定年後のライフスタイル


by dbeiko
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<   2008年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

◎この頃と天気・・・

●28日(金)、今日の朝は、最近になく一段と冷えている。CLL(チェンマイ、ロング
ステイーライフの会。)の月一回のゴルフコンペが行われる日で集合時間が6時となって
いる。  契約ソンテイー(乗り合いタクシー。)もコンドに5時45分に迎えが有る。

先客を既に乗せていて、このコンドからは4名乗り込むので総勢で8名となる。
皆、顔を会わせての第一声が、今日は冷え込みますね・・・となる。
室内温度で21,5度と乾季(チェンマイの冬。)に入ってから一番の冷え込みだ。
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(29日朝7時10分。爽やかな朝。)

半ズボンと半袖シャッは、私ともう一人であとは皆長袖シャッにベスト、長ズボンをはいて
いる。 その姿が正常で、私達が何だか我慢比べをしている様で、もう限界が来た。

29日(土)も先日と変わらない冷え込みで朝食を買いに出たら、時々、早朝に良く会う
タイ人に出合った。 タイ人も私の顔を見るなり『ナオ、ナオ・・(寒い、寒い。)』と、言う。
長袖の厚めの革ジャンパーを着てマフラーをしている。 日本の真冬の姿がそこにはある。
日本人の私でも寒いと感じるので、タイ人は相当厳しく感じているのだろう。
年中の暑さで毛穴も開き過ぎて、冷えた時には毛穴が閉まらないのだろうか・・・・・
冷え込みも一段と強くなり肌寒さも感じるが、太陽が顔を出すと爽やかで気持ちがよい。
チェンマイは、一年中でこの季節が一番だ。

●バンコクのスワンナプーム空港とドンムアン空港が、反政府団体「民主主義の為の市民
同盟(PAD)」の占拠を受け、その影響でチェンマイ空港もバンコク便の離発着が出来なく
なってしまった。

同じコンドのNさんご夫婦は、27日にフイリッピンから帰られる予定が、窓に電気が今日の
朝も点いていないので、まだ帰られていない様だ。
関東のFさんは、奥様が日本で交通事故に遭った電話が入り直ぐさま帰る事になり、航空
券は手に入ったものの飛行機が何時飛ぶか気を揉んでチェンマイで待機中だ。
同じく関東のSさんは一週間前にバンコクに着き、チェンマイで来月2日にゴルフコンペが
有り、飛行機が飛ばずバンコクでやきもきして飛行情報を掴むのに躍起になっている。

今までの反対活動は、バンコクの一部の箇所で余り多くない人々に迷惑のないものだった
が、今度だけはタイ全土に広がりタイ人から諸外国の人達にまで経済的にも心身的にも
大きな打撃を受ける事になってしまった。
何の関係もない人達の障害も多く出てしまい、、誰がその責任を負ってくれるのだろうか・・・
本当に可愛そうな事だ。早く止めて欲しい。

◎『花笠音頭。』の練習から本番が中止になって・・・・・・

いよいよ30日(日)に『花笠音頭。』が、日本祭の最後の催しでターペイ門から3人の王様
まで踊りながら練り歩くので、その練習が始まった。
夜7時からは、櫓が組まれて『炭坑節』、『東京音頭』の二曲を、全員で輪を作り踊る事に
なっている。  踊る3音頭を、昨年の踊りを思い出しながらの練習だ。
26日(水)は、ナコンピンコンドの4Fの駐車場で約2時間、昨年の先生が教えてくれる。
新しく今年から踊られる人達も出て、総勢で4ー50名の参加になりそうだ。

昨年も本通りを全員がそろいの浴衣で赤い花笠を持って踊るので、陽気なタイ人には大変
受けて途中からは沿道のタイ人も一緒に列に加わり踊る人も出てきた。
夜の盆踊りも、タイ人が輪の中に子供から大人まで入ってきて踊ってくれた。
次はタイ人の盆踊りの様な踊りが催されて、その輪の中にも日本人が入り一緒に踊る事が
出来て、日、タイ友好の輪は広がった。
今年も、そんな事になるだろうと練習にも力が入る。

27日は、マニラナコンホテルでランプーンの工業団地の中に有る山形のS企業と一緒に
なり、合同練習が予定されていてそれに参加。

昼1時からの練習で昼食を食べてからの練習になり、同じコンドのTさんに同行して昼食を
食べてから練習に行く事にした。
このホテルの昼食ビュフエーの評判が良くSさんに推薦して一緒に食べる事にした。
ホテルの2Fにレストランが有り、タイ料理からイタリア料理、少しの日本寿司、飲茶と
色々揃っている。 昼食時間だけに混み合っている。 一人、139Bでなかなか美味しい。
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(マニラナコンホテルの入り口。)

場所はチェンマイプラザホテルの有る通りで西方面に5ー600M行ったスリドンチャイ通りに
面して有る。  中国系ホテルで、チェンマイ日本人会事務所も側にある。

合同練習の始まる前に今回の盆踊り大会は、諸事件が起きており中止になるかも知れない
と挨拶が有っての練習開始だ。
2ー3日前に政府派と反政府派の間で発砲事件が有り、集会場所では注意がいるので
苦慮している。又空港での占拠事件まで起きいてるので日曜日での事、不安があり、後日
やるか止めるかの返事が有るとの事だ。

山形の正式な『花笠音頭。』を、若いタイ人の従業員が踊る。 私達の新式『花笠音頭。』とは
大きく違い、踊り方も随分と違って難しい。
それでも約2時間程合同で練習が出来て30日に備える事が出来た。
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(若いタイ人の『花笠音頭。』の練習。)

金曜日の午後に盆踊りの中止が決まった。又、来年まで楽しみが伸びてしまった。
それでも練習だが、皆で盆踊りを踊る事も出来てなかなか楽しいものだった。

赤いシャツは政府派、黄色のシャッは反政府派と2色に別れていて、この色のシャッは
絶対着ないようにと注意を受けた。
街の中でも、この色の人達の小競り合いが有るので注意がいると言う。
小さな私達の楽しみ、今回の盆踊りにはワランさん一家も浴衣を着て参加すると言って
楽しみにしていたが、タイ人や皆の楽しみが何だか変なもので終わってしまった今年だ。

◎この頃のタイニュース・・・・・・

非常事態宣言どこ吹く風、お祭り気分のタイ空港占拠
【タイ】27日夜のスワンナプーム空港とドンムアン空港に対する非常事態宣言の発令で、
政治的には緊張が続くタイ。
しかし空港を占拠している反政府団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」の支持者は
お気楽そのもの。
非常事態宣言、どこ吹く風といった感じだ。

 警官隊の突入が予想されたスワンナプーム空港。行ってみれば参加者が続々と集まり、
過去3日で最高のお祭り騒ぎだ。両親に連れられてやってきた幼児が遊び回り、犬が飼い
主から逃げてターミナルを疾走、眠くなった参加者がチェックインカウンターの前で雑魚寝の
場所取りをしていた。

 鶏の唐揚げ、豚肉のくし刺し、もち米、パン、水、ジュース、コーヒーに紅茶と、食事はもちろん
タダ。気温が下がってきたので長袖のシャツもタダ。ブラジャーやパンツといった女性肌着も
やはりタダと、至れり尽くせり。

 衝突に備えているのはヘルメットを持ち歩くのは報道陣のみ。気合いを入れて乗り込んで
きたが、空港のあまりの気楽さに肩透かしを食らった。やはりここはタイ。

こんな記事を見るとガッカリしてしまう。
スワンナプーム空港では、約1万人の人が足止めされている。その他の地方でも随分の人が
足止めされている。
それぞれの人達に、それぞれ色々な事情を抱えている人達が殆どだ。
特に深刻な事情の人も、タイ人にも外国人にも多くの人達がいる。
その内、外の一般の人達に、赤色、黄色の責任者の人達はどう申し開きをするのか・・・
こんな行動の仕方では、良い結果は決して生まれない。
今回のこの行動は、タイ人だけの国内問題だけではなくなった事を、良く頭の中に入れて
タイ人、一人一人が確っかりした行動を取って欲しいものだ。
                               今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-29 19:11
◎書き込み・・・。
ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて欲しいと
云う要望から載せました。                               じいじ記。
                         (2008年10月20日発行日。VoI,197号から。)
【『ヴィアンチェンマイ』 掲載文】
【うふふのふの... あんな事... そんな事... こんな事 ...】

堪能?して..帰ってきました....
帰りたいけど..帰れないで..今回の名古屋は、3ヶ月半と今までで一番長い
滞在となりました。いつもなら、名古屋午前10時25分で帰って来るのですが...
今回は、深夜便で帰る事にしました..深夜便なら土曜日が一日使える、
目覚めればバンコクで、朝の9時にはチェンマイ...こりゃ~好都合と喜んだの
だが....それが、そんなに上手くことが運ばなかった...

午前1時の出発なのに、いつものように妹夫婦、息子、そして、私の大切な友、
福君...深夜と言う事もあり、車一台に乗れるだけの見送りだよと、
息子に言い聞かされての我が家出発となりました。

いつもの如くで最後の最後まで、あれもやっておけば..これやっておけばと..
色んな事を思いながら玄関に鍵を掛ける...いつの頃からか思い出せないけど..
これが名古屋の我が家に別れを告げる時の...私の癖となったようだ...
そんな思いを残しながら、わずか40分足らずで名古屋セントレア空港に到着...
えらく静かじゃない?..人も居ないじゃん..そんな会話をしながら..

タイ空港のチェックインカウンタ~を見た..だあ~れもいない..
いや..いや..いや..またしてもやってしもうたかも..チケットを出して確認しょうと
したその時..JALのカウンタ~から..バンコクへ行かれる方ですか?で、説明を聞く今日は
この便は飛びませんには、びっくりで..えっぇぇぇ..でも、次の瞬間やったぁ~もう一日
名古屋だぁ~、これでやり残した事が少し出来る、そん事が頭の中をよぎった
明日の午前便に乗って頂きますの言葉と、今日はセントレアホテルに泊まって頂いてと
説明しているのに...私の頭は家へ帰れるとそればかりで...

『あっ、私帰ります..家へ帰って明日又来ます。』すると息子からの一言が...
『何、言ってるの..明日、誰が送るの..セントレア泊まりたかったんでしょう..』
一度、泊まって見たいと思った事はあったけど..今日は泊まりたくない、
家へ帰りたいと、言いたかった、でも息子には勝てず..セントレアへ泊まった...
親の力と、子供の力が逆転していて..家へ帰りたいは聞き入れてもらえそうに
なかった。ホテルの一人は、ちょっと淋しかったけど...翌日には、妹二人が見送りに来て
くれた..

私の心の内は、すっきりしないものが残ったけど....チェンマイへ到着してみると..
セキサンに、プ~、それにお父さんが..【ミス、エイコ】何て書いた紙を掲げて
出迎えてくれた..プ~は大きく手を広げて飛びついて来た...
何だか良く分からないが涙が出てきた...誰よ、ミス、エイコなんて書いたのは..
何て言いながらも涙が止まらなかった...

名古屋の家へ帰り着いて、鍵を開け一歩家へ入る..懐かしい我が家の臭いに
帰ってきたんだなぁ~と..ホッとするのだけれど..3ヶ月半振りのチェンマイの
我が家にも私をホッとさせる臭いを感じた...

さぁ~..だからといって、何時までも感傷に浸ってはいられない ...
還暦のお祝いにと買ってもらった、任天堂の本体とテレビを合体させ...
ネットも出来ると言う事なので、挑戦してみたけど..これはちょっと私の頭では無理
まぁ~Wiiフットが使えるようになりさえすればいいわけで..
それは、それで上手くいったので、早速Wiiフイットで、身体の調整の運動をしたり、
有酸素運動で走ってみたり、それに飽きると、Wiiスポ~ツで、現実にはやったことの
無い、テニスをしたりテレビ画面相手に右往左往しながら、楽しんでいる...

赤ずくしのゴルフウエア~を、考えていてくれた妹たちに、そんなのいらない!
Wii買って頂戴と言った時、お姉ちゃんらしいねと言われ...嫌な顔ひとつしないで
変更してくれた...ありがとう、大切に使うからね...

Wiiばかりはやっていられない...
NHK,BSや、WOWOWで撮りためた、映画やドラマをダビングして持って帰って
きた...その整理にも時間が掛かりそう...

小包の数が半端でなく、今回は航空便、サル便、船便と分けて送った...
航空便、サル便は届いたけど..船便はまだ何処かをさまよっていて届いていない..
こうして、好きな物、好きな事に没頭する一年が又、始まる...

名古屋では、大好きな焼き肉に、お寿司、手羽先、そして、鮎料理に、韓国料理と
好きな物全部食べ尽くしてきた、これで暫く帰らなくても耐えられるかも??...
食べるものばかりではない、数少ない友達にも良くしてもらい...
長い間、培ってきた人達の大切さも実感した...

そして、その中の一人の友《男友達》に言われた言葉...
年を重ねるのだから、外見の老いはどうしょうも無いけど..何時までも、今の気持ちを持ち
続けて欲しい..うれしい言葉をもらいました..
それにしても、お酒飲めなくなったねえ~..それは、ちょっとさみしいなぁ~...
だよねぇ~..それは、自分でも分かる..確かに飲めなくなりました...

女だてらに飲み助とは何て..思った時期もあったけど..
何て事は無い...年と、共に年々酒量は落ちました...
大酒飲みの父も、晩年はやっぱり飲めなくなったなぁ~..と 淋しそうに言って
いたなぁ~.. それにしても、家の父さん年の割に飲み過ぎじゃ~ない?
ねぇ..ねぇ..ちょっと控えたら..飲み過ぎシ~ル貼っちゃうぞ~..
何て言わなくても良い日が来るのかしら?

『ハッピイバ~スディ..ハッピイバ~スディ..エイコ、スパゲティ』と言いながら
今年2才になった息子の誕生パ~ティに、スパゲティを作って参加して欲しい
との事..依然としてタイ語が話せない私に、日本語が分からないタイの人達との
新たな交流が始まった...
マァミャン、シンチャンに次ぐジャックの登場...『ジャァック宜しくね!』

今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-26 14:38
◎この頃と天気・・・

22日(土)、朝から今日も曇り空で夜が明けた。ドイの山にも山裾までガスが掛かり
蒸し暑い。 それでも室内温度は、25、5度と扇風機を入れる事はない。
最近、クーラーは全く入れる事もなく、扇風機を時々入れる位に涼しくなった。

それにしても今年は異常天気か、今週初めから雲が多い日が続き、来週も後半からの
短期予報では夜中に雨マークが付いている。
何時になるとチェンマイの一番良い季節(乾季)来るのか、涼しくて気持の良い日が待ち
遠しくなる今日この頃だ。

今日の午後に友人が日本から来て、観光で首長族とドイ、ステープを見る事になっている。
今は雨上がれ・・と、願う心境だ。 毎年ならば一番良い季節だが・・・・
今日ばっかりは、ドイの山からチェンマイ市内を見下ろす事は難しいだろう。
タイ人曰く、チェンマイに来てドイ、ステープに昇らず(見ずして。)してチェンマイに
来たとは、言えないとまで言う所だ。
ドイ、ステープの美しいお寺とそれを拝む事は出来るが、折角、来たチェンマイの事、
そこから見る美しいチェンマイ盆地の景色を、見る事が出来ないのは本当に残念だ。

◎始まった第4回ランナージープン交流祭 (絵手紙講習会。日本フード&フェァ)・・・

○11月20日(木)、今日からチェンマイは第4回ランナージープン交流祭が始まった。
今月の月末まで、チェンマイの何処かで日本文化の紹介と催し物が開かれる。
その初日の催しが中西克江先生の絵手紙ワークショップ『心わ画-Ⅰ』の指導だ。
参加者は、日本人、タイ人、韓国人等、若い人から老人まで20数名の参加が有った。
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(絵手紙講習会。)

講習を受ける事にしたが、何十年も前に絵を描いた事の記憶もおぼろげで、その後絵など
書く機会もなく、この案内書を見て何も考える事もせずに申込書に自分の名前を書いていた
事に、後日申し込みを何故したのか取り下げたい気持で一杯だった。

小学生の頃は、絵を描く事が好きで良くあちら此方で開かれる写生大会に参加した事は
有ったが、高校生になる頃には日展などの有名展覧会を見に出向く程度で、絵を描く事等
全く忘れてしまっていた。

チェンマイで絵手紙の指導が有ると云う事で、絵手紙とは何なのかも判らずに持ち物も
案内に書いてあるものを揃えたつもりが、その中に手紙サイズの用紙も持たず不良者
参加になってしまった。
先生が、手紙サイズに絵を描いて下さいと言うが用紙がないので普通紙に描く事になる。
先生がその絵手紙は、誰宛に描いていますかと言われて相手を心の中に確っかりと思い
浮かべて一生懸命描いて下さいと言われる。
今日描いた絵手紙は、近日中に住所を書いてポストから出して下さいと言われるが、用紙が
違うのでそんな訳にはいかない不良生だ。  夫婦で、これには参ってしまった。
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(自分が描いた下手な絵。)

絵手紙は、絵と通信文と文字が3つ揃って成り立つもので、どれが掛けてもいけない。
それらの3つを一生懸命に書けば、それで絵手紙が生きてくるものと説明を受けた。
絵を描くのは、現物を置いてそれを描くもので描いてある絵や写真から写すものではない
とも言われた。
文は心を込めて考えてそのまま文字に自分流に書けば、それで相手には充分通ずる
ものと教えられた。
それらの指導を受けて書き出したら、段々夢中になり時間が過ぎるのも忘れて書き続けた。

このあと中西克江先生は、午後にチェンマイ大学に指導。
22(土)は、チェンライに行かれてチェンライに居る日本人、タイ人、その他の外人に
日本の絵手紙指導をされる。
タイでは、この様な絵手紙文化はないだろうと思う。
受講したタイ人は、寧ろ指導を受けている日本人の生徒の実作業の中を見て廻り生徒達の
成果に感心を寄せていた。
絵手紙等、日本文化がタイの中に少しでも広がり見せて欲しいものだ。

○22日(土)、日本フード&アート、フエアの開催会場。リンピンスーパー(エァーポート。)
リンピンスーパーは、チェンマイで日本食材を扱う大型スーパーで調味料などは、殆ど
揃うと云って良いほどだ。 フードフェアは、今月末の30日まで毎日開催される。

開催時間は、10時からと云う事で日本人数人とソンテイー(乗り合いタクシー。)を拾い
出かけた。
第4回ランナージープン交流祭が開かれるものの、チェンマイ市内のあちら此方に会場が
分散していて、舞台を作り開催を大きく表明出来るのはこの会場だけだ。
招待状を予めもらっていたので、会場には9時30分位に付き早々と受付を済ませて開催を
持つ。 招待状が有りお土産までもらう事が出来た。
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(ランナージープン交流祭、日本フードフェア会場。鏡開きの酒樽。)

流石に日本主催の催しだけに、10時に遅れる事なく始まった。
リンピンスーパーの責任者の挨拶に始まり、日本からは日本チェンマイ総領事館の横田
総領事が挨拶に立たれた。
こんな時の挨拶は、2ヶ国通訳での挨拶になり時間が長くなる。来賓、来客は、タイ人が
主で来賓席もタイ人が主だった。 諸外国の領事も、幾らかの人が招かれていた様だ。

大きな日本酒の木樽が会場に持ち込まれて、鏡割りを大きなかけ声で割って始まった。
日本人が何をするのか、一般のタイ人の多くは始めて見る行事ばかりだろう。
途中から、餅つきが始まり可成りの臼が付かれた。横田総領事も女性だが、餅つきに
加わり楽しそうにタイ人や諸外国人と共に変わりながら付かれた。

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(横田チェンマイ日本総領事の餅つき。赤いハッピが総領事。)

お酒もビールも飲み放題で、酒飲みには鏡割りの日本酒が美味しく飲めるので大変嬉しい。
ついた餅もタイ人の若い女性か、あんころ餅から、黄粉餅、ごま餅と塗してくれる。
午前中の催し物は終わり、午後にも色々出し物が有る様だが午前中で引き上げた。

これから色々なチエンマイの会場で、日本文化の紹介催し物が開かれる。
日本映画祭、書道、ゆかたの着付け、茶道、染め物など30日には、盆踊りも披露される。
タイ人に、日本文化が紹介できて大成功する事を願うばかりだ。
                                          今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-23 14:30
◎この頃と天気・・・

●20日(木)、朝からやや雲が多めで夜が明けた。何となく蒸し暑い。
昨日の朝も、今日と同じやや雲が多かった。
昨日はゴルフコンペがあり、栄子が月一回出るコンペ競技で最近足が悪くなりゴルフをやる
回数がめっきり少なくなった栄子には、この曇り空は絶好のゴルフ日和となった。

栄子だけが、カートに乗ってのプレーで後半には足が痛かった様で、1ランド廻る事が
出来て何よりだ。 栄子が嘆く事、次回は二人が同じ組でないと廻る自信がないと・・・
そんな曇り空が、午後になり雲の流れが急に速くなり3時過ぎには小雨がパラついた。

今年も雨季が明けて来年までは雨を見る事もないと思ったが、その期待もはずれて来週の
短期予報では、火曜日の夜に雨マークも付く次第だ。
 
曇りの日には鳥の鳴き声も大きく聞こえて、何種類かの鳥が競い合い鳴いている。

●ミノルタ、デジカメ用のバッテリーの寿命がなくなったのか充電しなくなってしまった。
5年間も使っているので、もう寿命になると栄子が言う。2個有るが同じ状況だ。
ミノルタ、デジカメ用のパーツが、タイに有るのか心配になる。
カメラが使えないと楽しみがなくなり寂しくなる。
プーさん(タイ人の友人。)に話をしたら、毎度腰の軽いプーさんの事、直ぐに使えない
バッテリーを貸してくれと言う。 (バッテリー 型式NP-200)
途中、バッテリーはすごく高いと電話が入る。 日本でも高い物と返事をする。
数日後に、フロントへバッテリーを預けて置いたと電話が入った。
 
プーさんの何時も難いのは、カボチャやらバナナにパン粉を付けた揚げ物が、ビニール袋
入りで一緒に届けられている。 
少し甘めのタイ風だが、今までに食べた事もなくおやつには大変良い。

デジカメ用のバッテリーは、ミノルタの純正ではないが『OSKA』と書いたメーカーで、早速、
取り付けて充電器にも入れたが充電ランプも点いている。 これで一安心だ。
一個980B(約3000円)だ。プーさんに電話を入れもう一個補充用に買う手配をする。

◎ミャンターカン(地名:サンパトーン)遺跡・・・・・(少しばかり教養講座入り。)

友人のTさんから電話が入った。『チェンマイの古い遺跡を見ながら食事をしょうよ・・』
と、云う事の電話だ。
前々から誘われていても、中々時間が合わず行けず仕舞いだった。
じいじとばあばは、チェンマイで毎日遊びばかりだが、遊びに時間が取れない程に忙しい。
『11時に迎えに行き昼食を食べてから、遺跡をぐるりと一廻りして帰ろうよ・・・。
そうすれば夕方には、チェンマイに帰れるからね。遺跡も良いものよ・・。』と、言って
電話が切れた。

当日、11時に約束通りの向かえに車がやって来た。日本人同士の約束で1分足りとも
違わない迎えの時間だ。
日本人は、何故こんなに約束時間にキチンと合わせてやって来るのだろうか・・・。
タイ人は、それを見てこんなに正確だと寧ろ気持ち悪く思うかも知れない・・???
タイでは結婚式の時間等、招待状の披露宴時間に1、5時間程遅れて始まる。
何時もそうかと聞くと、何時もそうだと言う。それを見越して適当な時間に来るのが、
タイ人は普通の常識だと言う。

チェンマイを出てから国道108号線を南の方、ハンドンのバンタワーへ行く交差点を
通り過ぎて約10も走ったろうか、国道の左側に面してレストラン兼ホテル。
店名は『ガオ、マイランナー。』と言う。

木々の中に覆われた店でホテルは、レストランの中奥にコテージ風に作られている。
ホテルは、その昔タバコの葉っぱを保管する倉庫で、それを一家一家づつ改造して部屋を
ヨーロッパ式に改良して、壁には緑の蔦の張る洒落た家になっている。
Tさんさん曰く、チェンマイから外れていて静かな隠れ的なホテルで常連客が主だそうだ。

昼食を緑深い中のレストランでタイ食事を取る事にした。ランナー式の古い建家で静か
過ぎる位静かで、緑に包まれた中で落ち着いて食事を取る事が出来た。
久し振りに落ち着いた食事で、たっぷり2時間位掛けての昼食だった。
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(タイレストラン店名『ガオ、マイランナー。』入り口。)
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(国道側の玄関。)

その店を出て国道を5分も走るか左に折れて入ると、そこには村が出て来て村起こしか
村中が遺跡と言う。 普段は、村の遺跡を廻るのに循環バスが走っていると言う。
その日は何故か、バスが走っていなかった。 此処は、タイだもの仕方がない・・・・

小さな遺跡会館が有り村の管理だそうだ。
私達が行った時は会館の電気も消えて誰も人がいなかったが、何処かで見ていたのか
突然電気が付いて案内する人が出て来て此方が驚いた。 国の補助もなく村での管理
だろうか。

案内人の説明で今から1300年前の遺跡あとで、色々と出土されてくるのと広大な遺跡
発掘に力を入れていると言う。 
スコータイ、アユタヤ寄りも、古い遺跡であると案内人は大きく胸を張る。
ミイラも出たり多くの陶器など、色々と今まで出土された物が展示されていた。 
発掘には広大過ぎて予算の関係か、まだまだ時間が掛かかる事だろう。
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(ミャンターカン遺跡。)

今から1300年前となるとタイの歴史の中では古く、チェンライのランナータイ王国はメンライ
王で1281年、チェンマイはそのあとの1296年(約700年前)に首都が
出来、、その中でも最も古いのはスコータイ王朝で1240年タイ統一国家としてタイの国が
出来ている。タイの歴史は、この三大王朝の時代に集中している。

それらよりも、可成り古く661年(この時代が、今から約1300年前。)から、11世紀まで
『ハリプンチャイ王国』が、ランプーンにロッブリー(現在のサルの街。)から、
王女『チャーマ、テーウィー。』が、招かれ長く王国が築かれて続いた時代だ。
そんな時代に、このサンパトーンには大きな砦か街、村でも有っただろうか・・???
古くこの亜熱帯のジャングルの自然な中で、人々はどんな生活が・・何が有っただろうか・・

歴史を振り返ると、そこには大きな夢とロマンと想像をかき立てて、夢が生まれてこんなに
面白く楽しい事はない。

【少しばかり教養講座】 (検索 詳しくは「タイ族」を引いてください。)
★自分の今までの知識に大きな間違いが有り、皆様に話した事に申し訳なくお詫びします。

◎タイ族とは・・・・
自分の大きな間違いは、
タイ族が皆タイ人の祖先と思っていたら・・・・・
タイ族とはタイ語やラーオ語等のタイ諸語(シナ・チベット語族)を母語とする人の事だそうだ
タイ人=タイ族、ラオス人=ラーオ族でないことに注意する必要がある。
タイ族と言った場合、特に指定がない限りラーオ族なども含ませていると言う。

自分の次の間違いは、
ミャンマーにいるタイ族が全てシャン族と同一と思っていたら・・
一部のタイ族グループは、ミャンマー(ビルマ)のシャン州に進出してシャン族と呼ばれる
民族を形成した。
シャン族は、中国のタイ族グループと併せて大タイ族と呼ばれることがある。
シャン族のみがタイヤイ(大きなタイ人。)と思いタイ国内の人達が、その人達に対して
敬意を払い呼ぶのだと思っていたら、そもそもがそんな呼び名をタイ族の一部にする。

タイ族の有るグループは、メコン川北部上流に定住し、クメール族(現在のカンボジア人)の
支配を退け、ラーンナータイ王国をチエンマイに建設した。
彼らはラオ語と似たタイ諸語の方言を話し、独自の文字を持っていたうえ、昔の風習で腹に
入れ墨を入れる事があったため、黒腹ラーオと呼ばれた。
民族的には西北タイ人、あるいはユワン族と呼ばれる。
ラーンナー王国は数百年続いたが、のちにチャクリー王朝(現在のタイ王国)の属国と
なり、後に完全なタイ領となった。
黒腹ラーオはチャクリー王朝の小タイ族とほぼ完全に同化したため、現在は西北タイ人と
呼ばれ、特に区別されない。

外国によりシャム人と呼ばれた人々が、小タイ族である。彼らは、チャオプラヤー川下流で
先住のクメール族(現カンボジア人)を退けて、1257年(タイ仏歴1803年)、スコータイ
王国を建てた。このタイ族のグループは、非タイ系民族からサヤーム(暹、Siam、日本語に
おける「シャム」)と呼ばれた。このスコータイ王国が現タイの基礎である。

◎タイの語源・・・・・
一般にはタイ(Thai、ไทย)という語は「自由」を意味すると説明される。しかしこれは俗説で
あり、中国古代語の「大(dai)」が語源で、dai が訛って、thai(ไท)となったとするのが
現今有力な説である。

「大」という漢字は「大人(たいじん)」という言葉の用法に見えるように「立派な」という意味が
あり、それが転化して「(奴隷でない立派な)自由人」という意味となり、さらに「自由人」という
意味から、タイの語に「人」、「自由」などの意味が生じたと考えられる。実際、昔のタイでは
「あなたはどこのタイですか?」というような用法が非奴隷人民の間で使われていたという。
タイ(自由人)はタートと呼ばれる奴隷と明確に区別された。後にこの語は現在のタイに
普及し、タイ人を表す普遍的な言葉となった。
【教養講座の終わり。】
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-20 18:57
◎この頃と天気・・・。

13日(木)、今日も快晴で夜が明けた。ここ4ー5ヶ日こんな日が続いている。
夜中の冷え込みがきつく、腹掛けに厚手の毛布が欠かせなくなって来た。
朝方、室内温度計見たら22度を指している。真夜中は、何度位になっているだろうか。
もう、昼近くになるが室内で24度と爽やかで気持ちが良い。
昨日のゴルフは、今年始めて腹の回りに汗をかく事なくプレーが出来、プレーヤーには
最高のゴルフ日よりがやって来た。

短期予報を見るとチェンマイは、今週火曜日の夜に雨マークが一つだけ付いている。
昨年は、この季節1ヶ日のみ12月半ばに朝方1時間程、強い雨が降った事を思い出した。
毎年11月初めからは好天が続きが、その日は雨が一時強く降りその記憶が強く残った。
何だかタイも天候異変が起きて、今年も長雨が続き例年道りには行かない様だ。

18日(火)、やや雲が多めで夜が明けた。 朝から照る太陽にも、何だか力がない。
今日は、この頃の朝とは違い何時もの肌を指すような寒い冷え込みを全く感じない。
先日の冷え込みも急だったが、今日の気温上がりも急だ。タイ人の中にもこの温度の落差で
風邪を引いている人が多くなった様だ。 今日の朝方、室内温度で25、5度だった。

◎電線の恐怖、老人に優しい街にして欲しい古都チェンマイ・・・・・

タイに来て、もう5年が過ぎてしまった。
チェンマイに来た当時には、市内の道路を歩いていて日本とタイの環境の違いが多く目に
付き色々と気になったが、最近は生活環境に慣れて不具合を余り感じなくなってしまった。

以前fは何かと街で不具合を感じていて、その中で最近改善されたのが、ラム病院の交差
点の所の病院側の歩道で、今までは歩道の所まで車道に取られてしまい歩道が狭く、
その狭い歩道に、又、植木を植えて益々人が通れなくなり、このやり方は何を考えている
のか判らなかったが、最近歩道の幅を大きく広げる工事が有り、人が楽々と通れる様に
改善され安心して歩ける歩道になりホットした。
他にもまだまだ歩道を歩いて行くと道路の先で車道との高さが余りにも高くなり老人では
下りるに下りられず、又、元に引き返す事になる道路も多い。

道路に掛かる高架橋の横断歩道も数少く、車の道幅も広くて車の走る量も多く道を、横断
する老人は苦労する。
横断歩道に数少なく設置してある信号機も、車を止める設定時間が短か過ぎて困って
しまう。
横断歩道を渡るのに、その時間内が10秒間しかなく走って渡りのにギリギリになる。
誰が、こんな時間に設定したのか・・・多分、若い男性が現場を見ずでの事だろうか・・・
自動車の運転マナーも悪く、車が止まる『赤信号』でも、車が全部止まるとは限らない。

その他に道路で一番大きな不安を感ずるのが、市内の道路に張り巡らされる電線の端末
処理で本通りでもソイ(脇道)に入った所でも、人の歩く道でも良く見かけるのが電線工事を
された後処理で数本出た電線の端末先を絶縁テープで巻付けて、その電線の余った線を
丸めて結び人の歩く所位に吊されている事だ。 
 
これで安全だろうか、こんな処置で大丈夫だろうか、大きな不安と恐怖を感じてしまう。
チェンマイ市内の歩道には、色々な不具合箇所が多過ぎて決して老人には優しい街とは
云えない。
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(市内の至る所に有る電線の危険な端末処理。)

◎飲茶の大好きなタイ人・・・・・

どちらかと云うとタイ料理は、中華系で油を使用した炒め物料理が多い。
タイ人を食事に誘って何が食べたいかと聞くと少し高級にはなるが、タイスキが食べたいと
言う。  タイ人のタイスキは、日本の水炊きと同じとみて良い。
日頃のタイ料理は、油料理が主で水炊きの様なサッパリした物が食べたくなりやや高級
だが、日頃は食べる事もなく余りなくそんな時に食べる。

最近、チェンマイの街の中に多く出来たのが飲茶の店だ。
飲茶も有ったが専門店とは違い、その店の色々な料理の中の飲茶の一品料理として出て
いた。
食文化も生活の豊かさの中から、最近出来てきたのが飲茶専門店で開店する事だ。

タイ人の友人でAさんとSさんのご婦人二人が部屋に遊びに来て、夕食時間になりニマン
ヘミン通り界隈のレストランで食事をしようと云う事になり友人達に何が食べたいかと
聞き近所に有る色々な食事を紹介した中で飲茶が食べたいと言う。

ミマンヘミン通りに此処1ヶ月位前にオープンした飲茶店は、ソイ13番でヒルサイド
コンド2、セブンイレブの向かい側を150M位入った左側の角に有り判りやすい店だ。
店の名前は『香港飲茶。』で店内、屋外と席が両方にある。40名位は座れる小さな店だ。

飲茶の種類は80種類位有り一品が19B(約60円)が主体で39Bの物も幾つか有る。
ビールは色々で大好きな『ビヤ、チャーン』の大瓶が45Bとこんな嬉しい事はない。
二人で行き好きなビールを頼み、少々飲茶を頼み過ぎて腹一杯食べても、金額的にも
お手頃で期待する一店だ。

経営者が若いのか、店内に流れるBGMも洒落た音楽が流れて、お客さんもタイ人の
若い人が割合いに多く日本人も気軽に行ける店だ。
メニューも写真入りで判りやすく、機会が有れば一度行ってみる事をお勧めしたい店だ。
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(『香港飲茶。』)

◎この頃のタイニュース・・・・・・

14―19日にタイ国王姉の葬儀2008/11/14 (03:08)| 主要ニュース 写真ニュース 社会

カラヤニ王女の骨つぼ。金2キロを使用し、総重量2.4キロ。
【タイ】プミポン・タイ国王の姉で今年1月にがんで死去したカラヤニ王女の葬儀が14日から
19日にかけ、バンコクの王宮周辺で行われる。15日が火葬、16日が骨拾いで、納骨は19日。

 14―16日は服喪期間で、タイ政府は期間中、喪服を着用し、半旗を掲げ、祝宴、娯楽イベント
などを慎むよう呼びかけている。

 また、15、16日はバンコクの王宮周辺のラチャダムヌン通り、ラチャニー通り、ジャルーン
クルン通りの一部など34の通りが閉鎖されるほか、22の通りが駐車禁止になる。

 カラヤニ王女は1923年、ロンドン生まれで、弟の故アナンタ前国王、プミポン国王とともに
欧州で長く暮らした。幼い3姉弟の欧州暮らしの写真はタイ国民に広く親しまれている。
王女はタイ帰国後、様々な慈善活動に取り組み、美術、音楽の後援者として知られた。
私生活では2度結婚し、娘が1人いる。

ウルトラマン、タイのテレビに帰ってくる
2008/11/14 (12:58)| 企業 写真ニュース
【タイ】タイのドリーム・エクスプレス社は「ウルトラマンマックス」と「ウルトラマンメビウス」の
タイでのライセンスを円谷プロダクションから取得した。近く地上波と衛星テレビで放送を
始める予定だ。

 ウルトラマンをめぐっては、円谷プロの創業者である故円谷英二氏、息子の故円谷皐氏らと
親交があったタイ人のソムポート氏が、ウルトラマンのデザインはアユタヤ王朝時代の仏像を
もとに自分が考え出したもので、1976年に当時円谷プロの社長だった円谷皐氏とウルトラ
マンシリーズの海外利用権を認めた契約書を交わしたと主張。タイと日本で裁判になり、
今年2月、タイで円谷プロが全面勝訴した。

カラヤニ王女の葬儀が有り、14―16日は服喪期間でゴルフウエァーは黒色のシャツを着てプレーする事に心がけた。
一般市民の街の中では、チラホラと黒の着用も見かけたが浸透性は薄かった。
ロイカトーン(灯籠流し祭り。)と重り、13日までは夜遅くまでコムロイ(空に上げ気球の様な
もの。)と花火を多く上げていたが、それも14日の朝方と共に静かになった。
この期間中タイのTVは、民間も全局共通で葬儀の模様を朝から行事の終了までの全時間
放映した。19日(水)まで葬儀は引き続き行われる。

この記事を読んで始めてウルトラマンが、タイ人のソムポート氏と紛争が有った事を
知った。
タイと日本での裁判で今年2月、タイで円谷プロが全面勝訴したと有ったが、子供の夢の
ウルトラマンに決着が付きタイのTVで放映される事が何より嬉しい。
タイでは『一休さん。』『ドラえもん。』キャラでは『キティーちゃん。』と子供、大人に
大変な人気がありタイ人に一層の親しみを感じている。
それに既にタイでは人気のある『ウルトラマン』が再会されると益々タイの子供達に大きな
夢が出来て大変な日、タイ親善になる。早く放映される事に期待したい。

                                            今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-18 12:16
◎この頃と天気・・・。

●9日(日)、朝から上空は真っ青で、その中に少し白い霞も掛かかるが、その上は青さが
深く何処までも透き通っている。 もう、雨の面影は何処にもない。
今年の雨季明けは今日からだ。室内温度も26度を指している。
短期予報も明日からの一週間、雨マークは昼、夜全て消えてしまった。
明日の月曜日から、外気温が14度となり今日の18度から一辺に4度も下がる。
ゴルフに行く早朝には、この寒さになると半ズボンも限界の様だ。

この空の青さの中に、ドイ、ステープの屋根の赤さが直ぐ近く見える。こんな日は、ドイの
山上から見ると、チェンマイ市街から空港、チェンマイ盆地の内が中が遠くまで良く
見える事だろう。
あと、1ヶ月も過ぎると天気は晴れていても、全体に霞が掛かり地上も霞んで見えにくく
なる。  今日は、それにしても本当に良く乾燥して爽やかな朝を向かえた。
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(青空の中、左の赤い屋根がドイ、ステープ。)

11日(火)、夜中に寒くなり何時なのか判らないが、 長袖のシャツが欲しくなりゴソ
ゴソ探して毛布をかぶり体に温かさが戻り、又、一寝入り出来た。。
朝、起きて室内温度計を見てビックリ、何と温度計が21度を指している。これには2度
ビックリだ。
昨日の夕方、タイ人は皆、長袖のシャツを着ていた。急に温度が下がった。
これだけ急に気温が下がると山岳の人々の内には死ぬ人が出るかも知れない。
今日の朝食事には、何時もの冷えた水から今までになく熱いお茶を出して呑む程だ。

日曜日にセンターン(百貨店)へ買い物に行ったら、チェンマイはこれから冬に向い電化製品
売り場には家庭用温風器が売られており、この様な製品はチェンマイでは今まで見た事も
なく、タイも豊かさと最近の寒さの中からこの様なものも売れていく。
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(11日朝、6時35分。これからのチェンマイは、毎日こんな夜明けだ。)

●日本とタイ、謂われ(指差し)の違い・・・・・・・
7日(金)、夜中まで音を立てて降っていた雨も朝方には上がり、ゴルフのスタート時間には、
青空も出始めて空気も澄んで緑の濃いドイの連山の山頂近くには、綺麗な虹が掛かり虹を
余り見る事もないので思わずキャデイーにも、虹が出ている方を指を指し見る様に言った。

夜、ワラン食堂に行き今日の虹の綺麗だった事を話した。その時に虹に対してキャデイーに
指さして見る様に言った事も話したら、ワランさんがタイではそれは絶対に行けない事と言う。
どの指か差したのかその指は切られてしまうのか、何故か無くなると言う。
他の例では、オナラ(屁)をした人が判っても、その人に絶対指を指しては行けないと言う。
理由は同じ指した指が無くなると言う。
翌日、プーさんに会ったので、その話をしたらタイではそうだと言う。
何故、そんな謂われが有るのかはワランさんもプーさんも判らないと言う。
こんな所にも、日本とタイとは大きな生活信条の違いを感じる。
この謂われの違いが判ったたら、又お知らせします。

◎マーミヤン(タイ食堂ワランさんの娘。)と海貝・・・・・

日本に帰った栄子の帰りを、何時か何時と待ち続けるのはマーミヤンだ。
ワラン食堂に夕飯を食べに行くとスーと寄ってきて栄子の帰る日を時々聞いてくる。
まだ、『当分、帰らない。』と言うとガッカリする。
マーミヤンが栄子の帰りを待つ一つの楽しみの中には、日本から持ってくる栄子の土産に
大きな期待をしいるのだ。
何時もマーミヤンが好む物を、沢山持って来てくれるからだ。。
今回もワランさんにも色々な衣服から、マーパンにはバックや小物品、マーミヤンにも
着る物からお菓子と、顔がほころびておお嬉だ。

そんな土産の中に、マーミヤンが喜ぶかどうか 海で拾った『貝殻』を、持ってきた。
栄子が熊本へ姉妹と旅行をした折に、天草の崎津の海岸で貝殻を10種類位、6ー70個
拾いそれをチェンマイにマーミヤンの土産に持って来たのだ。
その貝殻を袋に入れて余り大きくない貝殻ばかりだが、色はそれぞれ違いなかなか綺麗な
色をした殻ぱかりだ。
マーミヤンが袋を開けて見たら中から『貝殻(プラーク、ホォーイ)だ、貝殻だ・・』と言い
大変な喜び様だ。 貝殻を渡した栄子が、こんなに喜ばれるとは意外の様だった。 
チェンマイは、海から遠く離れていてバンコクからでも約700km内陸に入っている。
内陸の中にある街で、チェンマイに住む人の中には一度も目で海を見た事のない人も多い。
チェンマイでの魚は、川魚が主体で最近冷凍技術と輸送等の発達で海魚が出てきた。
11月から海の水族館が、開園する事になっていたが不具合から最近日延べになった。
チェンマイでは海の情報、ましてや海の物が手にはいる事はこんなに素晴らしい事はない。

子供の知恵で、持っていった貝殻で直ぐに遊びが出来る。
栄子とジャンケンして好きな貝をとる、同じ貝同士を合わせて2個ずつ取っていく遊びを
考えて長い時間遊んでいた。
本当に嬉しいらしく、明日は学校に持って行き友達に見せるとも言っていた。

ワランさんもマーミヤンに良い物をもらい栄子に日本語で『栄子、ありがとう・・』と言った。
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(海の貝殻を見るマーパンとマーミヤン。)

◎この頃のタイニュース・・・・・・

タイ北部最大の建材店が全焼2008/11/ 6 (12:28)| 主要ニュース 写真ニュース 社会

【タイ】タイの地場系ホームセンター、グローバル・ハウスの北部チェンマイ店で6日、火事が
あり、店舗・倉庫が全焼した。同店はタイ北部最大の建材店で、被害額は建物、商品を合わせ
4億―5億バーツに上る見通しという。

 グローバルハウスを展開するサイアム・グローバル・ハウスは1997年創業で、東北部ロイ
エット、東部チョンブリなど7カ所に店舗がある。2007年の売上高は32.2億バーツ

ゾウも大弱り アユタヤで洪水2008/11/ 6 (15:58)| 写真ニュース 社会
【タイ】タイ中部の古都アユタヤのゾウ園が洪水で浸水し、ゾウ約100頭が耐乏生活を
余儀なくされている。ゾウが寝る場所がない上、えさのトウモロコシを植えている畑が水に
浸かり、えさも不足気味。ゾウ園側は、かんがい局の不手際が洪水の原因として、当局の
支援が得られない場合、ゾウを引き連れバンコクに上京し、かんがい局長の辞任を求める
抗議デモを行う方針という。

コンドの窓から南の方を何気なく見たら、黒くて余りにも大きな煙がモクモク上がっている。 
チェンマイは、煙の規制もない様で普段から煙突等から時々煙が出る事も有り、今回の
この煙は異常すぎた。 
掃除の叔母さんに、あれは火事ではないかと日本語で言うが、これは通じない。
叔母さんが『火事だ(ファーィ、マーイ。)、火事だ。』と言う。
火事をタイ語の辞書で引き、その言葉が判る様では今回の様に全焼をしてしまう。

ゴルフ場のキャデイー曰く、タイでは火事の翌日にはそこの店の焼け残りの品物を
大バゲーンするので火事の、次の日は買う客で大混雑すると教えてくれた。
プーさんの家の近くの火事で、プーさん宅に火事の2ヶ日後に訪れ現場を見たが、入口の
壁だけが大きく残りその後の店内の建物は何も無くなってしまっていた。
タイでは、家等で火を使う事も少なく余り火事を見る事もないが、こればかりはもの凄く
大きな火事だった。

今年のチェンマイは、水の心配は全然なかった。
例年、北タイ、東北では洪水が出ているが、チェンマイは対策よろしく安全で良かった。
ところがアユタヤで、こんな洪水が出ているとは毎日のニュースがタイ語では判らず、
この記事で日遅れで判るしだいだ。
古都アユタヤのゾウ園が、こんな状態になっているとは心配な事だ。
アユタヤに観光に行った時には、象乗りもした事も有り早く回復する事を願うばかりだ。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-11 15:43
◎この頃と天気・・・。

6日(木)、朝方に幾らか雨が降った様で道路のコンクリートが濡れている。
朝方の気温は、確かに涼しくなった。今日も室内温度で26度と少し肌寒く感じる。
ゴルフに行くのに、今までは半ズボンで行っているが走るソンテイーでは、寒すぎるので
もう少しすると長ズボンで行く云う事になりそうだ。

短期の天気予想では、今週金曜日は20%の雨マーク、土曜日から雨マークが消えている。
来週の一週間は、全部お天気マークにやや雲が掛かる絵に変り後半には雲マークもない。
いよいよ待望の乾季へ移り変わって行く様だ。
午後4時を過ぎているが、今までの空と少し違いが有る様に見える。
我が家から南を見ると、南に有る連山がワット、スワーンドークの後方に、遥か遠くに薄く
見えている。
昼間の外気温も下がり、肌で何となく何時もと違った気候全体に変化が起きた気がする。
今年はショボショボ雨が、本当に多い年だった。
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(金色の鉛筆の様なのがワット、スワーンドーク。その後に南の山々が薄く見える。)

◎今年もやって来た『ランナー、ジープン(日本祭。)交流祭。』・・・・・

昨年の交流祭で『花笠音頭』を踊って、ターぺー門から三王像までCLL会員約30名位で
練り歩き、そのあとに三王像の櫓の回りで『炭坑節』等3曲を踊り、その情景を写真入りで
このブログに書いたのが昨日の様に思えてくる。今年もその時期が、早やって来た。

今年も11月20日(木)から30日(日)までの11ヶ日間で祭りが行われる。
11月20日の『日本留学フェア』をオーキッドホテルで開催、マニナラコンホテルでは
『中西克江 絵手紙講習会』も行われる。
毎日、日を変えて日本の文化や催し物を色々な場所で会場も変わり開催される。

21日には『北部タイ日本映画祭。』が、チェンマイ大学内で3ヶ日間連続で放映されて、
初日は『父と暮らせば。』と『雨あがる。』で毎日二本づつ色々な映画を見る事が出来る。

タイ人と直に触れ合えるのは25日の『浴衣の着付け』。27日『書道』。28日『茶道』
27日、28日には『時友尚子 絞り、友禅染色ワークショップ。』が、行われる。

29日(土)、タイ人が日本の歌を日本語で歌う『第2回日本語カラオケ、コンテスト。』が、
ファーイースタン大学内で開催され、昨年の優勝者と3位までが招待されて歌う。
その中に、昨年2位になったセキサンも歌う事になる。
今年もタイ人の参加者は50名位になる様だ。

30日(日)、『ランナー、ジープン交流祭』も、最終日になりターぺー門から三王像までの
約1KMを、夕方4時にターぺー門を出発して『花笠音頭』を踊り、今年は約50名でサンデー
マーケットが催しされている本通りを練り歩き、夜7時頃からは三王像で盆踊り
『東京音頭、炭坑節等。』を、櫓の回りで数回踊り夜中9時頃に祭りの最後を向かえる。

皆様にも是非『ランナー、ジープン交流祭』を、この機会に見て頂きたく思う。
チェンマイの日本人が、タイ社会の中に上手く溶け込んで楽しく生活している事を、この一連
の開催で見る事が出来きる。

◎子供も大人も皆楽しみな『屋台フエシュバル』・・・・・・

夜中の12時近くになっているが、何時もと違った大音響が何処から聞こえてくる。
窓を開け何処が音を出しているかと裏の広場を見ると、電気が綺麗に何本も列んで点いて
いる。 そこから出ている事は直ぐに判った。
先日から、広場で多くの青屋根の小屋を沢山作っていたが、これらは屋台群だった。
既に余興用に、この場所には大舞台が作られており、そこでバンドが大音響で演奏する。
そこが開催中毎日、大音の出る原因を作り出す。

ニマンヘミン通りの本通りに多くの大きなのぼりが立っていたが、文字が読めないので何の
のぼりかは判らない。 
『屋台フエシュバル』が、その日から開催されるのだと夜の突然の大音響と共に、今まで
本通りに多くののぼりが立っていたのが判る次第だ。
場所は、ニマンヘミン通り半ばから約150M位奥に入ると大広場が有り毎年、この時期に
この場所で開催される。 
この時期は、雨季が明けるので毎年この期間の開催だが、今年は雨の心配ばかりの
毎日だ。

10月31日から11月8日までの9ヶ日間の開催だ。昨年までは6ー7ヶ日間だったが
今年は9ヶ日間と長い。 それだけ毎夜、この大騒音に悩まされる事になる。
屋台の出店数も、以前からすると少なくなった気がする。全体の面積も小さくなった。
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(移動観覧車も回転木馬もある『屋台フエシュバル』。)

ここには以前、日本にも有った移動遊園地も作られて観覧車や回転木馬や、子供達が
喜ぶ物も沢山用意され、親も子供も食事をしてからも楽しむ事が出来る。
屋台も100軒以上は出ていて、北タイ料理の代表は全部出ている。

5年前最初にここに来た頃は、屋台と云う事で清潔感や全てに抵抗が有ったが、今はタイ慣れたしたのか何の抵抗もなく全部を口に出来き、今までに腹を壊した事は一度もない。
『屋台フエシュバル』だが、食事だけではなく日常生活品の物、衣料品と様々な物を売って
いる。
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(夜中12時まで元気な屋台。)

前にも書いたが、夜の喧しさと音の原因は毎日バンドと歌手が入れ替わり舞台で歌やら
演奏を夜中の12時まで大きなボルュームで流している。タイは音に対して寛大過ぎる様だ。

今年の舞台の最大の催しは『レデイーボーイ、コンテスト』が、行われる事だ。
それに友達の弟が出ると云う事で興味と力が入る。
ワランさんの従業員や友達家族と皆で一緒に早くから出かけて行き最前列に席を取った。
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(レデイーボーイ、コンテスト風景。約50のレデイーボーイ名が参加、皆、綺麗だ。)

皆、綺麗過ぎる程きれいだ。友達の弟も綺麗だが、女性よりも綺麗と思う人が多すぎる。
流石に『レデイーボーイ、コンテスト』だけに、選りすぐれた人ばかりが多く集まっている。
出場している人達は、プロと思われる人が多い様に思えた。
チェンマイにも『レデイーボーイ専門のサイモンショー。』が有ったが、最近潰れてしまった。
その人達はお酒を飲む店へ分散して行った様で、そんな店からも出場しているかも
知れない。
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(友達の弟で素晴らしく綺麗な人。向かって一番左の人が弟。)

全部で約50名位の出場者で、一人一人自己紹介やコンテストの手順で進むので時間も
掛かり、全ての結果が出るのには夜中11時も過ぎてしまう様だ。
此方が、もう眠くてなってしまい結果を待たずに帰る事にした。 
その後の事は、まだ聞いていない。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-06 20:20
◎この頃と天気・・・。

●2日(日)、以前からすると気温も2度程下がり今日も朝方の室内気温で27度と下がっては
いるものの、少々蒸し暑さを感じて不快感が有る。

何時になったろうか、何時までも外は暗く雲がドイの山裾まで垂れ込めている。
短期予報で今日は曇り時々晴れ、それなのに小雨がシトシト降っている。
今週も一週間、降水確率が毎日2ー30%と出ている。水曜日だけが一日曇りやや晴れだ。
こんな日には、何故か外で鳥の鳴く声が何種類もよく聞こえてくる。
それが、気持を落ち着かせてくれる。

●先日から毎年行われている『屋台フエッシュバル』がニマンヘミン通りから200M位入った
広場で始まった。 この頃は少し規模が小さくなったが、それでも出店数は100軒も出て
いるだろうか、今晩はワラン家族と一緒に行く約束が出来ている。
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(2日(日)、朝8時15分ドイの山裾まで雲垂れる朝。手前の青い小さな屋根が屋台群。)

◎ニマンヘミン通り日本料理『大吉』のあとは、洋菓子店の『モンブラン』・・・・・

ニマンヘミン通りは、旧市街地西方面の郊外を走る道路で約1KM先にアマリリンカム
ホテルが有り、その交差点から南方面に走る道路でその先は三叉路でステープ通りに突き
当り、その間の北から南へ走る長さ約2KMの道路だ。
ニマンヘミン通りの繁華街はアマリンホテルから約1,5KMの間で、その先の南方面の
両側500M位の所には、西側にチェンマイ大学の農学部の広大な畑と美術館が有り、
東側の道路には同校のグランドとコンペションセンターが道路に面して有る。

ニマンヘミン通りも本通りとソイ(脇へ入る中道。)の中道50M位まで入る両側を含めて
此処半年位前から、又、街が大きな変化を見せ始めた。
タイ全土の中で一番元気な地域はニマンヘミン通り言われて、もう3ー4年が経った。
3年位前から、街の中の全店に近くが改装や新築して街が新しくなり通りが大きく変わった。
それが半年1年位前から、その店々が改装や新築と再び手を入れ始めている。

3ー4年前に新しく新築した物を此処1ー2年で、又、壊したり改造したりしている。
始めた時の経営者から次の経営者に変わり店を全面的にやり直したり、営業を始めて
店の使い勝手が悪く改造したり、店の見栄えをもう一度良くする為に店先の外観を全部
やり直したり、新改装の内容はその店々でさまざまの様だ。
この経過の早さで新築改造するには、どうしたものかと目を疑ってしまう。

それらの店々を見ていると、無計画から来る事態の多さを感じてしまう。
大型チェーン店の店にはそれなりに客が入り、出店後も店の改装もなくそのままで運営
されている。
大型チェーン店は、それなりの市場調査もされて経営計画に基づき、現在のところは推進
されている。  大型チェーン店も近所に同業が数軒集まり大激戦だ。
家の軒先を店に改装したり、個人投資で個人的な思い付き(シロトの出店。)の出店では
大変難しいがマイペンライ、マイペンライ・・・・・

日本人の中にも日本で商売していて此方でもやろうとして、この界隈に始めて出店して
失敗された方もおられる様だ。
タイ人の従業員に対して日本式の仕事振りを全面に取り入れる。日本式を取り入れれば
成功すると日本人は思うが・・・・その気持も良く判る。
日本式が出来ないからとタイ人を叱り、全従業員からボイコットを受けてしまい店が廻らなく
なってしまう事も有る。
タイの文化、宗教、教育、種族、生活習慣、タイと日本の常識ではことごとく違い、どれ一つ
取っても日本人には判らない事ばかりだ。
日本は民族、宗教、教育が同一に近いが、それでも人と人との関係が一番難しいのに、
タイの人達とi日本人が仕事として接する事になるとこれは難しい。
タイ人でもタイ人同士の中で、上記の幾つか全く理解出来ず大変難しいと言う。

タイと云う異国での日本式の全面導入は難しく、当初はタイの従業員に日本流擬きで考えて
ゆっくりと指導していく事が望ましいと思われる。
日本式で当初から店が運営出来れば最高だが、国民性の違いから意気なりは大変難しい
様だ。 ●『大吉』の店移転の理由とは違うので・・・

『大吉』のあとに出来たのは『モンブラン』と云う洋菓子店がオープンした。
建家は同じだが中を大改造をして、外面の大ガラスはそのまま利用して外から店内が良く
見え、これこそ洋菓子店に全体が合っている。
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(洋菓子店『モンブラン』。 旧『大吉』を改装。)

店長も日本の日本語学校を卒業して、それを店内に表示して上手くPRで活用している。
洋菓子作りも日本で習い日本の店との提携関係も表示して、この辺は上手い運営の
仕方だ。
『モンブラン』と云う名前の洋菓子店は、日本には大型店が多く有り日本人にも人気が高く
ケーキ店には良く好まれる店の名前を付けている。
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(『モンブラン』の店内。)

全面ガラス張りで店内も明るく清潔感があり洋菓子店に合っている。
1Fのフロァーには、客席も有りそこで食べる事も出来る。ケーキも一品60ー80Bで
30種類位は有るようだ。 特に、20Bのシュークリームはお勧めできる一品だ。
アイスクリームケースも置いてあり10種類位は有る。
クッキーも他種類有り、客はタイ人が多く持ち帰りのケースが多いようだ。
飲み物も何種類かのコーヒー、色々なジュースも置いてあり明るい店内で呑むのも良い。

タイも経済成長が順調で、こうしたケーキ屋がチェンマイの中にも多く出来てきている。
ケーキを一品取り飲み物一杯取れば有に100Bを超してしまうものだ。
若い女学生から社会人までが店内で食べたり持ち帰りをする。
一般庶民が食べる一回の食事代は一食30B前後、この100Bを有に超す金額は大きな
生活ウェィトを占る物で、それを遊び菓子として食べる事が出来るのは、近年タイの豊かさの
現れだ。

栄子達もマバーンの最後の送別会を『モンブラン』でやる事をマーミヤンと約束している。
『モンブラン』も末永く元気に繁盛して欲しいものだ。

◎この頃のタイニュース・・・・・・

泥水で魚見えず チェンマイ水族館、開館翌日に閉館2008/10/27 (18:06)| 写真ニュース 社会

チェンマイ・ズー・アクアリウムを視察したソムチャーイ首相
【タイ】26日にソムチャーイ首相を招き開館式を行ったチェンマイ動物園付属水族館
「チェンマイ・ズー・アクアリウム」が27日、浄水システムと券売機の故障で閉館に追い
込まれた。開館は2週間後になる見通しという。タイ国営通信社タイ・ニューズ・エージェン
シー(TNA)が報じた。

 浄水システムに砂が入り込んだため水槽内の水が泥色になり、目玉である全長133
メートルの水底トンネルから魚がほとんど見えない状況になった。

 同水族館は6億バーツを投じ建設され、8000種類の淡水・海水生物を展示。入場者
月100万人を目指している。

チェンマイ水族館は11月1日にオープンする事でチェンマイの日本人の中でも話題に
なっている。その話題の中味は値段が主なものだ。
水族館、そのものを日本人は見慣れていて差ほどの興味はない。チェンマイのタイ人の
中には、海そのものを見た事がない人が多い。海の魚を、自分の目で見る事は大変な
興味だ。

値段が外国人大人450B(タイ人250B)、子供350B(タイ人180B)。
69歳以上ー3歳までは無料だそうだ。 どの人達が対象になっているかは判らない。
この値段では、外国人も旅行のパックに組み込まれた人は見に行く事が有るだろうが、
地元の日本人ロングステイャーは、まずこの値段では見に行く人は少ないだろう。

タイ人でもこの値段を出して見に行く人がどれ位いるだろう。この値段を出せる人は
裕福層でないと出せる金額ではない。
月の入場者を100万人を目指していると有るが、この数字は何処から出たのだろうか。
タイ人が親子3人で行くと入場料だけで680Bが掛かる。その他に諸々の経費がいる。
タイ人で、この値段を出して見に行く人がどれ位いるだろうか。
この金額を出せる人は裕福層でないと出せる金額ではない。
毎日、稼ぐ日当が一人当たり一日200B位で、その金額すら稼げる人が少ない社会だ。

時の首相が、開館式に来るのにこの事態だ。設備設置後に何度も繰り返し稼働させて
水質確認をする作業はどうしたのだろうか。
水族館の一番大事な海魚が生きる為には、澄んだ水質の良い海水が必ずいる事が
置き去りにされてしまっている。 
水族館に必要な肝心な目的が良く判らず、建家など外見が上手く出来ている事ばかり
気にしてこんな事が起きてしまったのだろうか。
此処には良くある事で、目的が何であるかが良く判らず外見だけで出来た物が多く有り、
その悪い例が此処にも出てしまった様だ。

水族館は、魚が長生き出来る維持管理をする事が一番難しいものと聞く。
日本の水族館も維持管理に一番苦労して、補充用に他の水槽に予備魚を何種類も飼って
いると聞く。
この水族館も入場料と今後の維持管理を、もう一度見直してもらいたいものだ。
末永くこの水族館が、チェンマイの人達に愛されるものになる事を心から祈りたい。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-11-02 11:26