とわずか100年前後の発展です。
浮世絵版画は、江戸庶民の楽しみであり憧れでもありました。
役者絵、美人画、風景画、相撲絵、武者絵、花鳥画、狂画、春画・・・等が浮世絵。
全部ではありませんが代表的なものを上げました。

◎浮世絵
浮世絵(うきよえ)は、江戸時代に成立した絵画のジャンルである。「浮世」という言葉には
「現代風」という意味もあり、当代の風俗を描く風俗画である。大和絵の流れを汲み、総合的
絵画様式としての文化的背景を保つ一方で、人々の日常の生活や風物などを描いている。
現在一般に浮世絵といえば、専ら多色刷りの木版画(錦絵)を想起される場合が多いが、
肉筆画(肉筆浮世絵)なども含まれる。

[平田美術館の浮世絵展示7名の説明。]

●鈴木春信 (享保10?-明和7)西村重長門人か西村祐信門人説もある。
最初は紅摺絵の役者絵・武者絵を描く。明和2,3年頃絵暦がはやり絵師として
多色摺木版画(錦絵)の主導的役割を果たす。錦絵の創始者とも称される。
清楚でしなやかな美人画が多く肉筆画の作品は極めて少ない。作品は
「夢幻的」遊女、芸者、子供など うりざね顔に細い首、細く小さな手足で
喜怒哀楽の表情もほとんどない。  六大浮世絵師

杉村治兵衛 不詳 作画期(延宝末頃9-元禄13)初期浮世絵版画界の重要な絵師。
浄瑠璃絵、風俗図を中心とする一枚絵・春画・組み物・艶本・絵本・浮世草紙などに作画。
一枚絵・揃い物に落款を入れた例は見つかってないが、作品中に「杉村」「杉」
「次平」の隠し落款が見られる。
署名入りの初作は延宝9年「浮世らくあそび」艶本があり、肉筆画はほとんどない。

●鳥居清長 (宝暦2-文化12)初代清満に学ぶ。安永期に細判紅摺りの役者絵を描く。
天明期に入ると美人画の第一人者となる。清長美人は背が高く健康的でさわやかな
八頭身が特徴。天明5年(1785)鳥居家四代目襲名 。継承後には、歌舞伎の看板・
番付け絵を専業とする。鳥居家本来の仕事に傾倒する。肉筆画の作品は極めて少ない。 
六大浮世絵師

●喜多川歌麿 (宝暦3-文化3)鳥山石燕の門人。版元蔦屋重三郎に見出される。
寛政期には美人の半身像(大首絵)のシリーズなど美人絵師の第一人者としての
地位を築く。作品には、判本・枕絵・肉筆画の優品がある。 六大浮世絵師

●葛飾北斎 (宝暦10-嘉永2)勝川春章の門人。浮世絵師として長く70年に及ぶ。画号も
30余を数える。土佐、狩野、琳派などあらゆる画風を学ぶ。「富嶽三十六景」「北斎漫画」は
代表作。摺り物・肉筆画に優品が多い。 六大浮世絵師

●歌川広重 初代(寛政9-安政5)歌川豊広の門人。最初役者絵・美人画・武者絵を描く。
天保2年頃「東都名所」シリーズが評判となり天保3,4年頃「東海道五十三次」続絵などを
多くの名所絵、風景画を制作する。花鳥版画もあり肉筆画の優品も多く描いた。 
六大浮世絵師

●東洲斎写楽 作画期(寛政6年5月ー寛政7年1月)の短期。144枚の版画を残す。
黒雲母摺りによる大首の役者絵はあまりにも迫真的であり世界的肖像画家と評価される。
女性を描くこともなかったし、枕絵、艶本もない。写楽の正体をめぐった伝歴は不明。 
六大浮世絵師

※平田美術館の7名の中に六大浮世絵師の中一人だけ入っていないのは杉村治兵衛だ。
、今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2009-03-13 07:48
◎この頃と天気・・・

●7日(土)、早朝に窓を開けたら今日もドイの連山は、一段と深い霞の中で山裾から山頂
までが見えそうで見る事が出来ない。此処10ヶ日間位こんな日が毎日続いている。 
これだけ霞も深いと美しさや綺麗さは何もない。
この頃は、朝から気温も上がり室内温度で26度と1ヶ月前からすると4ー6度も上がった事になる。
気持ち良く過ごすには、扇風機の微風で部屋中を廻せばそれで充分だ。
c0127933_1445253.jpg

(朝7時30分、何時も赤い太陽が昇る。あと数分もすると自然に戻る。)

●チェンマイは今、秋だろうか・・いや春だ・・・この季節は四季のないチェンマイでは冬が
来ないので短い間に急いで衣替えをする。
木が枯れて落ち葉が落ちいてる最中に、その下からもう新芽が吹いている。
今まで緑々していた木が、僅かな間に葉が落ちて10ヶ日間も有るかなしかで青々した
大木に変わる。その時に木の廻りに落ちる落ち葉の量には凄いものが有る。
そんな葉の入れ替わりをする木は、木の種類に寄って年に2回位繰り返す木も
多々有る。
c0127933_14465710.jpg

(ランナーゴルフ場の1番ホールの正面に有る木も此処数日で葉が全部落ちてしまった。)

●ノートパソコンも、日本で購入してチェンマイに持って来てからもう6年になる。
同じ時期に栄子のパソコンもパソコンメーカー違いで日本で買い、その物をチェンマイで
使用しこれも同じ6年になる。
パソコンはメーカー違いで購入したものの、此処1年の内でパソコンの壊れる所が同じで
不思議と思ったが、その部品が同じ部品メーカーの部品を使っていれば壊れる時期も
同じになる事だろうと二人が関心・・・??

もうパソコンなしでは、日常生活が出来ないものになってしまっている。
思い切って2台とも6年間の垢落としと、途中使えなくなった中身も全部整備をしてもらう
為に数日パソコン診療場に入院させた。

最近の車は、電子機器が多く日常は運転して乗るだけで、車が故障して動かなくなると
全くどうする事も出来ず、何処が悪いかのも判らない。 若い頃の車は、まだ判ったが・・・
それと同じでパソコンも使うだけで、変な所をなぶっただけで動かなくなり全く判らない。
整備に2ー3ヶ日掛かったが、チェンマイでもそんな事もしてくれる所がありホッとする。

◎ランナーゴルフ場の早朝ゴルフ風景・・・・・・。

日本からの来た短期ステイャーのゴルファーで、この3月の中間まではまだまだ賑わう。
今年はランナーゴルフ場が、韓国のプロゴルファーになる研修生を3ー40名受け入れた
ので、特に早朝時には大混雑を引き起こした。 なかには、韓国プロも居たと聞くが・・・

朝6時15分位になると日本人のチェンマイのロング、短期ステイヤーが、ぞくぞくランナー
ゴルフ場にやって来る。
その中に、日本の東京に本部の有る某何々会の団体が大勢現れる。
その時間は、日本人のゴルファーで♯1番のテイショット付近は大変な賑わいになる。

朝6時30分頃、まだ薄暗さが少し残る時に1番スタートはテイショットをして出て行く。
テイショットをする人の後ろには、キャデイーが数人座り込み薄暗い中でボールの行方を
見失なわないように皆で見ている。 
関心するのは、そんな状況でもスタートする4ー5名のボールが殆どなくなる事はない。

朝の明るさは分刻みで明るくなってくる。1番スタートが出て2番スタートが出る頃には、
もう明るくなりキャデイーが後ろで見る事もなくスタートして行く。
6時40分になると、インスタートから予約している韓国研修生の20名位がスタート
する。 その頃になると、やっと♯1番のテイショット付近が静けさを取り戻す。

コースを廻り始めると7時15分位から、林や森の中からあの真っ赤な太陽が昇り始める。
この風景を見ると短期ステイャーの殆どが、歓声を上げてその美しさにプレーを忘れて
見いる。
此処1ー2ヶ月間に起きるこの現象に、キャデイー達も出てくる太陽の方を指さして美しい、
美しい(スワイ・・・・スワイ。)と、見るように客に声を掛ける。
c0127933_1448389.jpg

(ランナーゴルフ場、朝7時20分。♯4番のプレー中に見る真っ赤な太陽。)

朝7時頃に、アウトをスタートしているのでインに入るのは9時頃になる。
この頃になると太陽も少し昇るが、まだまだ朝の澄んだ朝日をキラキラと輝かせる。
ランナーゴルフ場のインの♯10番は、池越えのショートコースになっている。
グリーンを綺麗な花を咲かせた木が、がっちりとセパレートとしている。
昔から、綺麗な物には裏がある・・と、言う通りで見取れてウットリしてショットすると
水面下には、小さな波紋が幾重にも波たたせる。
c0127933_14484659.jpg

(♯10番ホール、美しい花に見取れてしまうショートコース。)

早朝にスタートしているのでプレーが終わるのは11時頃になる。
この頃の季節は、この時間にインに入ると陽も昇り終わる頃には少し汗ばむ位になってくる。
ゴルフ場で今日のプレーの反省をかねて、皆で早昼の食事を取りながらワイワイ、ガヤガヤ
楽しく過ごして部屋に帰ればまだ昼の12時前だ。
今日の昼からは、又、次の遊びのスケジュールが待っている・・・・・・
                                         今日は、この辺で。、
by n-jijinao | 2009-03-07 14:52