定年後のライフスタイル


by dbeiko
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<   2008年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

◎この頃と天気・・・。
30日(水)、目が覚めたベットで今日は、蒸し暑さを感ずる。 外はまだ薄暗い。
何時もの様に窓を開けに入る。遠くに北の山々が見え東の山並みも霞なしに良く見える
雲は、空高く一面に敷き詰めた様に広がっているが、遠くまで見通す事が出来る。
雲間から2ー3ヶ所、わずかな隙間から明るく差す日も見えて、この雲がなければ、もう
随分と明るくなっているだろう。
こんな日は、ドイ、ステープも見え過ぎる位に見えて真っ黒な山肌に明るくライトアップ
されて、其処だけがやけに光っている。
午前中位は雨も降らないと思うが、昨日は一滴の雨も降らなかった。

◎長ズボン、Tシャツの修理(チェンマイの独身生活。)・・・。

栄子が日本に帰ってから、もう、どれ位経ったのか、いや、自分も一緒に日本に帰った
のだ。
今日の朝、フッーとそんな事を思いイヨイヨ老人ボケが始まったのか・・・。

チェンマイは、余りにも一年を通じて季節感の変化がなさ過ぎる。
もの凄く暑い時期か、その暑さが少し柔らいた時には雨を連れてくる。
その雨も降ったり降らなかったりで季節感のハッキリした区切りもなく、対々日日の
経つ事も忘れてしまう。

チェンマイにロングステイーをして毎日が同じ様な日々で、それも遊びばかりの繰返しが
続くと、曜日や日日も今日は何時だったかも対忘れてしまう。 
チェンマイでは、そんなノンビリした暮らしが続く。

栄子がチェンマイを経ってから、もう一ヶ月半以上が過ぎた。
毎日、少し主婦を兼ねた生活がチェンマイで続き、勿論、たまには掃除もするが洗濯もする。
少し調子の悪い洗濯機を使いゴルフが終わってから部屋に帰ると、汗くさいポロシャツやら
短パン、毎日着ているTシャッを直ぐに洗濯機に放り込みスイッチを入れる。

栄子の指示通り一回目は水洗いをして、二回目に洗剤を入れて廻す。3回目に又水洗いを
して洗濯が終わる。
貴方の物は、確っかり洗わないと臭いが取れないからね・・と、おまけが付いてくる。
随分と洗濯には時間が掛かるが、優等生はその言葉通りの洗濯をして干しあげている。

干し上がった物を3つに分ける。1つは短パン、長ズボン。2つ目はTシャツと襟付きの
シャツ。3つ目は下着、靴下ばかりを集めて、一つ目二つ目は掃除の叔母さんのアイロン
掛けに廻す。

3つ目は、栄子の指示が入る。
一つ一つ良く見て破れているか必ず確かめてからたたみ整理タンスに入れる時には、
絶対に忘れてはいけない事は、たたんでからね・・と、繰り返す。
私(栄子。)もお婆ちゃん(母親。)に、厳しく良く言われたからね・・・と、くる。
お婆ちゃんの躾は、末代まで永遠に続く事だろう。

洗濯物をたたみながら良く見ると、長ズボンのヒザの所が横に破れかかっていて、これは
もうはけない。 
タイは気候からくるものか、綿の物は何故か布地が弱くなる気がする。
ヒザの所でカットして短パンに修正すれば、又、この世の為になる。

Tシャッもかがりの糸が解れている。このTシャッは、ナイトバザールで買ったもので
中国製で、只、縫製が粗悪で首口と下の裾のかがり糸が解れて、布が下に垂れている。

ミマンヘミン通りのソイ7を30M位入った所に縫製屋が有る。
コンクリート壁が有り其処に最近店の前に看板を立てたが、タイ語の看板では日本人には
判らない。 壁の中の奥ばった所に、ミシンが数台並んでいるので入り口が開いていれば
そこからでも直ぐに判る。
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(ミマンヘミン通りのソイを入った縫製屋。)

もう、5年も前から、修理品が出ると其処へ持っていき修理をしてもらっていたが、この頃は、
値段も随分と上がった。
5年前は日本人の客は殆ど出入りがなく、この頃は日本人の女性客が多く出入りする。

栄子もそうだがワロロット市場で自分の好みの生地を買って来て、この縫製屋にデザイン
指定して作る。
チェンマイでの服作りは、縫製費が安いの此処で作る人も随分と増えたが、日本人も賢く
この頃は縫製の上手さと値段で縫製屋を選ぶ様になってきている。
日本人の女性間の情報は早く伝わり、その情報で右左と動くので店側も対応に注意がいる。
最近の栄子は、情報を得て此処ではなくターぺー門の近くに有る縫製屋に出す。

5年前には、これ位の修理で有ればお金を取ったり取らなかったりでお金を取らなかったり
した時には、あとで果物を買って持っていくと云う、何か心の通いが有った気がする。
その時に相手に暇有れば、タイ語と日本語のにわか勉強会も始まったが、今はそれもない。

この縫製屋は山岳民族の出で、店の中には店主の若い頃の大判写真が所狭しと貼てある。
若い頃は、色白のなかなかの肉感的な美人だった。美人コンテストでも出たのかな・・・。
今も少しはその面影も有るが、その差が大き過ぎるのでので写真を幾らかは外して欲しい
ものだがマイペンライ、マイペンライ・・・・。
修理費2枚で100Bと言われた時には、やっぱりチェンマイも可成りのペースで物価か
上がっている事を実感した。
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(長ズボンを短パンに、Tシャッのかがり縫い。修理2枚。)

◎この頃のタイニュース・・・。

首長カレン族の失そう相次ぐ 観光地で見せ物に?
2008/7/14 (10:07)| 主要ニュース 写真ニュース 社会

【タイ】タイ北部メーホンソン県の警察に10日、首長カレン族(パドン族)の36歳と31歳の
女性が行方不明になったとそれぞれの家族から届け出があった。2人はともに3日から
行方がわからなくなっているという。同県では最近、パドン族の子供や女性が失踪(そう)
する事件が相次いでおり、これまでに11人が行方不明になっている。

 タイ警察は、韓国人が関与しているグループが、タイ東部のリゾート、パタヤなどの
観光地で見せ物にするためだまして連れ去った可能性があるとの情報を入手、移動の
経由地となるチェンマイの検問を強化するとともに、パタヤでも捜査を進めている。

随分と前にメーホンソンに一泊旅行をした時に首長カレン族(パドン族)の部落を訪れた
事を思い出した。
その部落が、この事件と関係が有るかどうかは判らない。その部落もやっぱり観光の一部に
なって折り、その部落には首長族と耳長族が部落の中に上と下に集団を作り共存したもの
だった。

村の入り口で入場料を支払い、その値段が幾らだったかも、もう忘れてしまった。
部落に行くのに山道を歩いて登り其処に両族の部落が有った。
その部落には多軒数が住み、敷地作りに石垣を段々畑の様にして平らを作り、其処に家を
長屋の様にして建て住んでいた。
此処に何故首長族と耳長族が一緒に居るかも判らない。

首長族は余りにも有名だが、耳長族は可愛そうだが付け足しの様になっていた。
耳タブに穴を開けて其処に大き過ぎる円形を通し、これも長年掛からないと出来ないが
それでも首長族の人気にはかなわず、こんな事件も起きる。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-31 16:11
◎この頃と天気・・・。

26日(土)、この頃は、目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。まだ、朝4時30分前だ。
目覚ましが鳴る前にスイッチを切り洗面に掛かる。
スイッチを切るのを忘れると突然なり出し、先日などはシャワーの途中で鳴り慌てて切りに
行き水に濡れた素足で床に滑り転けてしまった。 老人は、こんな時に大怪我をする。
目が覚めたら、飛び起きれるのは元気な証拠だ。

今日は珍しく東の空が、何時もと違いやけに明るい。
雲が何時もより随分と少なく大きな雲の切れ間もあり、そこから久し振りに朝日が照り
だしている。 毎日、曇り空の朝明けでウンザリ気味の、今日この頃にこんな日は嬉しい。
カメラを持ち出して何でもない景色だが、ついパチリと撮って仕舞う。
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(26日の朝、久し振りに目にする朝日が美しい。)

午前中はその雲間から、太陽が照り付けて直接当たると暑すぎる感じがする。
多分、この時期の日差しは、紫外線が夏季の時より強く一年の内でもっとも強くなる時期
ではないだろうか。 そんな気がする。
ゴルフプレーで皆の顔や腕が、何時もより日差しの強いのか随分と赤くなる。

午後も何時もよりは雲も少なかったが、亜熱帯特有のスコールが来て強い一雨が来た。
それも30分も降ったか、直ぐに晴れ間の有る日に戻り夕方を向かえた。 涼しい夜だ。

◎突然、変身が起きるニマンヘミン通り・・・。

あの『大吉』が、突然室内の改装工事を始めた。何となく中途半端な店で、ビリーとした物が
ない店だ。
外装が明るい日本料理店で外見的には目立つが、日本人でもこの料理店にはリピーター
にはならない。 今から室内の改装でもして、改めて出直しをするかと思っていた。
ニマンヘミン通りでは、良く目立つ店で以前には高貴な方の目に留まり、一度食事に見えた
とも聞いている。

その内に2Fから大きな垂れ幕が下がった。それには、ケーキの絵が書かれている。
何だ、『大吉』の店内改装ではなく、次のケーキ屋になるPR用の大垂れ幕だった。
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(垂れ幕が掛かった『大吉』の内装工事。)

あれだけ昼夜、客が入っていなかったのでそれも判る気がする。
店構えが良過ぎるので客は一度は来るが、それだけの価値の有る料理も出て来ないと、
客は絶対にリピーターとして再び来ない。
店構えが良ければ良い程に、ギャップが大き過ぎて客足は遠のいて退いて行く。

ニマンヘミン通りには、数年前に全く大きな街の変化が有ったが、今は次の変化が出始
めた所だ。
昔から有ったセブンイレブンの横の高級タイ料理店が、少し前から店を閉めてそのままの
状態で放って有ったが少し前から工事を始めた。
これも高級タイ料理店の、店舗改装かと思ったら全く違っていた。

そのタイ店にもチェンマイに来た当時は、三ヶ日に空けずに良く食事に行ったものだ。
それが、そのあとにメッキリ客足が少なくなった。
これも古い店に良く起こりがちな、今までの満身からきているもので、これだけ廻りに
新しい店がドンドン出来てくると、それらの新しい店には、皆、特徴を持っての出店た。
古くから有る店も古い良さを残しながら、新しい独自の魅力を作りつつ客が喜ぶ店を運営
して行かないと、流れから置き去りにされる。 この店は、その悪さが出しまった。

チェンマイも昔、日本にも起きたコーヒー店の乱立。
その昔日本もコーヒーブームが置き、時期は高度成長期前で生活にゆとりが出来、それが
コーヒー店へと大衆が動いた。
今のタイにそれが起きている。
次ぎに日本で起きたのが、美容院ブームで竹の子の様に美容院が出来はじめた。 
女性の美への感心、それも国が豊かになった見返りが女性の身飾りに気が行く様に、
何故か美へのブームなになって行った。
チェンマイにもその美容院ブームが、今起きている。
ヘミン通りには素晴らしい美容院が何軒も出来てきている。これも又古い店には大変だ。
その一軒が、この美容院た。
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(写真左がセブン、その横にタイ料理店から新しい美容院が出来た。)

時代は、経済の延びと共に個人生活も大きく変化させ、次々に新しいブームを作りながら
個人の心の豊かさも大きく替えていく。 そんな街、それがニマンヘミン通りだ。

◎この頃のタイニュース・・・。

省エネで商機? タイで電動二輪車2008/7/15 (18:05)| 企業 写真ニュース
【タイ】タイの民間会社トーヨートロンが14日、電動二輪車を発売した。3タイプで販売価格は
3万5000―5万9000バーツ、最高時速50―60キロ、走行距離60―80キロ。バンコク
東郊のサムットプラカン県の工場で組み立て、月販500台を目指す。
発表会にはプーンピロム・エネルギー相も出席した。
 
 トーヨートロンの電動二輪車は外国メーカーのライセンス生産だが、社名は明らかにして
いない。モーターは日本製という。

 タイでは石油価格の高騰で自動車燃料をエタノール混合燃料や天然ガスなどに切り
替える動きが加速している。電動二輪車の販売も中国製を中心に伸びている。

タイでもガソリンが高騰している。
日本の生活費の中のリッター当たりのガソリン代と、タイの中のガソリン代が占める割合と
なると、タイの方が大きな比重を占める。
日本の最近はリッター当たり180円、タイは130円(B=3円)の価格だ。全体の物価の
中で占めるウエイトは日本より大変大きいものが有る。日本と同じ様に此処半年で随分と
値上がった。
日本では、一般の人達が車の運転を控えるが多くなってきていると聞くが、タイではどうも
そんな傾向は全くない様な気がする。
今までにも車に乗れる様な人達は、ある程度の富裕層に入る人達でガソリン代の高騰で、
その人達は車に乗る事を控える様な事はない。

そうは云うものの、このガソリン代の高騰が何処まで続くのか富裕層と言えども気に
なる事だ。 
代替え燃料には、切り替えながら車に乗るのを控える事はない。
そんな中で、電動二輪車を組み付けだけでも、タイ国内で完成車を作る事になる。
中国からの輸入車に大きな刺激が出来るのと、地球温暖化防止えの一手にもなる。
タイの単車の多さ、チェンマイも可成りの台数の単車が生活必需品として活躍している。
これらが電動単車に数多く切り替われば、温暖化には大きな世界貢献になる。
                今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-27 22:35
◎この頃と天気・・・。

●7月18日(金)、ランナーゴルフに行くのに、今は皆でソンテイーに乗り合わせて行く。
短期ステイヤーの方々も多く毎朝7ー8人は、乗り合わせる事になる。
今日も朝6時前にコンドの下におりた。朝、窓を開けた時には、雲が随分と多く雨が降るかと
思っていたら、コンドを出た直後に霧雨に近い雨が降り出した。

最近になく朝から雨だ。乗り合わせの短期ステイヤーの方からチェンマイに来て始めての
朝雨でチェンマイも朝から雨が降る事があるのだと言っておられた。
その雨もゴルフのスタート前には上がり、午前中は曇りのままで終わり涼しかった。
午後になっても曇り空は続いているが、北風がそよそよと吹き室内温度も余り上がらず
29度と涼しかった。

●19日(土)今日も朝6時、小雨がぱらついている。そんな雨も30分もしたら止んだ。
20日(日)、今日でもう三日続きの朝からの雨降りだ。
今日は日曜日で、ゴルフもないのに何時もの様に4時30分頃には目が覚めてしまい、
目が覚めたら直ぐにベットからは飛び起きてしまう事にしている。。

朝5時頃には、毎朝全窓を解放する。
今日も、又、雨降りだ。風がないので全窓を開けながら西側に有るドイ連山を見たら、
ドイ、ステープの灯火が暗闇の中で見え隠れする。
ドイ、ステープは、夕方から朝方まで一晩中毎日光々とライトアップされている。
山間を流れる雲が薄くなったり濃くなったり、そのはずみで灯火が見え隠れしているのだ。
明るさも薄いドイ連山の山中で起きた、この幻想的な風景を暫くの間見続けていた。

その雨も7時頃には止んだものの、空一面に雲が張り出して時々黒い雲も流れてくる。
午後には、晴れてくるかも知れないが蒸し暑くて仕方がない。室内温度は29度だ。

◎短期ステイヤーに評判の『コンドうどん』・・・・・。

この頃、評判で時々短期ステイャー方々が、タイ店のワランさんの所へ訪れる。
誰かの言い伝えを聞いてニマンヘミン通りソイ8まで来たが、ワラン店が判らずワラン店の
前を行ったり来たりする日本人に、ニンプさんが店から出て行き『コンドうどん』を、探して
おられますかと、声を掛けに行く事があるそうだ。

大衆タイ食堂には、店名が付いていない所が多い。どうしてなのかは判らない。
日本では、どんな小さな食堂にも店名が有り必ず名前を付ける。
昔から日本は『のれん』と言われる物が有り、それには店名などを書き込み大切にした事
から、必ず店名を付けたのではないだろうか。
タイ食堂には『のれん』等はなく店名もないが、タイに有る日本食堂(料理店。)には
『のれん』も有り店名も必ず付いている。

『コンドうどん』は、米粉で出来た細麺でタイ語では『センレック、ナーム(細麺の汁付き。)』と、
言う。 タイ食堂では、この名前で判る。あとは其処に入れる具を選ぶ。
具は、豚(ムゥー)鶏(ガイ)海老(クゥン)の3種類から入れる物を指定する。
具の豚(ムゥー)鶏(ガイ)の値段は変わらないが海老(クゥン)は高くなる。

タイの米麺は、3種類に分けられて①太麺(センヤイ)②細麺(センレック)③極細麺
(センミー)。ナームはお汁(スープ。)の事で、汁のない物ものもその麺を使い別の料理
方法で焼きそば風の物やあんかけにする様な料理もありメニューの名前の呼び方も変わる。

『コンドうどん』は『センレック、ナーム(細麺の汁付き。)』に、卵が一粒入ってくる。
マイ、カイ(卵なし。)と、言うと卵は入れない。 具を頼む時に指示すれば良い。
熱い麺汁に卵が入ると麺も汁も円やかになり美味しくなる。それに酢を少々多めに入れて
かき混ぜる事にしている。 
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(『コンドうどん』は、卵が入る。麺20B、卵5B、ご飯5B。(計30B 約90円。)

酢はタイ料理全部に入れる事にしている。料理をするのに油を多く使うので、酢でその油を
中和させるのが目的だ。
食べ慣れると、それはそれで美味しいもので、タイ料理には酢を入れる事をお勧めしたい。

ワラン店には、日本語メニューが有るが、約5年前に自作で作ったものだ。
最初にワラン店に入った時に、どの様にタイ料理を注文すれば良いのか判らず、人の
食べている物を指さして頼んだ。 
出てきたタイ料理は、唐辛子が辛く香草も強くて3分1位食べるのがやっとの事で食事の
途中に、ワランさんに辛くて食べれないし香草も多過ぎると訴えた。
ワランさんもそれを見てニコニコ笑うだけで、タイ語が出来ない為に話も出来ずに終わる。

食後の後に自分の食べた料理を【短冊】に料理の具と調理方法を日本語で書きワランさんに
正式名をタイ語で【短冊】の裏面に書いてもらう。タイ発音を其処へカタカナで書く。
そんな事を毎日、ワランさんは忙しいのに嫌な顔をひとつせずに前を向いて対応してくれた。
ワランさんのそんな気質が好きで、もう約5年の付き合いになる。

そんなワランさんに何かして上げたい。 ワラン食堂に日本語メニューが有ればと思う。
タイ語で書いて有るメニューの全品3回転食べて、具と料理方法を自分なりに書き上げる。
それを日本文字でパソコンに打ち込みコピーしてから一品一品切り取り、タイ語メニューの
下に日本語を張り込む事で一枚で両面のメニューが出来上がり、コピー屋でメニユーを
ラミネートして出来上がった。

タイ料理の味もワランさんが、食べやすく美味しいと言われる味付けに段々と変えていき
その味で日本人、ファラン(西欧人)に味付けして出す様になり、今はファランの客が
この様なタイ食堂では珍しく大変多く食べに来る。 本来のタイ、タイ味とは違い薄味だ。

◎マバーンとマーミヤンとの約束で『シャングリラホテル』での夕食・・・・・。

マバーンがこの連休(17日ー20日)で、バンコクの大学へ5月に行ってから始めて
チェンマイに帰ってくる事になった。
先回、マバーンのバンコクの大学の合格祝いにワラン家族と私達で『シャングリラホテル』
での、夕食会をした。
その時にマバーンとマーミヤンが、本当に喜び連れて行った私達も此処でやって
良かったと嬉しかった。 二人共、こんなホテルでの食事の経験は始めての事だろう。
こんな時は、マーミヤンも女の子で綺麗に着飾って行きたくおそらく自分の部屋では、
ワランさんに何度もこれで良いかと聞き返しながら着る物も決めた事だろうと想像する。

機会があって先日、ワラン家族と一緒に夕飯を食べに行く時、タイ時間でコンドのロビーで
30分位待たされる事が有った。
今回も待たされると思い定時にエレベターでロビーに着きドァーが開いたら目の前に
もう4名共揃っている。 皆の顔と顔が会い、大変な笑顔になった。

『シャングリラホテル』は、ナイトバザールの南の外れに大きな交差点が有る。
この交差点を南の方に約500M位行った所の左側に有る。白い塀がありそれが途切れた
所から左に入ると地下に駐車場がある。 玄関には、4頭の白い象が並んで立っている。

夕方6時からオープンで6時45分位に着いたが、まだ、客足も少なく席も空いていた。
先回と同じ所が空いていて其処に5名が座り、さて食事となる。
バイキング式で寿司有りタイ料理有り中華料理と銘々が好きな物が食べれて、大人、
子供共これが良い。
マバーンが少し大人の女性になってきたか、先回より食が大分細くなっている。
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(ワランさんと二人の娘『シャングリラホテル』のレストラン。)

今回一番嬉しそうだったのが、ワランさんではないだろうか。
自分の娘が巣立って行きこうしてバンコクから始めての帰郷だ。
母親は此処数ヶ月娘と離れただけだが、この娘を見て親は大きく成長したと思う事だろう。
姉妹で食事をしながら話し合い二人で一緒に、次の物を取りに行く。
ワランさんとも何を話しているのか、ワランさんも娘と3人で声を上げる程に笑い転けて
話し合っている。 ワランさんも、この食事会では大きな幸せを感じている事だろう。
タイだろうが日本だろうが、母親と娘の親子の絆、愛情には何の違いもない。

以前からすると、この食事も随分値段が高くなった気がする。その為か以前は満席に
近かったが、今回は3分1位しか客も入っていない。これでは次回は、足が少し遠のく事だ。

ホテルの裏庭で何の余興か、パテイーが開かれており此処のレシートを見せると、その
パテイーにも参加出来ると云う。ニンプさんが皆をそのパテイーに連れて行ってくれた。
この裏庭の綺麗さは、栄子も先日絶賛していてゆっくりと見たいと言っていた場所だ。
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(パテイー会場のワランさん親娘。暗すぎて写真が上手く取れず残念。)

裏庭へ行くパテイー会場の入口には、受付が有りそこでレシートを見せたらどうぞと
言って通してくれた。
こんな事もタイ人と一緒だから判るが、私達だけでは言葉が判らずに帰ってしまう。
レジーでタイ人が、今のホテルでやっている余興の説明が有るので判る事だ。
そのパテイーで30分も居たか立食パテイーで、もう腹も満腹で何も食べれずに廻りを
見ているだけでそこそこにコンドに帰った。

マバーンも21日、月曜日の朝のバスに乗り、今度は何時チェンマイに帰って来られるのかは
判らないが、バンコクに一人で帰って行った。

◎この頃のタイニュース・・・・・。

タイ北部でバス事故、4人死亡2008/7/15 (10:09)| 社会
【タイ】13日午前9時ごろ、タイ東北部ウドンタニ県と北部チェンマイ県を結ぶ長距離
バスがルーイ県内の山道で雨中にタイヤをすべらせて木に激突し、運転手と5歳の
女児を含む4人が死亡、36人が負傷した。タイ字紙コムチャットルックが報じた。

 事故現場は交通の難所として知られる急カーブの多い下り坂で、昨年末にも17人の
死者を出すバスの横転事故が起きている。

このバス事故を起こした山道には行った事がないが、チェンマイからニンプさんの居る
メーサリアンには、ニンプさんの車やバスで行く事が度々ある。

メーサリアンは、丁度、チェンマイから真西にあたりミヤンマー国境に面した街だ。
チェンマイからメーホンソン(チェンマイ北西約380km。)に向かうには、北回りと
南回りが有る。
その南廻りでメーホンソンに行く途中に、メーサリアンが有り山道の比較的走り易い所に、
道は作られているが、これがなかなか険しい山道だ。
地図では真西になり近く書いてあるが、この地図の真西の間は険しく高すぎる山々が
連なり、とても車の走る道など作る事は出来ず、その山間のなかの山間部に道が造られて
其処を車が走る事になる。
元々は日本軍が、インパール作戦の時に作った道で長年の間に整備された道だ。

その険しい道の道幅は左右で3車両位有り、其処をバスやら大型トラック、一般車両が
行き交う。
その山道で大型バスが前の車を追い越す事が有り、そんな時には乗っている方は無事を
祈る他ない。そんな事をたびたび繰り返しながら目的地に到着する。

ニンプさんの車で行く時には、走り始めたら直ぐに寝る事にしている。
バスと同じ険しい道で度々追い越しを掛けたりするので、とても怖く両目を開けては
いられない。
奥さんのワランさんは、乗り慣れているのか涼しい顔で助手席に乗れる。
これでは、もっとゆっくり走って欲しいとは言いづらい。

タイでは大きな交通事故が起きると、その車両の運転手は現場から逃げてしまい、その
あとも見付からなくなってしまう事が有る。
この事故は運転手が亡くなっているので、それはなかったが逃げなかったと思う。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-23 17:39
◎今日の書き込み・・・。6月20日付け 掲載『ヴィアンチェンマイ』

ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて
欲しいと云う要望から載せました。(2008年6月20日発行日。VoI,189号から。)
じいじは一回夏休み・・・・。 じいじ 記

【うふふのふの...あんな事...そんな事...こんな事....】
  8ヶ月振り...              文:うふううのふ
どうも左目の調子がいまいち...大好きな韓国ドラマを見ていても、パッチワ~クを
していても気になって集中出来ない..大丈夫だろうか..? たいした事無いと
良いけどなぁ~...こんな重い気分で1ヶ月くらい過ごしたけど ..どうしても落ち
着かない..毎年8月に名古屋へ帰っている私だけど..今年は少し早めに
帰ろう..そう思ったら、いてもたってもいられなくなり、帰り支度となった..

甥っ子の子供、舜からの手紙でお父さんも里心がついてしまい 一緒に帰ると
言う..2年振りに名古屋へ帰るお父さん、あそこへ寄って此処へ顔をだしてと、
手帳を眺めて色々と考えている...
『あわてなくても良いよ45日もあるんだから』と、私...
『エッ..そんなに長くは居ないよ!僕はせいぜい一週間だよ 』
あぁぁ又始まったぁ~..一週間..? 一週間位なら帰らなくても良いだろうに..
『もったいないよ..お父さん旅費が 』と、おそる..おそる..言って見たが..
一週間で充分との返事が返ってきた。

二人して大騒ぎの帰り支度が終わり、ニンプさんとマ~ミャンに送られて
チェンマイを発ち成田へ...名古屋から東京転勤になり東京の人になった
甥っ子家族を訪ねた。
始めての市川、成田から10時にJR総武線快速逗子行きが出るので、
それに乗って船橋で降りるんだよと甥っ子がメ~ルをくれたのを頼りに、
何人かの駅員さんを頼り又、看板を頼り..甥っ子達の待つマンションに
無事たどり着いた..始めての訪問..乗った事もない総武線それでも私達は
日本人...日本語が読める、日本語が通じる...当たり前の事がとても
うれしかった。
『お父さん、チェンマイだとこうは行かないよね』と以前にバンコクに始めて
バスに乗って行った時、タイ語は通じない、タイ文字は読めないで苦労して
バンコクへたどり着いた時の事を思い出しながら、思わずそんな言葉が口をでた
甥っ子の子供、舜と3日間を過ごし、息子の待つ名古屋へ新幹線に乗り途中
曇り空で顔を見せてくれない富士山なのに、富士山、富士山と大騒ぎで、
お父さんに笑われてしまったが...ここはやっぱり富士山でしょう。
だって私は日本人だもん!

さて、さて、帰り着いたのは良いのですが...これから一週間は、大掃除なの
です..食べる事は大丈夫な癖に、掃除はからっきしの息子が汚すだけ汚して
しまった我が家の上から下まで、あっちが痛い、こっちが痛いと言いながら
まずは、自分が座るところ寝るところ...あぁぁ...考えるだけでゾッとする..
大掃除の始まりなのです。

お父さんが帰って来ると聞いた息子は、せめて庭の草取りはと意気込んだ
ようですが..むしった草の始末が出来てなく..気になる父さん、あぁぁ膝が
痛い...ゴルフで使う筋肉と違う筋肉を使ったようで..たまらんと言いながら
早朝から庭に出て明日の可燃ゴミ収集に間に合うようにと、きれいに片づけて
くれた。がんばれ~...父さん わたしゃ帰って来ると一人で毎回やって
るんじゃよ...ありがとう、お父さん...らくちん...らくちん..

夜も10時を過ぎていると言うのに...♪♭キンコ~ンと玄関のチャイムが
鳴っている..『誰じゃ ..?』と出てみると妹達が何やら大きな包みを抱えて
立っていた..『なに..なに..』と聞くと『欲しかったんでしょう..』と
赤いちゃんちゃんこも、赤いパンツも、赤い帽子も、赤いポロシャツもいらないから
11日の60才の誕生日には任天堂のWiiゲ~ムソフト一式が、欲しいと言った
私の為に、二人して買って来てくれたのだ。
うれしい...本当にうれしい...これで、早朝散歩をしなくて良くなる。
それにしてもこのゲ~ムは優れもの、テレビにつなぐだけで画面相手に
テニスやゴルフボ~リングにボクシングと実際にスポ~ツを体験する事が出来る。

でも、これって優れものだけど...私..益々引きこもってしまうのでは...

                                        今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-20 20:04
◎この頃と天気・・・。

●16日(水)、朝5時30分になるが随分と暗い。今日は雲が下の方まで下りて北の山々も
東の山も全然見えない。所々雲の切れ間から青空の見える所も有り以外と爽やかだ。
ドイ連山は山頂から北の山裾まで良く見える。 室内温度28,5度と好きな気温だ。

カエルが、昨日の夜中に雨でも降ったのか鳴く日と鳴かない日も有るが、今日は早朝から
やけにカエルが大声で鳴いている。毎日同じでも鳥も同じで、鳴く日と鳴かない日が有る。
何時もと変わらない毎日、毎日に思えるが、そんな日も有り自然は本当に難しいものだ。

●セブン、イレブンで『グリーンテイー緑の茶。』を買った。この『グリーンテイ。』は
同じボトルで3ー4種類も有る。
その中で何故か、何時も買うのが『グリーンテイー緑の茶。』で意味がある分けでもなく
自然の習慣でそのボトルに手がいき買ってしまう。 一本20Bだ。

それが、蓋のカバー紙が取りづらくてやっと取れて一口、口にしたらこれは不味い味だ。
何と味のない事か、吐き出したくなる程で舌は毎回飲む習慣で、その物の味をイメージ
して覚えている様だ。 何と甘みのない味で水ぽっさが強く、強い渋みだけが舌に残る。

タイに来た頃はこの種の茶を買うと、この甘さが日本茶のイメージとは随分と違い甘さに
気持が悪く長い間飲まなかった。
その内に、この【SUGAR FREE】とボトルに表示された物が、此処1年半位前に発売
された。 その当時は、それが口に合い購入する事も有った。
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(『グリーンテイー緑の茶。』赤字で【SUGAR FREE】と書いてある。)

チェンマイの年中暑い中の生活では、段々と体が自然に甘さの要求をする様になってくる。
その内に、この【SUGAR FREE】と書いた物を買いに行ってもない日ばかりが続き、甘い
ボトルを買っている内に、この甘さが体に合い【SUGAR FREE】を、飲まなくなった。
【SUたGAR FREE】は、市場に余り受け入れらなかったのだろうか。
タイ人は、甘さ大好きな国民で外人対照の飲み物になるのだろう。

それが今回、セブンで表示など気にもせずに購入したら【SUGAR FREE】の物で
体がこの不味さに驚いてしまった始末だ。 
体も自然に、その物になれてしまい強いイメージを覚え違えばそれを強く拒否する様だ。

◎近所の男連中と『アヒル料理。』で一杯・・・。

昨日の夜、何時もの様にワラン食堂に6時45分頃出かけた。
何時も私の座る定席には、タイ人の女性が今日は座っている。多分、テイクアウトして
料理が出来るのを待っている客だろう。
私が行ったら直ぐにワランさんが出て来て、店の横に作られた席に行く様に言う。

其処には揚げパン屋の親父のペットさんと、何時も会うニンプさんやペットさんのタイ人の
友人も一緒に座っている居る。 この連中とは、時々、此処で飲む仲間達だ。
何時頃から始めているのかウイスキーの瓶の中身も、もう大分少なくなっている。
このタイ人の友人が居ると、その時は珍しい料理が有る時で、古くからの釣り仲間の様だ。

揚げ物屋やペットさんが何処からか手に入れたのか『アヒル』を、タイの醤油で少し甘めに
煮た物で、それを私に旨いから沢山食べろと勧めてくる。 
タイ料理には、醤油煮の物は少なく珍しくアヒルの肉を煮たものだ。
『アヒル』は中華系では良く出るが、タイ料理は鶏が大半で鶏よりも上級と思われる。
『アヒル』は、鶏よりも骨に付いた肉も厚味があり、良く油がのれば食べ替えも有る。

同じに『トムヤン、プーラー(魚)』も作り、中身は大きな川魚の白身の肉厚の物が入って
いるが、タイ人仕様でこれは辛過ぎて日本人にはとても食べづらくなる。
タイの独特の香草類が何種類も入り、特有な味を醸し出し『トムヤン、クン(海老)』は、タイの
有名なスープで具だけが、海老が魚に変わったものだ。
栄子は、このタイの香草類にも食べられる物と嫌いな物があり、全判的に嫌いの様だ。

ペットさんもニンプさんも二人共、料理が上手く作る事が出来る。
タイは、外食社会で女性も料理を作る人は数少ない。台所もない家が大半に近く、台所が
有っても料理は、使用人が作る裕福な家庭も数少なくは有る。
もっと田舎(遠い山間部。)に入ると、其処の住民達は自宅で作るが昔からの土着料理だ。
この二人でも、ペットさんは特に料理が上手く出来る人の様でニンプさんも認めている。
多分、この二人は子供の頃から、台所の有る家に育ったのではないだろうか。

手前持ちで酒は持っていく。最近は『タイ焼酎、40度。』を毎晩飲む事にしている。
上記に写した(この記事の上段。)グリーンテイーのペットボトルに焼酎の瓶から移して
毎晩持参する。 今日も何時もの様に持参して私は『アヒル』を、つまみに焼酎を飲む。

タイは米焼酎で、豊富な米輸出国でも有り焼酎も米で作る。この頃は『酒(日本酒と同じ。)』
も、出回り始めて我が家もバンコクから取り寄せている。
日本酒と同じ味、臭いは何ら変わりはない。酒を日本にも送り調べてもらった事も有るが、
何も問題はない品質だった。
『タイ焼酎40度。』は、酒屋でも置いているが、セブン、イレブンにも置いてある。
日本酒の五合瓶の大きさ位で一本が、80B前後の値段で売られている。

只、前にも此処で書いた事が有るがセブンなどで買う時には、失礼ながら女店員がクスリと
笑う事がある。
ニンプさんもこの焼酎だけは、臭いとか度数が強いとか言って絶対口にして来ない。
タイ人のプライドの高さが、この様な時にも出る様でタイ人の友達も焼酎と聞いて臭ってから、只、一笑するだけだ。

タイ社会ではまだ焼酎は、お酒の中の地位を得られていないか、低すぎる位置にいる様で
日本の焼酎も戦前、戦後の直ぐには、低すぎる位置あり貧乏人の飲む酒と言われ一般には
避けられていたが、今や超高級酒になっている。 
特に、芋焼酎等、名のある醸造元の物は高くて、今は一般ではとても口に出来ない程だ。
その以前は、安酒の代表選手だった物がだ・・・・・・・。

夜の9時にもなると歳を取ったせいか、眠気が来てどうしょうもなくなり、何時も皆より
先に失礼をする事になる。
タイ人の男性達は、まだ、現役の真っ最中で羨ましい限りだ。
旨かった『アヒル料理。』、『トムヤン、プーラー(魚)』の、お礼を言ってほろ酔い気分で
トボトボと夜道を一人、家路へと帰る。

◎この頃のタイニュース・・・。

タイは連休2008/7/17 (01:54)| 主要ニュース 社会
【タイ】タイは17日がアーサハブーチャー(三宝節)、18日がカオパンサー(雨安居入り)の
祝日で、両日とも公共機関は休みとなる。金融機関は18日営業。

今日は木曜日にだが、新築コンドの工事の音が朝から少しも聞こえてこない。
不思議なもので毎朝、毎朝、日曜日の朝まで聞かされていたものが全然聞こえないと
何か心配でつい窓を開けて工事現場を見てしまう。 何処にも現場の中には、人が一人も
いない。
下に見える長屋の飯場にも人影が少ない。どうしてしまったのだろうと益々心配だ。

今日のタイは、祝日で休みなのだ。
それも『三宝節。』で仏教国のタイでは、大事な仏教行事で有り2月『万仏節』、5月
『仏誕節』と三大仏教行事の一つにあたる。
『三宝節。』は、旧暦の8月の満月の時に行う行事だそうで、三大行事ともに満月日での事で
毎年日日が変わる。
『三宝節。』は、お釈迦様が五人の弟子を始めて持ち、その五人に説法をおこない仏、法、
僧の三宝が成立した日で、タイ人の多くの人達はお寺に出向きロウソクを持ち指定されて
いる所を三回廻る事をするそうだ。

タイ人の大半がお寺に行くので、今日は人出が少なく飯場にも人がいないのだ。
日本と違い同じ仏教国でも、日本は無宗教に近い仏教国で今の仏教は葬式の時と、
その後の仏事行事に仏教徒になる様だ。タイの様な仏教行事の事は、大半の日本人は
知らない。

『雨安居入り(カオパンサー)。』は、翌日の18日に決めれている。
この日からタイの暦の上では、雨季入りになている。 雨は6月初旬位から少しずつ毎日の
様に降り始めるが、暦ではこの時期から雨季になっている。
お坊さんも、この日から3ヶ月間の修行に入り10月半ばに『安居明け(オークパンサー)。』
になり雨季も明ける。

タイ店のワランさんの長女のマパーンも17日ー20日まで、バンコクの大学も連休に
なりバンコクに行ってから始めてのチェンマイ帰りで昨日の夜行バスで帰って来た。
今日の朝7時頃店の前を通ったら、もう帰っていてマパーンが出て来て挨拶を交わした。

両親共何時もは、もっと遅い時間に店に出るのがやぱり自分の子供がバンコクから早朝
バスで帰る着くので、親子全部で迎えに行きそのままに店に出て自分の手作り料理を
食べさせたいのか、ワランさんもニンプさんも一生懸命に料理を作りをしていた。

これを見るとやはり家族は良いものだと、ほのぼのとしたものを強く感じた。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-17 17:04
◎この頃と天気・・・。

●13(日)、朝から相変わらずの雲が多めの朝を向かえた。ドイ連山には雲一つ掛からず
曇りの性で山肌が黒くドッかりとチェンマイの西側に大きく座った感じだ。
雲が高いので北の山々東の山まで良く見える。たちまち雨は降る様子はないが蒸し暑く
室内温度で29度有り不快指数が大きい。

そんな曇り空が昼まで続き、気温だけは徐々に上がり32度にもなっている。
夕方までには、一雨来てくれないと今夜も寝苦しい夜になる。

◎眼下に見下ろす事が出来た、最後の日のコンド・・・。

新築中のコンドの工事もドンドン進み、今日も早朝から日曜日なのに人の事等、お構い
なしに大きな音立て工事を始めている。
日曜日位は、少し音の出ない工事にして欲しいと言いたい所だが、それは言えない、
喋れない・・・。

6Fの床張り工事もいよいよ終わり、今日は主柱の柱の接続工事を朝から多数の作業者が
来て工事をやっているようだ。
この柱建てが終わると、これからは7Fの床貼りが始まり今まで基礎工事から、眼下に
工事を見下ろしていたものが、もう工事を眼下に見る事が出来なくなる。
此処まで来るのに何ヶ月位掛かったのか、7Fの床貼りが終わりコンドが完成した後も
もう、この階からは、このコンドを見る時は上に大きく見上げる事になる。
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(6Fの柱建て建築工事中、工事を眼下見る最後の工事。)

6Fの主柱が数本建ち始めると、今、居るコンドの窓際まで迫り、その上壁が全面に出来
たらどんな環境になっていくのか、窓からの開放感もなくなり益々強い圧迫間が出る。
此処2ー3ヶ日の内には、7Fの床工事が始まりその時にこの窓からの風景も見えてくる。

タイ人は、自分の部屋の中が窓越しに見える事には余り気を使わない。
タイ人から見ると日本人は必要以上に、窓の外にから室内の見える事に気を使い過ぎると
言われてしまう。
カーテンにしても一重で二重の所はなく、ある所は自分達で取り付けている。
これも昔からの生活習慣から来るものだろうか。ランナー式の建屋は木の窓全体を前に
押し出す事で窓を開ける。木窓がカーテン変わりをしてくれる。カーテン等は使わない。

柱建て工事の作業者を見ていると、女性作業者が多く含まれている。
3分の1位はその様に見える。体格は、男女余り変がなく、やはり何となく作業の仕草で
それが判る。少しは作業内容は変わるが殆ど男女変わらない作業をしている。
6Fの柱工事の現場総括指導者も女性の様で、少し大柄なスタイルの良い女性が所々で
色々な作業指示をしている様に見える。
タイ店のワランさんの長女のマバーンでも、技術屋になりたく理工系の大学に進む。
作業者は黄色のヘルメット、監督者と思われる人達は青色のヘルメットを被っている。

どれ位の作業者が働いているのか、可成りの人数が働いている。ワランさんは下作業して
いる人達は、殆どがミャンマー人ばかりだと言う。
どれ位の日当で働いているのか沢山の人が宿泊して日常生活を飯場で暮らしている。 
私達が見ても何処の国の人かは判らないが、ワランさんは遠くからでも判る様だ。
ここの飯場居る作業者家族も、もう一年以上住みあとどれ位この作業が掛かるか、これ位
大きな工事になると生活も収入も安定する。チエンマイも建築ブームに沸いている。

◎チェンマイに『松茸。』が、やって来た・・・・。

午後の2時頃、部屋の電話が鳴った。もし、もし・・電話口の声は良く聞いた声だ。
『昨日の午後にチェンマイに着きました。又、よろしくね・・今回は○○に居ます。』と
言って電話は切れた。
そのあと2ー3分もして、又、電話が鳴った。
『先ほどのお土産の『松茸。』の話、今、奥様が日本では料理が出来ないでしょう。
今晩、私の部屋で料理するのでそれで食べましょうか・・。』と、来た。
これは有難い、私では適当な料理になってしまい肝心な『松茸。』が、死んでしまう。

夕方、喜び勇んで待ち時間ぴったりに訪問した。『松茸。』等、先回は何時食べただろうか
思い起こす事すら出来ない位だ、その『松茸。』だぞ・・・。
玄関のドァーを開けたら、もう『焼き松茸。』の臭いがプーンとしてくる。もう、準備が
進んでいるのだ。まさかチェンマイで『松茸。』が、食べれるなど想像すら出来ない。

頭の中を栄子にも食べさせてやりたいと【自分だけこんな事、有って良いの・。】と、走る。
土産に持って来られたAさんも、栄子がまさか日本に帰っているとは、何も知らず来られて
栄子が居ないと貴重な『松茸。』の、土産も半減以下になってしまいAさんも残念な事だ。

早速、メールで栄子には、料理の内容を細かく書く事にするが、この臭いだけはどうする
事も出来ない。 申し訳なく私一人で御相伴に上がる事にする。

つまみに『焼き松茸。』が、出てきた。『どんどん、食べて下さい・・。』と、出てくる。
『松茸。』は、どれ位の量が有るのか直ぐに余分な心配をする。
鶏鍋も煮え上がっている。『それでは今から『松茸。』を、入れますので沢山食べて
下さい。』と、鍋にもふんだんに入る。
ポン酢を皿に入れ一口、口の中に入れると『松茸。』の味が口の中を走っていく。
旨い、これは『松茸。』だ。 こんな事が、あって良いのかそんな心境だ。
此処はチェンマイだ・・・改めて『松茸。』が、食べれる事に感謝する次第だ。
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(焼き松茸と松茸鍋。)

この『松茸。』は、中国の昆明(クンミン。)からのものでAさん夫婦は、チェンマイに
来る前に、其方で15ヶ日間滞在されてからの引き続きの旅行だ。
チェンマイには、約2ヶ月間居られて日本に帰るとの事。

『松茸づくし。』で、お酒も入り話も弾み昆明(クンミン。)の話を聞く。
昆明(クンミン。)は、雲南省に有りタイにも比較的近い。
最近は、タイ人も海外旅行に良く出かける街で、タイ人の海外旅行NO1だそうだ。 
一年中気温が15度ー25度位で別名「春城」 共言い、気候は温暖で住みやすいと云う。
昆明から南東80KMの所には「石林。(石灰岩。)」が有り、敷地は35㎞平方有り一日に
二万人の観光客が来ると聞く。
雲南省は8月がキノコが旬で、キノコ、キノコと、いやと言う程のキノコだそうだ。
中国語ではキノコは、菌と言い野菌とも言うので、食堂の看板にそう書いてあり日本人は
入らないが、それは専門のキノコ屋でキノコを食べさせる店だそうだ。

雲南省は他にも、栗が特に有名でリンゴ、柿、桃、ブドウの産地だそうだ。
この種のものは、全部チェンマイで多量に売られている物ばかりでチェンマイと雲南省は
近いので、全部此処から来たものばかりだと思う。
柿、桃は、日本から来るものと思っていたが、どうも違う様だ。
『松茸。』は雲南省では、犬も喰わぬと言われていたものが、今は全部日本に輸出される。
最初は高値だったが、最近は値段もたびたび暴落する事が有るそうだ。

『松茸づくし。』で、腹一杯食べて、旨いつまみでお酒も入りほろ酔い加減になって
しまった。
時間の過ぎるのも忘れて、話とお酒に花が咲き随分と遅くなってしまった。
そろそろお開きとなり、またまた帰りには『松茸のおにぎり。』まで、用意されていて、持って
帰る事になり、『今晩の夜食に食べて下さい。』と、お土産まで頂く事になった。
このな日が合って良いものかと感謝、感謝の一日だった。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-14 18:19
◎この頃と天気・・・。

●10日(木)、今日は、朝方から上空に綿を一杯敷き詰めた様になり、雲が下の方に
たれて広がっている。
1ー2ヶ所、ブラックホールの様な大きめの穴が空き青空もそこから少し覗いている。
ドイ連山の山頂付近には、少し厚めの雲が帯状になり全体を覆っている。

風は東の方に流れて、そよそよと窓から入ってくる。
その性で涼しく感じるが、室内温度は29度でやっぱり朝から扇風機を掛ける事になる。

昼11時30分頃に一雨ザァーと来てそのあとも、又、何時降り出すか判らない天気だ。

●昨日の夕方、ワラン食堂に夕飯を6時45分頃に食べに行った。
まだその頃には、夕日も明るくドイの山々もハッキリと見える。そのドイの山頂付近には
真っ黒な大きな雲がひとつ掛かっている。

店に着きドイの黒い雲を指差して女子従業員に、あの雲は日本語で雨雲(メーク、フオン)で
直ぐにも雨が降ると言い、タイ語ではフオン、トック(雨、落ちる。)雨が降ると、同じ
言葉だと説明して会話をしていた。 勿論、言葉少なに大半がジェスチャーを交えての事。

食事が終わる頃になったらトタン板に、何かがぶつかる様な音がして五月蠅く続く。
突然、雨が降り出して、それも強風と共にバケツをひっくり返した様に雨が降っている。
まるで突然に嵐が来たようなものだ。 ワラン店の前は、たちまち川の様に雨水が流れる。
季節変わりの時には、こんな雨が良く降る事が有り今年はそんな雨も一度もなかった。

この雨ではニマンヘミン通りの路肩は、道が渡れない程の雨水が川の様流れているだろう。
ワラン店の客も帰れず足踏み状態だ。 その内に自分の部屋の窓を閉めたかどうかが
心配になり始めてしまった。
土砂降りの雨も30分位もしたら小止みになり、客も自分も慌てて帰った。

西側の窓が1窓だけ案の定、網戸のままで閉め忘れていて、窓の廻りから1、5m位が
水浸しになってしまった。
雑巾で拭くならどれ位の時間が掛かるのか、もう拭くのを諦めた。
チェンマイの乾燥した気候がその多量の雨水を、朝方までにはすっかりと乾かしている。
昨日の夜は、あんなにビックリした水が、何もなかった床に変わってしまっていた。

●毎朝時に食べるリンゴがない。
こんな時は諦めて、次にセンターン(百貨店)に買い物に出かけるまではなしだ。
ところが、ニマンヘミン通りにコンビニ仕様のスーパーロータスが出来ので、これは便利に
なった。 
それも24時間営業だから、朝食を買いに行く時に序でに買いに行けば良い。
まだ、早いので客もいないので、店内の商品をぐるりと全部見て廻った。
タイ人が言う様にセブン、イレブンより、全体の単価が確かに1ー3B安い値段が
付いている。
リンゴも一番小さいリンゴ6個入りで65B、これはセンターンと変わらない値段が
付いている。
もう少しすると、リンピンスーパーもオープンする。値段競争が一段と激しくなってくる。
知らない内にチェンマイ独身者は、家庭の主婦役までやっている。

●7月2日(水)、夕方、久し振りに夕焼けを見る事が来た。
この頃の夕方、厚めの雲が出て夕焼けどころか、雲に隠れて陽が落ちてしまい早くから
薄暗くなってしまう。  雨季の夕方時は、薄暗い厚めの雲がドイの山を覆うだけだ。
そんな時の夕方、少し赤みを持った太陽の沈みに、雲間から明るく陽が差し込むと
余り綺麗な夕焼けでもないが、何とはなしに気持の中もパーと明るくなる。
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(7月2日、久し振りの余り綺麗でない夕焼け。)

◎日本から帰って約1ヶ月、日本で食べた肉の事ばかりを思い出す・・・。
タイに来てから約5年、タイですき焼きなどは食べた事は一度もない。
牛肉と野菜等と一緒に煮込んだものは食べる事が有る。すき焼きとしては食べた事はない。
それが、先日すき焼きを食べる機会が有り、それなりに美味しく食べる事が出来た。

東京で食べた焼き肉も2年振りで日本の肉の旨さを堪能し、最近になく満腹に食べた。
チェンマイですき焼きを食べた事で、約1ヶ月前に名古屋の姪が食べさせてくれた日本の
すき焼きを、再び思い出してしまった。 日本の牛肉は本当に旨い。
名古屋のすき焼きは、最初に砂糖と醤油で牛肉をすき鍋で焼きそれを生卵に付けて
食べる。  この旨さは、世界に誇れるものでないだろうか。

久し振り有った姪が、自宅に呼んでくれてそのすき焼きを食べろ食べろと勧めてくれる。
チェンマイでは、旨い牛肉がない事もすき焼きなど出来ない事も、チェンマイに来た時に
私達に聞いて知っているので肉の大好きな私に食べる様に勧めてくれる。

其処にも私達の孫(姪の子。)が二人いる。2年前に会った時と今では見違える程変わった。
この位の時は、一番の成長期で上の子は中学3年生で、背が伸びて鴨居に届く位に大きく
なった。
下の子は中学2年で2年前は、丸々としたまだ子供、子供していたが、今はもう丸みなど
取れてすっかり大人の体になってしまった。 
若い者は、大きく大きく成長していくが、此方は知らず知らずに老いて行くばかりだ。
日本に帰り孫達の成長を見るのも、大きな楽しみの1つで帰って来た。
子供のこの2年間、体の成長は勿論だが、考える思考も大きく成長している。
2年間が過ぎ、何も変わらないのは此処にいる老人、寧ろ後退しているかも知れない。

すき焼きがそんなに美味しかったなら、今度は日本の美味しい天婦羅をご馳走すると
云う事になり、日を改めて天婦羅のご馳走までしてもらった。日本の天婦羅も、又旨い。
牛蒡と、玉葱の天婦羅が大好きで、それを赤味噌汁の中に入れて食べるのがより好きだ。
日本の代表料理を、腹一杯食べてこんな満足な事はない。 感謝、感謝をするのみだ。

日本料理は、食べる旨さだけでなく料理の盛り付けに始まり、それを入れる器の美しさ。
それらを食べる部屋の作り、飾り、庭に及び、その雰囲気に日本人は深くこだわる。
千数百年の伝統から来ているものだ。
昼に『しゃぶしゃぶの木曽路』へ連れて行ってくれた。この時の肉の旨さも思い出される。

美味しいの肉が食べれる事を、次に日本へ帰る時の楽しみにして、又、待つ事にする。
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(日本料理は、美しく旨い。)

◎この頃のタイニュース・・・。

揚げバッタを食べた26歳女性がショック死
2日夕方過ぎ、チャチュゥンサオ県パノムサーラカーム郡内で、揚げバッタを食べた後に
重度のアレルギー症状を見せ病院に搬送された26歳の女性が死亡した。
 女性の夫(40)によると、女性が揚げバッタ一匹を食べ終えた後に、体中に出た赤い
斑点が膨らむと共に歩けない状態にまで衰弱し、最後には意識不明に陥っていたという。

女性が食べた揚げバッタは、前日夜に小型トラック数台を駆り出して村内の住民約40人と
一緒になって捕獲したもので、捕獲した場所の裏手には工場が林立していたという。
尚、女性と一緒にバッタの捕獲に出かけた他の住民からは同様な症状は確認されて
いない。

 地区保健所の常駐看護士によると、元々アレルギー体質だった女性が、体内に農薬
ないしは何らかの化学物質が残留していたバッタを食べた事により、激しいアレルギー
症状を引き起こしたのではないかとの見方を示した。

 同看護士によると、6-7ヶ月前にも住民4人が同様な症状を見せ運び込まれたが、
処置を受けるのが早かったため大事に至ることはなかったという。
posted by Jean T. at 02:00| 社会 | |

市場や夜の屋台に行くと、この種のものが7ー8類が並べて売られている。
タガメの大きいもの、イナゴ、バッタ、蚕の幼虫等、金箱に揚げて置いてある。
こればかりは、タイ人も皆が好きかと云うとそうでもなく嫌いの人も大勢いる。

この種の物に限らずゴルフ場のキャデイー達は、蟻や虫等見付けてこれは食べれる、
あれは食べれると教えてくれる。少し大きめの蟻などは、一匹可成りの値段と言っていた。
昔からカルシュウム不足を補填する為に、生活の知恵で取って食べていたのだろうか。

ワランさんの旦那のニンプさんとその娘のマバーンは大好きで市場に行くと、それらを
見付けて買って帰る。
私達にも勧めてくれるが1種類位は食べれるが他は食べたくない。

この記事ではないが、その虫達がどんな所で取られているか等、市場では全然判らない。
こんな事が有ると、益々食べれなくなる。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-11 20:37
◎この頃と天気・・・。
●8日(火)、今日も、やっぱりスッキリしない朝明けだ。昨日の夕方、夕立が有った。
此処2ー3日夕方になると夕立が降る。  この季節には、これが当たり前だ。
この夕立で朝方にカエル共が、急に元気を取り戻し鳴くは、鳴くは、五月蠅い程に元気を
見せ付けてくれる。
雲は高くネズミ色が一面だ。 その雲の切れ間から、時々明るさが差し込む所も有る。
この調子では、午前中に雨が降る事はなさそうだ。
空には雲が一面張ってはいるが、部屋の中は乾燥している性か至って爽やかだ。
朝方は室内温度で29度有るが、昼近くになると今日も32ー3度近くまで上がるだろう。

●日本から帰って、もう半月以上が経ってしまった。 本当に早いものだ。
今、独身の私にも毎日、家庭の日課の仕事が有る。 それを、こなしながらの生活だ。

このコンドの部屋には、ベランダの小さな物しか付いておらず家庭菜園等が大好きな
栄子にはもの足りずに、部屋の中に一坪位のマイガーデンと称して窓際に幾鉢も並べて
いる。
名前の知らない鉢植えの物ばかりが有り、それらに毎日、水やりが日課になっている。

うっかりして枯らかしてもしたら大変で、一鉢一鉢に枯れるなよ、枯れるなよと言い
聞かせて毎日水をやる。 
そう言いながら会話をして毎日水をやると、何だか可愛くなるので不思議なものだ。

ある鉢に毎日とは違う、何か小さな物が付いている鉢がある。よくよく見たら一輪の花が
咲いているのだ。
これには、ビックリだ。とっても小さくて良く見ないと気が付かない程の可愛い花だ。
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(名前も知らない可愛い花。)
その花の名前も知らないが良く咲いてくれた。  カメラを急ぎ取りに行きパチリと撮った。

栄子が日本に帰り、そのあとの面倒を見ている時に良く花が咲く。昨年とその前の年と
二年連続でランが綺麗に咲いた。 栄子は、何時もその時に咲いた写真ばかりを見ている。 
マイガーデンに有る植物は、皆、女性ばかりかも知れない。 私に一番美しい姿が見せたい
ものだと、花の気持が良くわかる気がする。
いや、それともチェンマイに一人で居る私を、美しく咲いた花が慰めていてくれるかも知れ
ない。

●やっぱり、此処はタイのチェンマイだ。
雨季に入るとタイは、果物のシーズンとなる。マンゴー、ドリアン等美味しい果物が多く旬で
出回る。

この季節、果樹園にも多くの果物が成るが、庭付きの家にもタイでは果物が色々植えて
あり、その家にも同じ果物が一斉に成り過ぎる。
シーズンだけに家に果物の木が有れば、それを取り自分の家の果物を土産に持っていく。

この頃、来客が有って両方の家にラムヤイ(ロンガン(龍眼))の木が植えて有り、それを
お土産に二軒からもらった。 それも小枝に幾つも粒が付いたままでの物だ。
日本ならば、高価なお土産になる。  さすが果物の国、タイではの事だ。
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(小枝に付いたラムヤイ。)

昨年はラムヤイ狩りに、この近所の揚げパン屋のペットさん家族、ワランさん家族と一緒に
ハンドンの丘陵地帯へ行った。
日本に帰る栄子に、日本への土産に持たせたいばかりにタイ人達が企画を立ててくれた。
廻りが全部ラムヤイ畑で大きな袋に何袋も狩り持ち帰った。
あれから、もう、一年経ってしまった。 
早過ぎる・・・。留めれるものなら、留めてしまいたい今日、この頃だ。

◎チェンマイにすき焼き店が出来た・・・。

この時期になったら、行く人来る人でチェンマイは大変忙しくなる。
2ー3年前のこの時期は、閑散期でCLLのゴルフコンペも20名も集まらなかったが
最近は、定員枠の50名が直ぐに一杯になってしまう。
勿論、ロングステイャーも多くなったが、この時期に目立つのが短期ステイヤーの多さだ。

最近では、もっともっとロングステイャーが増えると思ったが、思いの外伸が少ない。
この頃の人達には、志向が変わってきた感もする。
ロングステイャーもチェンマイ(タイ)にだけ固定されずに好きな時に好きなだけ暮らして
あとは日本に帰り、又、好きな時にやって来る季節鳥間隔で一年を過ごす。

タイも最近は、観光ビザの収得期間が変わり、6ヶ月間に通期で3ヶ月間しか取れない。
その為に観光ビザで来て、2ー3ヶ月間短期ステイーして日本に帰る人が多くなって来た。
例外が、1年ビザを収得してしまい自分の都合で1年間の出入りを自由にする人もいる。
海外ステイーも、自分志向で選択する時代に年齢差と共に、大きく変化してきている。

この時期、航空運賃、宿泊ホテル等を始め格安値段にしている所が多く、ステイヤーは
この時期を見逃すわけにはいかない。 日本に帰る航空運賃も当然格安値段になる。

そんな事から、この時期は歓送迎会が頻繁に行われる。
この前の送迎会は、6月16日に出来たばかりの店名『品河(ピン河。)』と、引っ掛けた
粋な名前の店で行われた。
場所はピン河に掛かるナワラート橋の外側を南に5ー600M行った鉄橋を超えてから
僅か行った右側に有る。店の対岸側には、有名なお寺『チャイモンコン寺』が有る。
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(すき焼きの『品河(ピン河)。』)

料理は一人前、234B出すとすき焼きとしゃぶしゃぶ鍋をセットしてくれて食べ放題で
どんだけでも食べる事が出来る。
他にも一品料理も多数品有り、このセットにこだわる事はない。

すき焼きも牛肉と称されるものが、頼めばドンドン出てくるが少しすると何となく牛肉の味が
薄くなっていくのは何故だろうマイペンライ、マイペンライ・・・ 考え過ぎで嫌われるぞ・・・と。
しゃぶしゃぶ鍋は豚肉で野菜を始め豚肉も頼めば、幾らでも持ってきてくれる。
それなりに面白く、一度は行ってみるのも後学の為になる。

難点は、入り口に風俗のカラオケ屋が有り、夕方から入り出る頃にはそこが最盛期になり
困ったものだ。 
珍しくて連れて行きたいタイ人の子供にしても、日本から来た子供達も連れて行く事には
抵抗が有り・・・だ。 品点では、行く同伴者の選択がいる様だ。

◎この頃のタイニュース・・・。
バンコクの子供は休みなし、7割超が習い事・塾2008/7/ 3 (09:47)| 主要ニュース 社会
【タイ】タイのファミリー・ネットワーク財団が、幼稚園児から大学生までの子を持つ親(バン
コク首都圏在住)を対象に行ったアンケート調査(6月10―18日実施、回答者509人)に
よると、全体の7割以上が子を習い事や塾に通わせていることが明らかになった。
 調査ではまず、過去10年間におけるタイの教育システムの変化・改革に対する評価に
ついて質問し、「以前より満足」「以前と同じように満足」を合わせ62.1%が「満足」、「以前と
同じように不満」「以前よりもさらに不満」を合わせ37.9%が「不満」という回答を得た。
(途中文削除。)
習い事や課外活動に通わせている日は土曜日(83.3%)と日曜日(53.4%)が中心で、
時間帯は午前8時―午後12時(77.7%)、午後1時―午後4時(43.2%)、午後4時以降(53.4%)と午前中に集中。学校が休みの日も朝から習い事に出て行くバンコクっ子の
生活が浮き彫りになった。

 子1人の習い事にかけるお金は、月額1000バーツ以下(18.6%)、1001―3000
バーツ(39.6%)、3001―5000バーツ(20.7%)、5001―7000バーツ(9.9%)、7001―9000バーツ(4.2%)、9000バーツ超(7.0%)。

昔の日本と同じで発展途上の国では、社会を生き抜いて行くには、子供には教育を
受けさせて、それなりの大学を出ないと社会の中から子供が落ち零れてしまうと力が入る。
先進国なった日本も今だに、充分その要素は消えていない。
塾通いも今も日本でも続いているし、お金も教育には大変な金額を掛けている。

タイでは一人当たりの会社務めの人達は、月収平均8千ー1万B位と聞いている。
その内から子供の教育に、この金額を掛ける事は大変な事だ。それでもお金を掛ける。
その金額を掛けれる人は、タイの中でも上層部と言われる人で4分3以下の人達には
そんな事は夢の様な事で、教育には関心もないと云うのが下層の実情ではないだろうか。
差は益々広がるばかりだ。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-10 06:41
◎この頃と天気・・・。

●4日(木)、今日は、随分と高い所に雲が全面にあり、雲の隙間から所々に青空も覗く。
ドイ連山には、真っ白な真綿の様な雲が2ー3ヶ所にポカリポカリと浮いている。
何時もは、垂れたようなやや厚めの雲が、全面に張りその隙間に青空が覗き晴れているか
曇っているか判らない日多く、今日等は雨など降らないと思っていたら10時頃半位から
雲が下がり始めてアッと云う間に雲も厚くなり小雨が降り始めた。自然は本当に判らない。

何時、雨が降って可笑しくない曇り日が毎日続いていたが、今日は久し振りの雨になった。
その小雨も長くは降り続かず30分位で降り止んでしまった。
そのあとも何時でも雨が降り出す気配だったが、チェンマイ市内は降らずに終わった。
その為に部屋の中に居ても蒸し暑さだけが続くき、午後は室内温度も曇りの為か、余り
上がらす30度だ。

●コンドの前に建てられていた新しいコンドも可成り建ち上がり5Fの床のコンクリート打ちが
昨日終わり、ここ数日にも6Fへと建ち上がっていく。最終は8F建と聞いている。

ここ一年の間に向かえ側のコンド二棟、その左側にやや低いホテル、その横にもニマン
ヘミン通りに面して8F達のコンドと建てつづけで建って来る。。
此処から見ているとどの工事も同じ工法で、何だか不安そうな鉄筋の細め柱を数本建てて
コンクリーを流し込みドンドン高層化していく。 
タイにも建築法が有り、その法律には当然あてはまる工事の内容と思うがどうだろうか。
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(5Fの床まで出来た建築中のコンドミニアム。)

タイは、今まで大きな地震がなかったと聞くが、7月1日にはチェンマイ県プラーオ郡が
震源地でマグニチュードM3、8を観測している。
この様な地震はミヤンマー南部からタイ北部で度々起きている。
タイ北部には温泉も多くあり暑いお湯が皆噴き出している、只、大きな地震がないだけで
地震が起きる要素は充分に持っている。
地震から起きた津波が、タイでは大きな問題になっているが、少し大きめの地震が来れば
今の工法では、大惨事は免れないだろう。

◎ニマンヘミン通り・・ソイ(横道)8は『3丁目の夕日。』・・・。

本通りを挟んで右側、左側に小路が左右入り、それを住所は右側、左側で奇数、偶数に
別けて名前を付くている。
ニマンヘミン通りは、アマリリンカムホテルの有るファイ、ケーオ通りからトンパヨン
市場の有るステープ通りまでの約1,8KM間の通りを云う。

ソイ(横道)8は、ニマンヘミン通りの中央部付近で角にはヒルサイド2が有り、そこを
入る小道の事を云う。
奥行きは50M位入る短いソイだ。そこにも建設ラッシュの一環で500坪位の土地に
4F建のビルを作っている。 総軒数で12ー3部屋が出来るようだ。
オーナーはゲストハウスと云うが、充分に長期滞在型のアパートメント用に設備を置けば
借りて手も出るはずだ。出来てみないと、どんな内容のものになるかハッキリは判らない。
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(ソイ8と、4F建を建築中の建築現場。)

こんなソイの小さな土地にまで、貸し部屋のアパートを作り廻りにも大型コンドがドン
ドン出来てくる今日、この頃だ。
それを満たすだけの需要は有るのだろうか、出て来るのだろうかと余分な心配をする。

ニマンヘミン通りの端から端までの間に、このソイ8の一角だけが新しい街作りから取り
残されて庶民的な古い面影を、今だに持ち続けている。

ソイ8には、タイ食堂が有り床屋が有りマッサージ屋等が有りと、どの店も古くから建って
いる長屋の中を間仕切りした一軒、一軒に店が入って居る。
タイ食堂と云う店の店先には、必ず食材と小さな調理場が店先に有り、客が食材を見て
その食材の中から自分の食べる料理の指示して美味しく出来てくるのを客席で待つ。
そんなタイ食堂が数軒並んでいる。

そこで商売をしている人達は、皆、長屋仲間で仲が良く、食材の貸し借りや時には夫婦
喧嘩の仲裁もしたり、その仲間の家族構成、出身地から住まいまで皆、解り合っている。
此処では、近所の子供達が数人集まり隠れん坊やゴム飛びをして遊ぶ姿も見る事が出来
るし、子供達の笑い声も聞ける。

各店に良く出入りする客同士は、お互いに顔見知りで職業から身分まで知り合っている。
年に一回、長屋の商店街の忘年会が有り客も従業員も一緒になり、ソイの道路に宴会場を
作りそこで開く。 酒を飲み音楽を大きな音で掛けそれは楽しい行事だ。

都会の中の『3丁目の夕日。』状態が、今もソイ8には確りと残っている。。
住民も隣の客同士も気軽に声を掛け合い話を交わす。
長屋の人達は、言葉の判らない私達や他の外人達も良く受け入れてくれる。

そんな街も何時まで此処に残る事が出来るのか、新しい街には不釣り合いになるのも
もう、時間の問題だ。
外席でドイに沈む夕日を見ながら、お酒を飲んで皆で会話を交し、楽しい一日が暮れて行く。
何時までもこの一角だけは、此処に残って欲しいものだ。

◎この頃のタイニュース・・・。
タイでインフレ加速、6月8.9%2008/7/ 1 (15:26)| 主要ニュース 経済
【タイ】タイ商務省がまとめた6月の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年同月比8.9%
(前月比1.2%)で、4月の6.2%、5月の7.6%から加速し、10年ぶりの高水準となった。
石油製品、コメ、食肉などが値上がりした。

 生鮮食品と石油を除いたコアCPI上昇率は3.6%だった。

 周辺国の5月のインフレ率はベトナム25.2%、インドネシア10.4%、フィリピン9.6%、
シンガポール7.5%。

世界的なインフレ、タイもガソリンを始め生活用品の全てが値上がりしている。
此方に来た約5年前からするとソンテイー(乗り合いタクシー。)代が、10Bが20B 、
タイ店のタイ料理一品、15Bが30Bと約倍になっている。 これでは庶民生活は苦しい。

昨日、この頃ゴルフの成績が悪くこれでは今から楽しいゴルフも出来ず、ゴルフから引退を
しなければならなくなると、再びの夢を託してゴルフの練習にランナーゴルフ場に出かけた。

その帰りランナーGの前から路線タクシー(黄色のソンテイーバス。)を、止めてチャンク
アップバスターミナルまで乗った。
路線タクシーは走る路線が決められていて、乗り降りは手を上げればその場で止って
くれるし、ベルを押せばその場で止めて降りられる。 これは便利な乗り物だ。

これも、どうやら7月1日から値上がりした様で車内には新しい紙で、張り紙がしてあり
距離での値段表が貼ってある。 字が読めないが、そんな感じがする。
降りる時に案の定14B取られた。 これも5年前は、8Bだったので約倍近くになっている。

タイ生活も来た時とは、大きく違い段々と日常生活が苦しくなってくる。

今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2008-07-07 15:17
5月20日 掲載
◎今日の書き込み・・・。

ばあばが月に一度、チェンマイで発行される『ヴィアンチェンマイ』に掲載したコラムの
本文をそのまま掲載致します。
チェンマイに短期ステイーされ日本に帰られた方々から、是非、このブログに載せて
欲しいと云う要望から載せました。
『ヴィアンチェンマイ』を、読まれた方には申し訳有りません。
                        (2008年5月20日発行日。VoI,187号から。)

【うふふのふの...あんな事...そんな事・・・こんな事・・・】
                                       文:うふふのふ
私の大切な男友達・・・
月に一回届く小包...送ってくれるのは、私の帰りを指折り数えて待っている
妹でも無く..たった一人の息子でも無い..
息子の家庭教師として我が家にやって来て、もうかれこれ26年のお付き合いの福君
この福君が私の大好きな韓国ドラマ、BSやWOWOWで放映される映画や、
ア~チストのライブ、そして名古屋にいた頃に大好きで、必ず見ていた番組等の
ダビングと私の趣味全般を名古屋から発信してくれる。

私がパッチワ~クを始めた頃、いつかやりたいと買いためておいた布が韓国ドラマと
一緒に届いた時には思わず
『ウヒャ~...福君これぞまさしく痒い所に手が~..だよ』
まだ一人でワロロットへも行けない時だったので、飛び上がらんばかりに感激
しました。
持ち物や、カレンダ~1つ取ってもこだわりが強く、うるさい私の好みも彼は全て承知
チェンマイで暮らす事になっても、雑貨類は殆ど名古屋から送ってもらう事が多い。

年末には、彼が送ってくれる、カレンダ~や手帳を首をなが~~くして待ちます。
彼のお陰で、チェンマイにいながら、私の大好きな徳永英明さんや、ユ~ミンのCDも
いち早く聞く事が出来る。日本で今、放映されている韓国ドラマもしかり...
そうだ..NHKで放映されている【おしゃれ工房】の本も届くと..いたれりつくせりで
福君様々なのだ。

ところで、私の男友達は、この福君だけでは無い...
『今、風来坊なんだけど..30分で来れる..?』私は、主婦なのでその日の約束は
無理なのに、この彼は簡単に電話を掛けて来る、お酒が大好きな私は、お父さんに電話
『お父さん風来坊、ネッ..』すぐに合流出来る時は良いけど、そうで無い時の
お父さんの返事は『移動する時に電話して..』となる...この彼、ばし君と呼んで
いるが、このばし君はさしずめ飲み友達と言う事になる...

常々私はこのばし君に、私には家庭があるから急な誘いは困るよと言っている
のだが...彼に言わせると私の後ろに家庭や、家族が見えないと言う...
いるじゃんいつもお父さんと一緒じゃないと言うと、お父さんと私が夫婦に見えないと言う..
しかもこの先がある..私の事が女でも無く..男でも無い所が良いと...
私に取って喜んで良いのか..悲しんで良いのか...何とも複雑な言葉が
返って来る...

最近の私は、年を取ったせいか、このばし君との飲み会が少し苦痛になっている..
なので、名古屋に帰っても、帰って来たよの電話を掛けないでいると..
何処からか嗅ぎつけてやってくるのです。
そして、ビ~ルに始まり、あの、くさ~~い、くさ~~い芋焼酎でお開きとなるまでの
なが~い時間を過ごすのです...

最後にもう一人
善さん、善さんは、飲み友達でもあり、人生を語る友でもあり私の大好きな人
この彼と知り合った時...ず~~と友達でいたいと思った私は、お父さんと息子に
紹介、そして、家族一緒のお付き合いが始まった。
スキ~が大好きなお父さんと息子は、善さんも交えてスキ~のシ~ズンは、
スキ~づけの週末を、彼がバンコク勤務になるまで10数年続きました。
バンコク転勤の話しがでた時、彼は随分悩んでいましたが...
私達は私達の大好きな彼が、此また大好きなバンコク勤務になると言う事で
二重の喜びでした。

彼がバンコク勤務になり、タイ語の先生と結婚、ナムカ~ンさんを紹介して
くれました。このナムカ~ンさんの出現で、十数年通った私達のバンコク旅行も
それまでの旅行とは随分違った物に変化しました。
地元の人が地元を案内してくれる..充実した旅行をお父さんが定年を向かえるまで
続きました。
もちろん、チェンマイでの暮らしも彼らがいたから、踏み出す事に何の心配も
ありませんでした。

善さんが大好きでず~と友達でいたいと思った私に...今は善さんの家族
ナムカ~ンに亮太、俊介と言う子供もついてきました。
3年前まで、バンコクにいたけど上海、そして今は大阪に転勤になりバンコクから
遠くなったけど、上海勤務の時はナムカ~ンと子供達がじいじとばあばに会いたいと
上海からやって来ました。去年の12月には、始めての日本の冬を過ごした
子供達からさむ~い..死にそうのメ~ルが届きました。

善さんは、家族が出来て、家族共々のお付き合いに発展、でも、福君、ばし君は
未だに独身...
『ねぇ~...ねぇ..私を見たら駄目だよ...こんな良い女はいないんだからね..
私よりすこ~し落とさないとね..』何時までも一人でいる彼らに、いつも私が言う
言葉に横で聞いている息子のギョッとする一言
『お母さん..そりゃ..違うわ..お母さんを見ているから、結婚しないんだよ!』
そんな言葉を十数年繰り返している...
でも、息子にしろ福君、ばし君にしろ一人でいてくれるから、未だこんな良い関係が
保たれているのかも知れない...私にとっては、この上ない環境かも...
福君、ばし君...ず~~~とそのままでいてね...

自分の男友達は、OKなのに...
何故かお父さんには女性の友達を認めない私がいる。

                                      今日は、この辺で。 
by n-jijinao | 2008-07-04 14:13