定年後のライフスタイル


by dbeiko
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じいじ便り・・。12月21日(金)(タイ語ワン スーク)

◎この頃と天気・・・。

〇16日(日)最近になく珍しく雲の多い朝となった。7時30分になるが太陽は、まだ
顔も出さない。こんな日は、気持も何かしら重くなる。
雲が多い割には気温の方は、平常で朝方は冷え込んだ。7時30分室内温度で23度だ。

ドイ、ステープの随分山の上の方に雲もあり、今日は小雨すら降る事はないだう。
何時もゴルフ場のキャデイーが言うアカ、デイー(良い天気。)に今日は当たる。
雲に太陽が遮られて直接太陽が照り付けないので、昼間は何時もと違い涼しくなるだろう。

〇乾期に入り果物が余り美味しくなくなった。
雨季の時には、マンゴー、リンチー、ドリアン等次々と美味しい果物が多く出てくる。
タイに来てこの美味しい果物が安くて沢山食べられるのも、チェンマイの魅力の一つだ。

屋台の果物売りのガラスケースも年中あるパイナップルとスイカが、この時期大きな場所を
占めている。
これらの果物も何だか、雨季の時より甘さも水分も少なく感じる。
この時期はグァバ(?)ではないか、堅めのリンゴの様で甘みの少ない果物が出ている。
その果物に砂糖と粉赤唐辛子を少し混ぜ合わせた物を付けて食べる。
タイ人は好むが、この混ぜ合わせの粉を付けるのは好き嫌いが出る。
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(街の中の屋台の青マンゴー専門、20B。これも砂糖と粉赤唐辛子を付ける。)

屋台の果物売りにも人気、不人気店が有り、プーさん等は店の選択をする。
ワザワザ近くで売る屋台が有っても、車を飛ばし自分の好きな果物屋台に行って買う。
人気のある屋台の果物店には、学生など下校時間になると大勢の学生が集まり買っている。
ビニールの小袋に一袋で10Bだ。
氷で長時間冷やしてあるので、何時食べても冷たくて口当たりも良く美味しいものだ。
暑い時間での下校だけに食べたくもなる。

〇チェンマイ大学の総敷地はどれぐらい有るのかニマンへミン通りを挟んで東側に大学の
講堂がある。講堂と大きな公園を有して折り、これだけでもかなりの敷地になる。
この講堂も皇室を迎えての盛大な卒業式、先日等も北タイの農産物物産展が有った。
公園には運動用のトラックまで有り、早朝から運動する庶民が大勢集まる。
其処から西に運河通りを跨いでドイ、連山の山の麓まで大学の敷地になっている。

ニマンへミン通りに面したところに大きな敷地を持った農学部の畑がある。
其処から見る山の山頂にドイ、ステープが少し小さ過ぎるが良く見える。
季節を通し畑の野菜、米等様々と変り、季節を通しそこから見る景色には飽きが来ない。

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(チェンマイ大学農学部の畑から見るドイ、ステープ。山の裾まで大学の敷地になる。)

◎日タイ修好120周年記念行事のチェンマイ最終催し・・・。

昨年は、『国王即位60周年記念』で、色々な行事がチェンマイでもあった。
昨年11月から今年の1月までは『チェンマイ花博』の三ヶ月間での行事が催され、今年に
入り『日、タイ修好120周年記念』と、二年連続の行事で忙しく賑わった。

その色々な行事の催しも12月が最後になり『サーオ、チェンマイ(チェンマイ娘)が、見た
北タイの中の日本』が、チェンマイ大学美術館で12月4日ー16日間開催された。
同館の2Fでは『身近な日本文化展』も同時開催となった。この文化展もワンフロァーに
書道展、絵手紙展、写真展、水彩画が展示された。

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(チェンマイ美術館の展示場。)
『サーオ、チェンマイ・・・。』は、30分のビデオ上映会で内容は、チェンマイ大学の
日本語学科のタイ人女子学生と日本人留学生が、日本にゆかりの有る場所を訪ねて
北タイの中の『昔と今の日本』を体験する。
『戦争博物館』のあるクンユアム、ランプーンの日系企業等を訪れたものの放映だ。
特に『戦争博物館』のあるクンユアムでの女子学生と、そこに住む当時の人達との経験談が
印象に残った。

クンユアムの街は、チェンマイからメーホンソンに向かう道の途中に有る街でチェンマイ
からは車で6ー7時間は掛かる。
太平洋戦争の折りに『インパール作戦』が計画されビルマ(現、ミヤンマー)に、タイ北部から、
日本軍が陸路で入る事になった作戦で、そのタイとビルマの国境に有るタイ側の
小さな街だ。

クンユアムの街には、戦争の始め頃に道路建設の日本軍が入り、その道路建設が昭和20年に完成した。
ビルマに入った日本軍はイギリス軍にラングーンが奪取されてから、形勢が悪くなり
クンユアムの街へ日本軍は、血の海を作り敗走してくる。白骨街道とも呼ばれる道だ。

●その当時の事を知る、生き証人達がタイ人、日本人の女子大生に語る。
〇語られた事を抜粋。  (80才の女性、100才近い男性から・・。)
  日本兵は、三年以上クンユアムの街に居た。
 今も覚えている言葉。「ごはん食べたか。」「何が好きだ。」「さかな。」「かぼちゃ。」
  「きゅうり。」等。 皆、言葉も忘れたが「有り難う」だけ覚えている等。
○80才の女性が「子供の歌」と日本語で言って「お手てつないで。」を、時々少し詰まりながら
  歌った。
○人の名前も数人上げた。「片山は、日本に帰ってからプレゼントを贈ってきた。」
  そんな話も出ていた。
〇飛行機が墜落してタイ人は遠巻きに見ていたら、飛行機の中から日本の国旗とタイの
  国旗を振って出てきた。日本人と判り皆で手当てした。
〇日本兵は、しっかりしていた。
  兵隊が子供を水泳に連れて行ってくれた。
  その時に、子供達に親の許可を取ってきたかと、子供の人数を確かめて連れて行く。
〇タイ人の作業を良く手伝ってくれた。脱穀や、田植えなどで忙しいと子守もしてくれた。  
  水をきれいにするために布を使う事も教えてくれた。
  クンユアムの人達は、日本の兵隊さんの事をいやとは思わなかった。  

タイの女学生も日本と同じで戦争の事は全然知らないと言っていた。
日本との関わりが、そんな戦争を通じて昔から有ったとは知らなかったとも言う。
『サーオ、チェンマイ・・・。』は、30分のビデオ上映会だったが、タイとの修好には
大変良い内容だ。

これで今年の日タイ修好120周年記念行事のチェンマイ催しは全て終わる。
昨年、今年と行事に自分達も参加して、大変楽しいチェンマイ生活を過ごせた。

◎ターぺー門のコム、ファイ・・・。

ターぺー門に何週間振りに行く事になつた。北海道のEさん御夫婦が、先週から遊びに
来られた。
私達もこんな機会を見つけては、夜のチェンマイの繁華街に行くことになる。 
16(日)は、ターぺー門からワット、プラシンの間が『歩行者天国。』になる。

ナイト、バザールと違い、この『歩行者天国。』は、日曜日だけで短い旅行では見えない事も
ある。夕方から夜の11時頃まではやってるようだ。
最近は物の多さと、値段がナイト、バザールより、安いと評判で益々人が増えている。

何時もターぺー門に行くときは、恒例で夕飯を日本食の『サクラ』で食べる。
食べ物も相変わらずの『冷麺』、『カルホルニア巻き』と、量がタップリの『天ぷら』。

『サクラ』で一杯飲みたかったが16(日)は、タイの総選挙の不在者投票日でアルコールの
販売は禁止されている。
何故か、選挙の日の前日の夕方から当日が販売禁止になる。
23日(日)は下院議員の総選挙で、この日もアルコールの販売は禁止二週連続で飲めない。
タイ人や外国人の飲んべえーには、堪らない出来事だ。郷に入れば郷に従え・・・だ。
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(ターぺー門に飾られた、火を灯したコム、ファイ。)
ターぺー門の改修工事が先日まで行われていたが、その工事も終わった様で門の正面にも
王様の看板が飾られて、すっかり廻りの様子も綺麗に変わった。
そこに数多くのコム、ファイが下げられて美しさを演出している。
王様の誕生祝いと、病気快復祝いも兼ねているのか、前年にはなかった催しだ。 
機会が有ったら一度見て欲しいほど、お勧め出来る。
今日は、この辺で。
by n-jijinao | 2007-12-21 23:34